第一章 傭兵の村 イニティウムⅠ

 日差しが差し込み、心地よい風が吹いている。家畜のヤギと羊が、のんびりと草を食べ、ニワトリが鳴く。周囲には、風車とログハウス風の家屋が、点々と建っており、どこか、ゆったりとした時が流れていた。

 ここは、イニティウムという名の村である。人口三十名程の小さな村で、主に動物族と呼ばれる種族が暮らしている。動物族は、肉食類、草食類、両生類、爬虫類、鳥類に分類される。この世界で一番、数が多い種族である。イニティウムは、家畜と農業で生計を立てているほか、傭兵稼業を生業とする者の輩出も行っていた。確かに、他の地域にも傭兵は存在する。だが、イニティウムの傭兵は他と一線を介していた。

 イニティウムにて傭兵を志す者は、まず、傭兵学校に入る。そこを卒業し、村の警備の仕事を三年行い、最後に、資格習得の試験を受ける。合格して、初めて一人前の傭兵と認められるのだ。試験は、とても難しく、断念する者も多い。今日もまた、そんな試験に挑む者たちがいた。


「イニティウムから、南西に行った森にいるドラゴンを倒せ、だってさ」

ニワトリの顔をした青年が、溜め息をついた。彼は、名をポールといい、風魔法を得意としていた。ポールを鼻で笑い、ヒョウの顔をした青年が言った。

「まぁ、俺の敵じゃねぇし。全部、燃やしてやるよ」

「弱い奴程、良く吠える。せいぜい足手まといにならないよう、気を付けてくれよ、ナイツ。君は、馬鹿みたいに突っ込むことしか能がないからねぇ」

「うるせぇ、ロイド。お前こそ、オウチに帰って、氷の彫刻でも彫ってろよ。お得意の魔法でよ」

 ロイドという青年は、犬の姿をしている自らの顔をしかめた。ナイツは炎魔法を、ロイドは氷魔法を得意としていた。ロイドは、ナイツから顔をそむけ、隣にいる人物を眺めた。その人物は、先程から一言も発さず、黙々と歩いていた。

「頭が足りない奴と、凡人と一緒なんて運がないよねぇ。何だっけ、君、えぇと、アルト君だっけ」

 アルトと呼ばれた青年は、ロイドの方を向いた。髪は金色で、瞳の色は海のように深い青であった。背が高く、三人と違って、鋭い爪も羽毛もないが、その体は、しなやかな筋肉に覆われていた。端正な顔立ちをしており、左耳には、瞳と同じ色の耳飾りを付けていた。青いノンスリーブの服に、白いズボン、カーキ色のブーツといった出で立ちであった。腰には、細身の剣を帯び、背には、弓矢を背負っていた。アルトは、ロイドに言った。

「俺は、運がないなんて思わないよ。だって、皆、魔法が使えるじゃないか」

 ロイドは、出鼻を挫かれたようであった。ポールとナイツは、顔を見合わせた。

 そうこうしている間に、四人は、目的地の森に着いた。濃い魔力が、一面に漂っている。それそこらの魔物とは、比べ物にならない程の量だ。四人は、物音立てぬよう魔力のより濃い方へと近づいた。草むらの向こうに赤い鱗が見えた。

 ドラゴンだ。

 ナイツが、剣を抜いた。我先にと突っ込んでいく。ドラゴンが、ナイツの方を向いた。ドラゴンの前足が迫る。ナイツは、軽く受け流した。ドラゴンの目の前に躍り出る。ナイツの手から炎がほとばしった。同時に背後に回っていたロイドとポールが、魔法の風と氷を出す。ドラゴンは、全てを尾の一振りでかき消した。土煙が舞う。ポールが、再び風を出して、煙をかき消した。ロイドが、素早くドラゴンの足元を凍らせる。ドラゴンは、身動きがとれなくなった。アルトは、合わせて、ドラゴンに斬りかかった。剣は、ドラゴンの胸元を斬り裂いた。ドラゴンが、痛みで前かがみの姿勢をとった。その隙をついてナイツは、ドラゴンの背に飛び乗り、剣を突き立てた。ドラゴンが、断末魔をあげ、その場に崩れ落ちた。ナイツは、剣を引き抜くと、背から降りた。剣を肩に担ぎ、得意げに笑う。

「楽勝だったな。まぁ、お前らには悪いが、とどめを刺したのは、俺だ。俺が、合格だな」

「はぁ?僕が足止めをしたから、倒すことができたのだろう。お前のは、ただの漁夫の利だよ」

 不意に、ドラゴンが起き上がった。四人は、はっとした。ドラゴンは、息を吸い込み、炎を吐いた。アルトとロイドは、地を転がってかわした。ナイツをポールは、それぞれの魔法で相殺した。爆発が起きた。土煙の中、ドラゴンが突撃した。ドラゴンの頭突きがナイツに直撃した。ナイツは、吹き飛ばされ、木を折りながら、森の奥へと消えた。ポールの顔に恐怖の色が浮かぶ。ロイドは、舌打ちした。

 氷の属性は、炎に弱い。逆に炎に強いのは、風なのだが、風使いのポールは、戦意を失っている。残りは、アルトだが、ロイドが見た限り、先程から、一度も魔法を使っていない。そして、森に入る前の、あの言葉。その二つを鑑みて、ロイドは、とある推測にたどり着いた。

(まさか、こいつ、使の魔法が、使えないのか?)

 途端に、恐怖がロイドを支配した。もはや試験どころではない。馬鹿に、凡人に、魔法が使えない欠陥。これで、どう勝てというのか。ロイドは、ゆっくりと後退をし始めた。幸い、ドラゴンは、ポールに構いきりだ。

 ドラゴンは、ポールに迫った。ポールは何もせず、ドラゴンを見上げているばかりである。ドラゴンが、息を吸い込む。炎を吐き出す―刹那、ポールを庇うように前に出た者がいた。アルトであった。アルトは、ドラゴンの下顎に剣を貫き通した。ドラゴンの口が爆ぜた。ドラゴンが絶叫する。ぽかんとしているポールに、アルトは言った。

「今のうちに、ナイツを」

 ポールは頷くと、ナイツを助けに奥へと向かった。口を血まみれにしたドラゴンが、アルトを睨む。アルトは、弓を構えた。ドラゴンが、咆哮し、アルトに体当たりを仕掛けた。アルトは、跳躍し、空中で、ドラゴンの背に向けて、矢を射った。矢は、真っ直ぐにドラゴンの右目に刺さった。着地と同時に、ドラゴンの尾が、アルトの横腹に当たる。アルトは、飛ばされたが、木の上に降り立った。ドラゴンの炎が襲いかかる。アルトは、別の木へ飛び移った。その間にも、矢が、かなりの速度で放たれる。どの矢もドラゴンの体を打ち抜いた。ドラゴンが、苦痛にもだえる。アルトは、ドラゴンに突進した。ドラゴンが、爪を振り降ろす。アルトは、かわした。そのままドラゴンの腕を上り、矢を直接ドラゴンの眉間に刺した。ドラゴンは、再び、断末魔の叫びをあげ、仰向けに倒れた。

 アルトは、息を吐くと立ち上がった。体に痛みが走る。尾を受けた時、骨でも折れたのだろう。ナイツは、ポールが助けに行ったため、心配ない。ロイドに怪我はないかと、アルトは、ロイドの方を向いた。

「あれ」

 ロイドは、いつの間にか消えていた。さらに、ドラゴンの首も切られてなくなっていた。「おおい」と、声を掛けられる。声の主は、ポールだった。ナイツは、血を流していたが、死んではいなかった。ポールの肩を借り、歩いていた。矢が大量に刺さったドラゴンの死体を見て、ナイツは口を鳴らした。

「これ、お前が倒したのかよ。つぅか、あの、いけすかねぇ野郎はどうしたよ」

「ドラゴンの首がないってことは、まさか、手柄を横取りするつもりじゃ。ドラゴンを倒したのは、アルトなのに」

「そいつは、まだ分かんねぇけどよ。俺ら、放って、村に帰るとか。どこまで、性根が腐ってやがるんだ。早く村へ戻ろうぜ。あの野郎の手柄になるなんざ、不快でしようがねぇ」

 アルトは、ひとまず、ドラゴンを倒した証拠として、鱗を一枚剥がした。そして、ナイツに肩を貸した。三人は、急いで村に戻った。

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