9 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ


「……二人とも、ごめん。特に、みおさん、その……本当に……」

「いいよ、もう」


 外に出るなり、岸が土下座をしてきた。それを不思議そうに見ながらおっさんが車で去っていく。


「ただ、二度とここに来るなよ。そして誰にも言うな。それは誓え」

「……誓います」


「そしてねえ、まい偶然スマホ持っててえ」

 まいちゃんが岸にスマホの画面を向けた。

「ほら、なんか動画で撮れちゃった。突き飛ばしてるように見えるう」

「わー、ウケるー」


 完全に感情のない声で、きいちゃんが続いた。ウケない。こっちも怖い。いつの間に動画なんて、と言うかそう言えば二人はなんでここに……?



「絶対に、生涯、死ぬまで、誰にも言いません。許してください。お願いします」

「是非そうしてください」

 たえ子も続いた。



 なんか、ちょっと岸可哀想だな。

「まあ、なんだ」

 正直騙してるのはこっちだし、なんだか悪い。



「あの、あんたんち自転車屋だったよね? 今度行くから少し安くしてくれよ。それで全部許すし、この件を言わないでいてくれたらこっちも、なにもしない」

「……本当?」

「ホント」




 岸は何度も頭を下げながら、その場を去っていった。将来サラリーマンとかになったら、電話するたびにああやるんだろうか。



 いやー、一時はどうなることかと思った。よかった。さて。



「みーちゃん」

「すみませんでした!」

 今度はわたしが土下座をする番だ。



「みーちゃん頭上げなよ」

「すみませんでした!」

「みーちゃん、きいちゃんもまいも全然怒ってないよ。あ、きいちゃんはわかんないや」

「すみませんでした!」


 この二人でなぜ来たのか、どうやって知ったのか、わからない。ただ一つ確かなのは、わたしは二人に隠し事をしていた。隠れてよそで愛人を作っていた。愛人て。いや、でもそういう感じだと思うのだ。そして助けてもらった。


 多分たえ子は今、滅茶苦茶戸惑っているに違いない。しょうがない。この三人の中で誰が一番実は怖いのかなんてたえ子には関係ないからわからないのだ。わたしは土下座するしかない。一番怖い誰かとは誰でしょう。きいちゃんです。



「みーちゃん……」

「すみませんでしたぁ!!」

「明日、たえ子ちゃんと一緒に、放課後公園に来てね」

「四人になるう、やったあ」

「すみま! ……へ?」



「じゃあ、私ら先に帰る。また明日」

「またねー」

 手をひらひらさせながら、二人は帰っていった。

 これは……良かった……のか……? 許された?



「助かったみたいだ……たえ子、オレら多分助かった……」

「みおさん手ぬぐいが取れちゃってる……」

 わたしの行為に少し引き気味だが、たえ子が手ぬぐいを拾い上げてわたしの頭の汚れを払ってくれた。



「手ぬぐい……そういや、なんでたえ子も手ぬぐいしてんの?」

 今更ながらの疑問をぶつけてみた。より違いをわかりやすくするためだろうか?

 それにしては中途半端な気がするのだが。



「ふふん。それはですねえ」

 たえ子は得意げに、手ぬぐいをしゅるりと外す。



「ぼくも“せいこちゃんカット”だからですよ!」

「髪型ダサっ!」



 たえ子も、わたしと同じ髪型になっていた。やたら時間かかると思ったらこいつ、セットしてたのか……



「なんでそんなことを……」

「え? ぼく、手ぬぐいの下はいつもこれでしたよ。みおさんと話すときは、手ぬぐい取ったことなかったですもんね」

「そう言えば、そうだ」

 確かにマスクは降ろしても、上はそのままだった。いつもそうだったから知らなかった。


「いや、なら尚更、ダメじゃないか。それが岸にバレたら結構不利だったぞ」

「そうなんですけど、でも……」

 身をもじもじとさせながら、

「お揃いにできるのが、その、たぶん、今日だけだと思ったんで……友達と、お揃いって、憧れで……」

「……まあ、そうだな、無事に終わったしいいか」


 

 なんとか一息。

 どちらが言うでもなく、いつものベンチに向かっていた。



 空はすっかり暗い。車がたまに通る。潰れたような音がしてうるさい。この頃は、少し虫の声がし出している。



 いつものベンチ。たえ子と二人。

 いつもの時間。いつもの景色。変わったけど、変わらないこと。

 なんとか頑張って、変わらないようにしたこと。



「たこ焼き食おうか」

「そうですね」



 二人で、無言でたこ焼きを食べる。



 多分、この場所で二人でこうするのは、今日が最後だ。

 別に話さなくなるわけじゃない。ただ、二人ではなくなる。お互いそれがわかった。




 排ガスを撒き散らして通る車。薄く光る星。小さい外灯。隣にたえ子。最近知り合った同級生。




「ねえ、みおさん」

「なに」

「岸さんのこと好きだったんですか」

「うん、そうだな」

「どこが好きだったんですか」

「うーん」



 ある日の音楽の授業で、自由時間に岸が何気なく弾いたピアノ。その後の授業で見た、その指。綺麗な指だった。黒板にすっと白線を引く指。黒い空に光と煙を上げながら、すーっと筋を引いていくロケット。



「なんでだろうなあ、わからない」

 照れ臭くてはぐらかした。



 それに。



 二回も振られて、突き飛ばされて。

 ……いい気分ではない。多分まだ好きだったのかもしれない。少しキツいかも。


 たこ焼きを見つめてぼうっとしていると、


「…………本日のお悩み相談のコーナー!」

「うお!?」

 たえ子が突然珍妙な調子で喋り出した。


「さあさあ水曜日恒例の、たえ子ちゃんのお悩み相談です。いつも通り生放送でお送りしています。でも実は、テレビの前のあなたにだけ教えます。水曜日はぼくお仕事お休みだから、実はぜーんぶあれ、撮り溜めです!」


「そうだったのか……」

「今日の相談者は……14歳、中学生のMさん……同い年ですか! 奇遇ですねえ!」


「Mさん?」

「Mさん!」

 たえ子がわたしにグイッと身を寄せた。



「最近傷ついた出来事がある! とおハガキにあります! そういうことは案外吐き出してしまえば、楽になったりするかも? 遠慮せずにどうぞ!」

「遠慮って……」



 そんなことを突然言われても……



「別に……オレは傷ついてることなんて……」

「テレビの前のあなたにだけ教えますが!」



 見えないマイクを持って、たえ子が言う。



「このコーナーは完全匿名。ここにはあなたの同級生はひとりもいません。聞いてるのはギャラが安いローカルアイドルだけです」

「…………」



 ちょっと震えている。顔も少し赤い。恥ずかしいのか。恥ずかしいだろうな。ちょっと調子っぱずれかもしれない。わたしはそういう気分じゃないかもしれない。でも、たえ子はわたしのために、なにかをしようとしてくれている。



 なら、わたしも返さないとな。



「たえ子さん、たえ子さん」

「はい、なんでしょうMさん」




 排ガスを撒き散らして通る車。




「自分は同級生の男の子が好きでした。ピアノを弾いていた指が綺麗で、それで好きになりました。この人は他の子と違って綺麗なんだな、と思いました。告白しましたが、振られてしまいました!」

「なんと! あなたを振るとは見る目がないですね」




 薄く光る星。




「でも、一度振られて、事情があってもう一度告白することになったんですが、それでも振られました! ひっじょーに傷つきました! 裁判を起こしたいです!」

「起こしましょう! 最高裁まで行きましょう!」

「でもでも! それより傷ついたことがあって! 暴力を振るわれたことに深ーく傷ついた! 謝罪が欲しい!」

「警察に行きましょう! 慰謝料を取りましょう! 勝てますよ!」




 小さい外灯。




「……でもでもでも、実は、今はそいつに感謝してるんです」

「それはなんでですか?」




 隣にたえ子。




「そいつのおかげで、大切な友達がひとり増えました。だから、今は感謝してます」

「…………」


「そいつがいなかったら、たぶん、こんなに親しくなってなかったかも。だから、裁判せずに許す! たえ子さんどう思いますか?」

「……そうですね、ぼくとしてはその男の子はあんまり許せません! ただ、」

「ただ?」


「そのお友達も、おんなじことを思ってます。だから男の子を許してあげましょう」

「同意!」

「解決です!」




 あはは、はは、と暗がりに笑い声が響いている。




 最近出来た、大切な友達。

 その子と笑っている。




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ロケット、ロケット、たえこ。 。゛。゛ @gudex2

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