第3話

 詩央と合流しショッピングモールへ出向いた。私の好きなブランドの店に数店舗付き合ってもらい、代わりにモール近くにある彼女の好きそうな書店へ連れて行った。

 詩央は昔からほとんど文句を言わない。いつもニコニコと私についてくる。だから私は甘えすぎてしまうところがあって、時々嫌悪感を覚える。都合よく扱っているだけのような気がしてしまう。私たちは対等じゃないと態度で言ってしまっているような気分に陥るのだ。


 そんなことはもちろんない。私は詩央のことが大好きだし、だからこそ不安になるのだ。今日だって私の休みに合わせてくれて、開口一番「今日は好きなところに連れてって」と満面の笑みで言ってくれる。私が忙しいのを知っているからか、そう言ったそぶりを隠すのはうまい自負があるにも関わらず「ちょっと疲れたね、休もうか」と声を掛けてくれる。寝不足を心配してくれるし、なんでもうんうんと聞いてくれる。

 そんな詩央のことが大好きなのに、それに甘えてしまう自分が大嫌いだし、いつも、伝わっているのか不安になる。


 それでも結局彼女に促され、私の好きなカフェへ案内しているときだった。

「——あれ?」


 ■


 手術室の前にいる。今、中には舞香がいる。


 正幸さんは先に到着していた。友坂さんも私に気付くなり会釈し、あとは変わらず祈ってくれている。

 どうかお願い。神様。私の大事な娘を助けて——。


 ■


「あ、気にしないほうがいいよ」

 詩央に声を掛けられ、私はハッとした。彼女を見ると、いつもの笑顔のまま、私の腕を取って歩みを進める。頭の中で、昨日の優子さんの言葉が重なるのがわかった。


 カフェについてからコーヒーを二つ頼んで、それを待つ間、詩央はニコニコしたまま話を始めた。

「病院で働き始めたって聞いたから、もしかしたらなあと思って、ちょっと心配だったの。朱里、ようになってきてるんだね」


 何ということもなさそうにポツリと言うと、彼女は手近にあった紙ナプキンを手持無沙汰の様子で折り始める。


「昔から朱里って少し勘が鋭いところがあるから、たぶん見えるようになるんだろうなあとは思ってたんだけど」

「え、じゃあやっぱりさっきの男の子って」

「うん。幽霊だね。たぶん、亡くなったのは結構前じゃないかな」

「え、——っていうか、え? 詩央ってだったの?」

「小さい頃からねー。話さなかったっけ? 朱里と会う前の、うんと小さいときに事故に巻き込まれて頭打ってから、なんとなーくね」

「なんとなくで、死んだ時期とかわかるの?」私は詩央があまりにもさらりと衝撃を落としてくるので、全く理解の追いつかない頭を回すのでいっぱいいっぱいだった。「全然聞いてないんだけど」


「だってさっきの男の子、五年くらい前の戦隊ヒーローの服着てたよ」と、またわけのわからないことを言って、完成した不格好な鶴をテーブルの隅に置く。「あ。朱里はヒーローもの見ないんだっけ」

「見ないし、っていうかそんなにはっきり見えてないし」

「視力みたいなものだからねえ。視力と違って段々鮮明に見えていくっていうのが不思議だよね。同じ目を使ってるのに」

「えー、もう、えー……。全然わかんない」


 ついに声に出すと、詩央も声に出して笑った。

 それとほとんど同時にコーヒーが届く。彼女はせっかくのブラックにシュガースティックを何本も開け、所作だけはきれいにかき混ぜている。長年一緒にいるのに、とことんわからない人だ。


 ——話を聞いていくと、詩央は先ほど言っていたように、幼少期に大きな事故に遭って生死を彷徨ってから、いわゆる幽霊と言う存在を視認できるようになったと言う。最初のうちはうすぼんやりとしたものだったが、次第に輪郭が、内容がはっきりしていったらしく、高校生の頃になると、ほとんど生き死にの区別がつかないくらいに認識できるようになった。そう言えば今になって思い返してみると、その頃に初めて二人で渋谷を訪れたとき、その人の多さに私も驚いたが、詩央はそれこそ愕然とした様子だった。ましてや彼女にしてみれば、そのいくつかが当たり前の顔をして「人をすり抜けていく」のだから、驚嘆は筆舌に尽くしがたいだろう。


「そんな大事なことをなんで話してくれないのよ……」

「そんなに大事だと思わなかったのと、『うっかり』しないようにあまり自分から他人に話しかけないようにしてたからかなあ。防御する癖みたいなのがついてて、余計に口を開けないようにしてた」——いや、そんなことで納得はできないよ。「それよりも、病院で何か見たの?」


 私は問われ、思い出したくはなかったが、相談はしてみようと思い昨日のことを彼女に伝えた。

 夜勤中、先輩の優子さんと二人で巡回をしているときに手術室の前で三体の幽霊を見た——と。


「やっぱりあれかな、家族の無事を祈ってたのかな? あれ、でもそうなるとなんでみんなあそこにいたんだろう。古い病院だけど、一度も壊れたり焼けたりしたことはなかったはずだけどな」


 詩央が「そういう人」だとわかると、馴染みもあるせいか安堵感が強く、私は今まで思わなかった疑問がすらすらと湧き出てきた。

 詩央はコーヒーに口をつけ、さらにシュガースティックを一本分追加すると、


「幽霊って勘違いされがちだけど、要するに思念体だからね。別に死んだところに必ず出るわけじゃないんだよ。強い思いが残る場所に、残るのよ。ほら、呪いとかもそうでしょ。対象が遠方に居ようが何だろうが届く。思念とか、精神とかって、飛んだりするからさ」


 傍から見たら怪しい宗教にでも誘われているように見えるかもしれない。あるいは「メンヘラ」とか「電波」の集いと思われるかも。——まあ、いいけれど。


「じゃあ家族の無事をよっぽど強く祈ってたってこと?」

 私が問うと、詩央は軽く肩をすくめた。


「どうだろうねえ?」


 それからまた、シュガースティックを一本手に取ってプラプラと弄ぶと、私から視線をはずし、——わらった。

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見えない思惑 枕木きのこ @orange344

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