第3話 ラドゥと旅路と獣狩り 下



 入り口は狭いが、中には一軒の家屋が収まるほどの空間が広がっていた。

 ある時、その中に夜霧ヨギリが流れ込んだ。

 自然の干渉を受けないその洞穴の中を霧は漂った。

 ある時、また霧が流れ込んだ。

 夜霧の濃度が上昇し、それは〈霧溜キリダマリ〉となった。

 そして、ケモノが発生した。伍號種ゴゴウシュが一匹。出口はわずかな亀裂。

 生まれ出た瞬間に、閉じ込められた哀れな獸。

 その伍號種は飢餓に苦しみ、暴れながらあなぐらで息絶えた。

 死骸は霧散する。

 その際に、わずかではあるが夜霧が発生する。

 その霧は洞穴に留まる。

 やがてまた霧が流れ込む。

 獸が生まれる。

 死亡。

 霧散の際に、霧が発生。

 その繰り返し。

 獸が死んだ分だけ、徐々に霧の濃度が上がっていく。

 繰り返し。

 繰り返し。

 出口の亀裂が大きくなっていく。

 自由を求め暴れ回る獸の爪と牙が、少しずつ亀裂を広げていく。

 繰り返し。

 繰り返し。

 ある時伍號種が二体発生する。

 彼等は共食いをする。

 一方が死に、やがてもう一方も死ぬ。

 霧はさらに濃くなる。

 今度は三匹発生する。共食い。ころし合い。

 天然の地獄。繰り返される蠱毒こどく

 やがて肆號種ヨンゴウシュが生まれる。次に参號種サンゴウシュ

 共食い。蠱毒。

 霧の濃度は、ただひたすらに上昇していく。

 いったいこの連鎖はいつから始まったのだろう。少なくとも数十年は前のはずだ。

 西部では考えられないほどの、霧溜まりが生まれる。

 十数日前、伍號が二匹発生した。

 彼等は共食いをしなかった。

 亀裂は、すでに獸が通れるほどの大きさに広がっていたのだ。

 彼等は外に飛び出した。

 数日後、今度は肆號が一匹発生する。

 彼も獲物を求め、外の世界へ旅立つ。

 彼等はあくまで霧の表層から生まれたにすぎない。

 あなぐらの一番奥に溜まる霧の濃度は、もはや霧溜まりとは呼べない。

 それは協会では〈オリ〉と呼ばれる、もっとも危険な夜霧、いや〈喚霧ヨギリ〉と化している。

 その霧がぶのは、有象無象の雑魚ではない。

 堅く、鋭く、はやく、つよく、残虐で、無慈悲で、凶々まがまがしく、おぞましい、化け物だけを喚ぶ。

 そして今日。

 澱が、蠕動ぜんどうする。

 真っ赤な夕陽が窖に差し込む。

 血のような夕暮れ。

 刻は満ちた。

 窖のすべての霧を消費して、一匹の獸が産み落とされた。

 獸は起き上がり、次の瞬間には、すでに窖から消えている。

 岩肌を駆け上り、頂上に達する。

 爛れた空と見渡す限りの自然。

 しばらくそうして世界を睥睨へいげいしていたが、不意に獸は気づく。

 空腹だ。

 餌が欲しい。

 肉が欲しい。

 獲物を喰らいたい。

 そうして獸はまた駆け出す。

 獲物、獲物、獲物。

 森林に降り立った時、彼の超越的な嗅覚が肉の匂いを捉えた。

 うまそうな匂いが、五つ。移動している。

 餌の匂い。獲物の匂い。人間の匂い。

 よだれを垂らしながら、獸は残忍に嗤った。








 うなじの毛が、逆立った。

 ラドゥは立ち止まった。振り返る。微かな殺気が、風に混じっている。

「どうした」

 しんがりを務めているロルフが声をかける。が、ラドゥには届かない。そんな声を聞いてる場合ではない。五感のすべてを索敵にあてる。意識を極限まで研ぎ澄ます。

 一行は川岸近くの開けた場所にいる。みな、今日の戦闘で消耗している。負傷者を連れてもいる。昨日ほど距離を稼げなかった。山に入る前に陽が暮れ始めた。

「この辺で夜営しない?」ベルがそう言う。

「そうだな、よさそうだ」ジャックの声。

 ふたりが夜営の準備をはじめる音がする。

「おい、どうしたんだ、疲れて」

「黙れ」

 ロルフの言葉をラドゥは遮った。鉄のように冷たい声色だった。

 ラドゥはゆっくりとロルフを見た。

 その顔に浮かぶ彼の表情に、ロルフは思わず息を呑んだ。先ほどまでと同じ人間だとは思えなかった。

「コイツを向こうに運んでくれ」

 ラドゥは負傷者をロルフに託した。

 彼は気圧されたように男を受け取ると、夜営地の方へ運んでいった。

 ラドゥの中から敬語が掻き消えた。丁寧な態度が霧散した。まるで仮面を剥ぎ取られたように、ガロにころしのすべてを叩き込まれた本来のラドゥが顔を出した。

(この殺気、この臭い。間違いない)

 漂いくる獸の気配に、ラドゥは確信する。

「そうか。どこかにオリがあったか」

 そう考えると辻褄が合う。いや、それ以外の答えはあり得ない。

 なぜならこれほどの臭いを放つ獸は、澱からしか発生しないのだから。

「おい、何があった」

 ただならぬラドゥの気配に、ジャックたちが近づいてくる。

 ラドゥは振り返ることなく彼等に告げる。

「逃げろ」

「どういうことだ」

「言葉のままの意味だ。時間がない。すでに気づかれている」

 今までマントの陰に隠してきた剣を、ラドゥは引き抜く。

 鋭利で、分厚い、ガロの〈重剣ジュウケン〉。

 夕陽に、刃が赤く光る。

「お前、剣なんか持ってたのか」

「ああ」重さを確かめるように軽く振る。「抜くつもりはなかった」

「それ、獸狩りの剣じゃん」ジャックの隣でベルが驚く。「なんでアンタがそんな代物を」

「説明している時間はない」舌打ちし、ラドゥは森林を睨む。繁茂した木々の間隙に、黒い影がちらつく。「来るぞ」

 不意にジャックの首元が赤く染まった。

 不審に思い、発光石に眼をやる。

 背筋に冷や汗が噴き出すのを感じた。

 ベルもロルフも、ジャックの石を凝視している。ふたりの顔から血の気が失せていく。

「馬鹿なッ!」驚愕したようにジャックは吐き捨てた。「赤の反応だと?」

「そんな、なにかの間違いだよ」ベルが混乱したように声を荒げる。「こんな場所に〈弐號種ニゴウシュ〉が現れるなんて、ありえないよ」

「ベルの言うとおりだ」ロルフが強ばった表情でうなずく。「弐號種のわけがない」

 三人が畏れるのも無理はない。

 協会は獸の脅威度を五段階に分けている。伍號種から参號種までの脅威度の上昇幅はゆるやかだ。ジャックたちの総合的な戦力は約二級クラス。このレベルならばおそらく参號種一匹を相手にできるだろう。この二級という階級が狩人にとってひとつの指標となっている。狩人はだれしも二級を目指す。あるいはジャックたちのように猟団として戦闘力を高めていくことを目標にする。決してそれ以上を目指したりはしない。

 なぜなら、一級狩人とはなろうと思ってなれるような存在ではないからだ。

 才能と努力は前提条件にすぎない。地獄のような死線をくぐり抜け、常軌を逸した修羅場を切り抜ける、それすらも通過点。たとえ獸を百匹殺そうとも、それが参號以下であれば何の意味も持たない。

 一級狩人と二級以下をわけ隔てている物はただひとつ。


〈弐號種を殺せるかどうか〉


 澱から発生する最悪の怪物、一夜のうちに街ひとつを喰らい尽くせるほどの化け物を、相手取れるかどうか。

 そう、弐號種とは文字通り格が違う。

 もし、二級以下の狩人が弐號と遭遇してしまった場合、逃げ切ることはできない。

 待つのは、ただ死のみ。



 気がついた時には、その黒い影は一行の前方にたたずんでいた。

 真っ赤な残照を背景に、四脚しそくの獸はゆっくりと身を起こす。

 その瞬間に、ジャック、ベル、ロルフの三人は逃れられぬ運命を悟った。

 殺意がじしを得たかのような、掛け値なしの〈魔〉がそこにいた。

 歯が鳴る。背筋が凍る。冷や汗が額を流れていく。

 吐き気がする。めまいがする。膝から崩れそうになる。

 それでも彼等は、懸命に武器を取る。

 奥歯を噛み締め、それこそが狩人の矜持だというように、獸を睨みつける。

 その大きさは、小さい。

 人間と変わらないほどの背丈しかない。伍號種でさえ、もうすこし大きい。

 姿もさして違いはない。差異があるとすれば、首筋から腰にかけての体毛が長いこと。

 だが、決定的な違いがひとつある。

 だ。

 弐號種の瞳は血のように赤い。

 その赫々かくかくたる双眸そうぼうが、ジャックたちを捉えている。

 刹那。

 牙を剥くように、獸は嗤い、

 その姿が、掻き消えた。

 三人の感覚器官を凌駕するはやさ。初動からすでにトップスピード。暴力的なまでの身体能力。

 武器を振り上げる暇もない。

 声をあげる暇さえ。

 気づいた時には、獸の爪がジャックの首筋数センチのところに迫っていた。

 ジャックは弐號種の動きがゆっくりに見えた。

 走馬灯のようなものだろう。

 避けられぬ死を前に、意識が研ぎ澄まされ、時間がゆるやかに感じられるのだ。

 身体が動かない。声が出せない。ただ、考えることしかできない。

(この一撃で、俺も、ベルも、ロルフも、死ぬ)

 新人の頃からともに戦ってきた戦友。幾たびも、この三人で死線を乗り越えてきた。

 ジャックの顔が悔しそうにゆがむ。

(ラドゥも死ぬ)

 まだ若い、荷物持ちの青年は彼が雇った。彼等が引き入れた。

(クソッ、素人巻き込んじまうとは、プロ失格だな)

 そうしてジャックは、死んだ。

 首を狩られ、血が噴き出し、獸に肉を喰われる。

 そのはずだった。



 鋼と鋼が打ち合ったような、かん高い音が静寂を裂いた。

 白い火花。

 弐號の爪が、弾かれた。

 立て続けに四度、火花と音がジャックの前で踊った。

 距離を取るように、弐號が後方に下がる。

 その顔から残忍な嗤いが消えている。

 威嚇するように唸り、獸は自分の爪を防いだ若者に牙を剥く。



「うそでしょ?」ベルが驚愕の表情でラドゥの背中を見る。「まさか、弐號の攻撃を、防いだ……?」

「あの動きに、反応したのか……?」ロルフが呆然と呟く。

「ラドゥ、お前は」

 何者なんだ。

 ジャックがそう口にする前に、

「無駄話している暇があると思うか?」

 冷徹に遮り、ラドゥは剣を振り上げる。

 火花。

 弐號の爪とラドゥの剣が鍔迫り合う。

「さっさと逃げろ」

 獸の猛攻。

 目にもとまらぬ速度。

 一発一発が人間を軽々と屠り去る威力。

 そのすべてを受けきり、ラドゥは荒々しく吼える。

「行けッ!」

 彼の声に含まれた気迫に、三人は負傷者を連れ森林に向かって駆け出す。

 一瞬、獸の視線がその背を追う。

 無防備な獲物の背中。

 うまそうな肉。

 閃光のような斬撃。

 弾かれたように、弐號は横に跳ぶ。

 痛み。

 獸の胸元から血が垂れる。

「俺を前にしてよそ見か。なめられたものだな」

 刃の血を振り払い、ラドゥはマントを剥ぎ取る。

 この領域の戦いでは、マントの利点は薄い。

 それよりも、身を軽くしたい。

 疾く剣を振るうために。獸の動きに反応するために。

 一番の懸念であったジャックたちは、すでに森林の中。

 彼等を守りながら相手取れる獸ではない。

 ラドゥの眼が、獰猛な光を湛える。

 鋭く冷たい、剃刀のような殺気が身体から立ち上る。

 剣を構え、弐號種を見据え、ラドゥは一言、開戦を告げる。

「来い」






 ジャックはひとり、ラドゥに加勢する為、森林を駆けていた。

 ベルとロルフには負傷者を任せた。

「馬鹿じゃないの、アンタも一緒に逃げるんだよ」

 ベルにはそう怒鳴られた。

 怒っていたが、その眼は涙を湛えていた。

 普段は悪態ばかりつく奴だが、根は優しいのだ。

「俺たちがラドゥを巻き込んだ」ジャックはベルふの肩に手を置く。「このまま見捨てることはできない」

「でも、アイツ強いよ。私たちの誰よりも」

「わかってる」

 自分たちはその軌跡させ捉えられなかった弐號種ニゴウシュの攻撃を、ラドゥは完璧に防いだ。

 明らかに三人よりもラドゥは強い。

 だが。

「相手は弐號種だ」ジャックは重々しく呟く。「アイツが勝てる保証はない」

「アンタが行ったって、どうにかなるわけじゃない」ベルがジャックの服を掴む。「死にに行くようなもんだよ」

「それもわかってる。だが、見捨てられないだろ」

「でも」

「無駄だ」負傷者を背負ったロルフがベルの腕に優しく手を置く。「ジャックが言い出したら聞かないのは、ベルが一番よくわかっているだろう」

「ああ、お前はわかってるはずだ」ジャックは笑う。「なにせお前との付き合いが一番長いからな。俺のことはお前が一番よくわかってるはずだ」

「なに、アンタたち」ベルはジャックとロルフの手を振り払い、涙を拭う。「ウザいんだけど」

 ベルは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せるも、ジャックに背を向け、

「帰ってきてよね」

 そう言って、走り出す。

「ベルの言うとおりだ」彼女の背を追いながら、ロルフもそう言う。「帰ってこい、ジャック」

「当たり前だ」ふたりとは反対の方向に走り出しながら、ジャックは呟く。「こんなところで死んでたまるかよ」




 実際のところ、ジャックは生きて帰れると思っていない。

 弐號種に植え付けられた恐怖心は彼の心を蝕んでいる。

 それでもラドゥを置いてむざむざと逃げ帰るのは、狩人の誇りが赦さなかった。

 ジャックはラドゥが弐號種に勝てるとは思っていなかった。

 たしかにラドゥの動きは素晴らしかった。獸狩りの剣を持っていることから、もしかしたらもぐりの狩人のようなことをして生活をしてきたのかもしれない。

 だが、相手はこの国に数えるほどしかいない最高峰の協会員、一級狩人にしか殺せない正真正銘の化け物なのだ。

(いくらラドゥでもアレを殺すのは無理だ)

 だからジャックはラドゥの元に向かっている。

 自分が加勢したくらいであの怪物を殺せるとは思っていない。だが、ラドゥを逃がすくらいの隙なら作れるかもしれない。あれだけ動ける奴なら、きっと逃げ切れる。いや、かならず逃がしてみせる。

 それがジャックのプロとしての矜持だった。

 だから森林を抜けた先で繰り広げられている戦いを見たとき、ジャックはしばらくの間言葉を失った。

 凄まじい速度で動くふたつの影。

 神速で交わされる爪と刃。

 一匹の獸とひとりの狩人が、想像を絶する戮し合いに身を投じていた。

「嘘だろ」ジャックは思わず呟いていた。「弐號種が相手なんだぞ」






 左右から迫る爪を弾き、ラドゥは一気に弐號種の懐に飛び込む。

 密着するほどの至近距離、長い腕の獸にはあきらかに不利な間合い。

 一見、その間隔は剣を使うラドゥにとっても不利に思える。

 だが、ラドゥがガロから叩き込まれたのは剣術だけではない。

 右脚を起点に、踏み込んだ時の勢いを利用し、ラドゥは回転、そのまま獸の顔面に渾身の肘打ちを叩き込む。

 流れるような一撃が、獸の顎を捉える。

 鈍い音。

 弐號の口から折れた牙と血が飛ぶ。

 ラドゥの動きは止まらない。

 そのまま滑るように腕を振り抜く。

 その手にはナイフが逆手に握られている。

(このまま首を裂く)

 ラドゥの刃は、しかし獸の首に触れることなく空を掻く。

 弐號は身を反らし、ナイフの一閃を躱していた。

 全力で打ち込んだ肘打ち、人が喰らえば即死していただろう。強靱な肉体を持つ伍、肆號種でさえ今の一撃をもらえば顎が砕け、意識は揺さぶられる。

 だというのに。

 ニィ、と獸は兇暴に嗤う。

 圧倒的な戦闘能力、強堅な肉叢じしむら

 弐號種はほかの魔物とは一線を画している。

 上下から爪が襲う。

 上方を重剣で、下方をナイフで捌く。

 再び攻勢に出ようと距離を詰めたラドゥは、しかし咄嗟に獸の腹を蹴り、その勢いのまま後方に退避した。

 ラドゥの頬から血が垂れ落ちる。

 胸元の服が裂けている。

「なるほど」ラドゥは目の前で立ち上がった凶々しい影を凝視した。「〈六肢ロクシ〉か。相手をするのははじめてだ」

 獸の背部から、さらに二本の腕が生えていた。

 計四本の腕を広げ、獸は咆吼する。

 その様はまさしく異形。

 これこそが弐號種が化け物といわれる所以。

 弐號種の真の恐ろしさがこの姿だ。

 狩ること、殺すこと、そしてほふること。

 ただひたすらに暴力だけを求めたかのような、異形の形態を持ってこの世に受肉し、殺戮と飽食をほしいままにする最悪の化け物。

 堅い獣皮に覆われた〈剛皮ゴウヒ〉。

 変形した骨を剣のように操る〈骨刃コツジン〉。

 そしてこの獸は〈六肢〉。その名の通り、六本の手足を持つ。

 背部の体毛が豊かだったのは、この腕を隠しておくためなのだろう。

 見てくれはただの獸と見せかけ、隙を突いて四本の前腕でとどめを差しに来る。

 ラドゥの反射神経でなければ、殺されていた。

 獸は吼えるのを止め、ラドゥを視た。

 その赤眼あかまなこが、殺意に塗り潰されていく。

 その身に纏う殺気が、空間を揺らめかせるように立ち上る。

 弐號種が自身の形態を晒した。

 本気だということだ。

 本気で殺し、喰らいに来る。




 ジャックは恐怖を押し殺し、剣に手をかける。

 弐號種になど勝てるわけがない。

 だが、ラドゥに加勢するためここに戻ってきた。

 決意を固め、彼は剣を抜き放つ。




 弐號種が地疾ちばしる。

 迎え撃つラドゥを、四本の腕が襲う。

 四方八方で鋭い鉤爪が荒れ狂う。

 縦横無尽に乱舞する猛攻を防ぎながら、ラドゥは舌打ちする。

 致命傷たり得る一撃は紙一重で躱している。

 本気を出した弐號種を相手に、その実力は拮抗している。

 だが。

(手数が多すぎる)

 ラドゥの身体に切り傷が増えていく。

 血の飛沫が周囲を汚す。

 どうしても受け溢れが生じる。

 獸の爪が少しずつラドゥを削っていく。

 先ほどまでの攻勢が嘘のように、ラドゥは防戦に追い込まれる。

(どうするか)

 一歩間違えれば奈落の底へ転落する綱渡りのような状況だというのに、いや、そんな状況だからこそ、ラドゥの意識は氷のように冷えていく。

 熱くなれば死が近づくと、ラドゥはこれまでの経験で知っている。

 熱は感情を沸騰させ、怒りを喚起する。

 怒りに身を任せれば視界が狭くなる。思考が堅くなる。動きが直線的になる。

 それでは生き残れない。

 鉄のように冷静に、刃物のように意識を研ぎ澄ます。

 そうやってラドゥは澱底を生き残ってきた。

 止まらない獸の四本の腕。

 傷はさらに増えていく。

 ラドゥは思考を巡らす。

 どうすれば弐號種の攻め手を切り崩せるか。

 どうすれば反撃に転じられるか。

 ガロなら、とラドゥは思う。

 獸の爪を防ぎ、返す刀で腕を切断するだろう。いや、そもそも防御などしない。ラドゥは師の姿を思い出す。筋骨隆々たる体躯、伍號種程度であれば素手で殺すことのできる膂力。ガロの剣は攻めの剣。ひたすらに攻め続け、相手に何もさせず、最後には圧し潰す。

 まさに圧倒的な、剛の剣士。

 だが、ラドゥはガロではない。

 師のような体格と膂力は持ち合わせていない。

 だから攻めあぐねている。

 ガロのようには戦えない。

(いや、違う)

 ラドゥの眼が、鋭く輝く。

(ガロのような膂力はないが、俺には俺の武器がある)

 身体の使い方が巧すぎる、そうガロにいわしめた天性の身体能力と反射神経。息を吸うように剣を操るそのセンス。そして一度戦いに身を投じれば魂の底から溢れ出す、兇暴きょうぼうなまでの闘争心。

 それこそがラドゥ最大の武器。

(あとひとつ、なにか剣になるものがあれば)

 猛攻に対処しつつ、ラドゥは周囲を探る。

 不意に、その視界に人影が飛び込んできた。

「うおおおおおおお!」

 雄叫びをあげ、その人影は弐號種に斬りかかる。

 ラドゥは驚いたようにその顔を見た。

 ジャックだった。

 彼は渾身の力で剣を振り下ろし、しかし弐號種の片腕に軽々と止められる。

 獰猛な赤眼がジャックを睨む。

 殺意がラドゥから逸れる。

 一肢が、ジャックに放たれた。

 空を切る音。

 剣の一閃。

 腕と刃が丁々発止ちょうちょうはっしと切り結ぶ。

 気づいたときには、ジャックはラドゥに襟首を掴まれ、引き倒されていた。

 弐號種はふたりから離れた場所で腹部を押さえている。

 黒い体毛から大量の血が伝い落ちていく。

「なぜ、戻ってきた」

 冷たい声。ジャックはラドゥを見上げる。

 その胸に獸の爪痕が走っている。血が衣服を濡らしていく。

 ジャックを助けるために、何か想像を絶する応酬が交わされたのだろう。

 圧され気味のラドゥに加勢するため飛び出したが、逆に彼に傷を背負わせてしまった。

 すまない、ジャックがそう口にしかけた時、

「だが、助かった」

 予想に反して、ラドゥはそう言った。

 傷は熱い。だが痛みはない。それに深い傷ではない。動ける。戦える。

 ジャックの乱入は、むしろありがたかった。あの横やりで、均衡が崩れた。戦いを仕切り直しにできたのは大きい。

 なにより。

 ラドゥはジャックの握る武器を見る。両刃の、分厚い、狩人の剣。

「俺は何をすればいい」ジャックは立ち上がり、ラドゥに並ぶ。「戻ってきた以上、俺も手伝う」

「無理だ。あんたじゃ囮にしかならない」

「なら、そう使え」ジャックはそう言う。「お前を巻き込んだのは俺だ。俺にはお前を生きて返す責任がある。俺を囮にして、その隙に」

「ふざけたことを口にするな」

「しかし」

「俺はあんたを死なせるつもりはない」ラドゥはこの二日間を思い出す。短い旅路。外の世界の住人からすればなんてことのない日常かもしれない。だが、澱底で生まれ育ったラドゥからすれば、その日常は新鮮なものだった。

「俺はあんたも、あんたの仲間のことも、嫌いじゃない。死なせたくない。だからここは俺に任せろ」

 鬼気迫ったラドゥの言葉にジャックは一瞬たじろいだが、「わかった」と頷き、ラドゥの横顔を見やる。

「勝算はあるのか」

 その言葉に、ラドゥは眼を細め、ジャックの手元を見た。

「あんたの剣を貸してくれ」

「こいつをか?」

「ああ」ラドゥは弐號種と再び刃を交えるために、歩み出る。「どうしても一手足りなかった。だが、これでどうにかなりそうだ」

 視線の先で、獸が唸りを上げた。

 血が止まっている。

 その顔貌が憎悪に歪んでいる。

「まさに、手負いの獸だな」

 ラドゥの掌でナイフが回転する。

「ジャック、俺がコイツを投げたらその剣を渡してくれ。ケリをつける」

「どうするつもりだ」

「圧し潰す」ラドゥの全身から、眼に見えそうなほど濃く、熱い闘気が立ち上る。「後手に回ったのが間違いだった。俺の剣は攻めの剣だ。もう奴には何もさせない」

 異様な空気が場に立ちこめた。

 ラドゥが姿勢を低くする。

 弐號種が四本の腕を広げ、威嚇する。

 猛禽の眼と赤い眼が交差した。

 空白のような一拍。

 獸が、動いた。

 だが機先を制したのは、ラドゥだった。

 相手の動く一瞬前に、すでにナイフは投擲されていた。

 高速で迫る刃を、獸は弾く。

 ナイフは回転しながら宙を舞う。

 再び、獸は跳躍の姿勢に入る。

 だがその時には、すでにラドゥは弐號種の眼前にいた。

 三度みたび、両者の間で応酬が始まる。

 振り下ろされた腕を、剣で防ぐ。

 下方から迫る腕を、蹴り払う。

 左から襲う腕を、両刃剣で捌く。

 右から振るわれた腕が、ラドゥの腹部を狙う。

 先ほどまでならば、ここで防御が遅れ、血を流した。

 獸狩りの剣の重量が、裏目に出ていたのだ。

 ラドゥの切り返す速度は異常だ。常人であれば反応できないような速度で剣を右から左へ、上から下へ切り返すことができる。だがその重さによりわずかに初速が遅れる。弐號種との戦いにおいてその遅れは致命的とまではいわないまでも、徐々に徐々に無数の傷となってラドゥを蝕んだ。

 だが、今の彼には武器が三本ある。

 ガロの重剣、ジャックの両刃剣、そしてナイフ。

 ラドゥはすでに重剣から手を離している。

 落ちてきたナイフを素早く掴み、そのまま右からの一撃を受け止める。

 遅れるなら、切り返さなければいい。

 三本の刃を最適なタイミングで入れ替えながら戦えばいい。

 唸りながら、獸は再び四肢を振るう。

 両刃剣、ナイフ、足技、そしてラドゥの蹴り上げた重剣によって猛攻は弾かれる。

 赤い瞳が、まるで理解できないものを見たときのように、丸くなる。

「無駄だ」ゾッとするほど冷たい声が獸の耳朶を震わせる。「もうお前の攻撃は俺に届かない。そして」ラドゥの両手で刃が煌めく。「もうお前に、攻めの手番は回ってこない」

 そこから始まったラドゥの剣技は、異様というより他になかった。

 剣とナイフと体術がめまぐるしく入れ替わる。

 すべての動作が流れるように、一切のよどみなく繋がっていく。

 宙を舞う剣、鋭い太刀筋、繰り出される体術。

 その様は、剣士というよりは、まるで曲芸師。

 ガロが認めたラドゥの才。

 膂力をおぎなってあまりある、その技量。

 まさしくラドゥは、剣と戦いの申し子。




「マジか」

 ジャックは乾いた笑い声を立てる。

 何が起きているのか理解できない。

 どうやったらあんなふうに動けるのかわからない。

 ジャックに理解できることはただひとつ。

 ラドゥが獸を圧倒しはじめているということだけだ。

 弐號種とは一級でなければ相手をできない最悪の化け物。

 そんな規格外の怪物を、目の前の若者は追い詰めている。

 三本の刃を完璧に操り、人間業とは思えない体捌たいさばきで、壮絶な斬撃を踊るように繰り出していく。

 とてつもなく、強い。

 ジャックは先ほどから抱いていた疑問を、ようやく口にすることができた。

「ラドゥ、お前は一体、何者なんだ」




 獣皮が裂かれていく。

 血だまりが足下を汚していく。

 弐號種は、後ずさる。

 その事実に、赤い眼が憤怒に染まる。

 人間は獲物だ。

 ただの肉、餌、食料。

 獲物は狩られ、殺され、喰われればいい。

 狩る側に立つのは自分だ。

 それなのに、彼の方が追い詰められている。

 絶対的強者である弐號種が、後退を余儀なくされている。

 その事実が、本能的な屈辱となって彼の意識にのしかかる。

 赦しがたい。

 彼に発音器官があれば、そう叫んでいたかもしれない。

 だが、獸は喋らない。

 だから彼は激怒の咆吼をあげる。

 視界が狭まる。思考が堅くなる。そして動きが直線的になる。

 そこに、隙が生まれる。

 そして、それを見逃すラドゥではない。

 刹那の攻防。

 獸の右腕が、ぼとりと地に落ちる。

 遅れて血が噴き出す。

「冷静さを欠けば死に近づく」

 血飛沫の向こうから、ラドゥの声が響いた。

「お前はもう終わりだ」

 四本の腕があったからこその均衡状態。

 三本の腕では、ラドゥの剣技を防ぎきれない。

 剣とナイフが嵐となり、弐號種を見舞う。

 さらに二本、腕が斬り飛ばされる。

 赤い眼に、ラドゥの氷のような表情が映る。

 乱杭歯を剥き出しに、獸は吼える。

 その雄叫びは憤怒によるものか、あるいは恐怖によるものか。

 どちらにせよ、もう意味はない。

「俺の勝ちだ」

 全身全霊を持って、ラドゥは重剣を振り抜いた。

 弐號種の首から上が、刎ね飛ばされた。

 噴いた血潮が血霧となって周囲を染める。

 頭部を失った身体が、崩れ落ち、ゆっくりとほどけていく。

 転がる頭部が、霧散する。

 その光景を見届け、ラドゥは膝をついた。

「大丈夫かッ!」

 駆け寄ったジャックがラドゥに肩を貸し起き上がらせる。

「結構キツかったな」胸元を押さえながらラドゥが呟く。浅いとはいえあれだけ動いたのだ、止まっていた血が再び傷口から滲みはじめている。「今まで戦った弐號種の中でも一、二を争う強さだった」皮肉げに顔をゆがめる。「まさか外で、あんな強敵と戦うことになるとはな」

「弐號種とり合うのははじめてじゃなさそうだな」

「ああ、何匹か殺したことがある」

「アレは頻繁に発生しない。南部といえどそう簡単にお目にかかれないだろ。一体どこであんな化け物を殺したっていうんだ」

澱底オリゾコ

「冗談だろ?」

「ちょっと休もう」ジャックの問いには答えず、ラドゥは近場にあった大岩にもたれ息をつく。薄暗くなった周囲を見回し、それを見つける。

「ジャック、頼みがある」

「なんだ」

「俺のマントを取ってきてくれ」

 そう言って指さした先に、薄汚れた外套が落ちていた。

 ジャックは拾い上げ、ラドゥに差し出す。

「ずいぶん使い古されたマントだな。今回の報酬で買い換えろよ」

「ガキの頃から使ってる。これが一番落ち着くんだ」

 マントを首に巻き付けるように羽織り、再びラドゥは歩き出し、ふらつく。

「無理するな」

 ラドゥの前でジャックが屈み、背を差し出す。

「なんだ」

「背負ってやる」

「荷物持ちは俺の仕事だと思ってたけどな」

「皮肉な話だな」ジャックは苦笑した。「荷物持ちに雇ったお前が獸を殺し、狩人の俺がお前を背負う、まったく笑い話にもなりそうにない」

 早くしろよ、そうせっつかれ、しかたなくラドゥはジャックに背負われた。

 砦に帰るまでは安全ではない。できればすぐに剣を抜ける体勢でいたかったが、疲労が蓄積しているのも事実だった。傷も痛む。それにこの地には、おそらく新たに獸が発生するほどの夜霧は残っていない。弐號種の出現にほぼすべての霧を消費したはずだ。少しくらい警戒をゆるめても大丈夫だろう。

『生きろよ、ラドゥ』

 不意に師の言葉が脳裏をよぎる。

 鍛錬の後に、獸狩りの後に、必ずガロが口にした言葉。

『必ず生き残れ』

 ジャックの背に揺られ、薄暮に沈む空を眺めながら、ラドゥは呟いた。

「また生き残ったよ、ガロ」




       ****




「本当にもう出発するのか」

 旅支度をしていると、声をかけられた。

 ラドゥが戸口を見ると、ジャックが立っていた。その背後にはベルとロルフの姿。

「ああ」ラドゥはブーツの紐を結び、立ち上がって剣を佩いた。

「傷はいいのか?」

 ロルフの問いに、

「問題ない」服を捲り、胸元を晒す。三本の爪痕は痛々しいが、すでに塞がっている。薬草や軟膏を塗っておけばじきに治るだろう。

「しかしこの前も見たけど、アンタ凄い身体してるね」

 ベルがラドゥの上半身を尊敬するように眺めた。

 彼女だけではない。ジャックもロルフの視線にも畏敬の念が含まれていた。

 砦に戻ってきたラドゥを治療したのは三人だった。といっても消毒し薬を塗り包帯を巻いただけだが、さいわい縫うほどの傷ではないため、町まで医者を呼びに行かずにすんだ。

 その時に、三人はラドゥの身体を目撃していた。

 弐號種に負わされた爪痕以外にも、彼の肉体には数多くの傷が刻まれていた。

 爪痕、咬み痕、打撲痕。そのほとんどが獸によるものだった。

 この若者がどれほどの修羅場をくぐり抜け、どれほどの獸を殺してきたのか、この時三人は理解した。

「もう少しゆっくりしていけばどうだ?」

「いや、もう行くよ」

 ジャックの誘いを断り、ラドゥはマントを羽織り、砦の監視者たちが用意してくれた水と食料の詰まった小さな背嚢を肩に担いだ。「それに長居すると面倒なことに巻き込まれそうだし」

 そう言ってラドゥは部屋を出る。

「面倒なこと?」ジャックは少し考え、はたと気づく。「ああ、協会の上層部か」

「この砦に向かってるんだってね」とベル。「なんでも一級がひとり同行してくるんだってさ」

「西部に弐號種ニゴウシュが出たんだ、調査するしかない」ロルフが言う。「弐號種がらみの調査に一級が携わるのは当然だ」

「協会の文には、お前を引き留めておけとある」ジャックはラドゥの隣に並び、伝書鳩で届いた文書を見せる。「おそらくお前をスカウトするつもりだ」

「あまり、興味はないな」協会の手紙を手で払い、ラドゥは歩き続ける。

「お前にぴったりだと思うがな」

「獸狩りが俺の性に合っていることは否定しない。だが」ラドゥは立ち止まり、窓の外を眺める。抜けるような青い空。真綿のような白い雲。美しい自然の広がり。そしてその向こうには人の営みがある。「せっかく外に出てきたんだ、俺はもう少し、この世界を見て回りたい」

 その視線には、かすかに憧憬が含まれていた。

 普通に生活していれば手にはいるはずの、しかしラドゥには絶対に手に入らなかった景色。

 その憂いにも似た視線の意味を察した三人は、黙って彼の横顔を眺めることしかできなかった。

 神妙な空気が四人の間を流れた。

「まあ、金に困ったら協会の門を叩くこともあるかもな」

 ラドゥのその言葉が、場の空気を和ませた。

「そうしろ」

「アンタなら仕事は引く手あまただよ」

「まったくだ」

 口々に言い合いながら、彼等はまた歩き出す。

 やがて砦の出口に着いた。

 ラドゥは振り返る。

 三人が手を差し出している。

「お前がいなければ、みんな死んでいた。あらためて礼を言う」握手を交わすと、ロルフはそう言って頭を下げた。

「ジャックに聞いたけど、とんでもない剣術を使うんだってね。いつか機会があったら見せてよ」屈託なくそう言って、ベルがラドゥの手を握った。

「ラドゥ、お前にはデカい借りを作っちまったな」ジャックは力強く彼の手を握りしめその肩を抱いた。「次会うとき、俺たちはこの借りを必ず返す。必ずな」

「こういうのは慣れてないから、なんて言えばいいかわからないけど」三人との別れを終え、歩き出し、不意にラドゥは振り返り、

「あんた等と旅した数日間は、楽しかったよ」

 ラドゥは笑った。

 ぎこちなかったが、それは彼が三人に見せた、初めての笑顔だった。

 そうしてラドゥは道の彼方に消えた。

 あとには雄大な青空だけが残った。

 陽光に照らされた街道を、三人はしばらく眺めていた。




「行っちゃったね」

「ああ」

「協会に所属してくれたら、私たちの猟団に引き入れたのに」

「馬鹿か、あいつの実力じゃすぐに一級だ。俺たちの猟団に入るわけないだろ」

「わかんないじゃん」

「いいや、わかる」

「頭が固いんだから。そんなんだから二級に上がれないんじゃない?」

「そういうことはまず三級に上がってから言うんだな」

「なに、喧嘩売ってるわけ?」

「ちょうど今、売り出そうと思っていたところだ」

「まったくジャックとベルはすぐに喧嘩をする」ロルフは呆れたように肩をすくめ、「しかしまあ、喧嘩をするほど仲がいい、ということなのかもしれない」

 そう言って、ため息をついた。




     ****




 陽が傾いてきた。

 周囲は草木の繁茂した豊かな森林。

 不意にラドゥは立ち止まると、周囲の草叢に声をかけた。

「出てこいよ。それで隠れてるつもりか?」

「なかなか目ざといガキだな」

 野卑な嗤い声とともに、草叢や木の影から数人の男たちが現れる。

 薄汚れた身なり。他人を威嚇するような目つき。そしてその手には短刀や棍棒が握られている。

 男たちはじりじりと、ラドゥを取り囲むように距離を詰めていく。

「金目のもんを出せ」

「いや、身ぐるみ剥いじまおうぜ」

「おい、傷つけるなよ、男だがなかなかの器量よしだ。人買いに高く売れる」

「へえ、よく見りゃそうだな。よし、抵抗したら顔以外を殴れ。わかったか?」

 下劣な会話が交わされるのを聞きながら、ラドゥはため息をついた。

「またか」

 ラドゥはここ数日の出来事を思い出す。

 馬車で絡まれ、街で絡まれ、仕事を受ければ肆號種に襲われ、極めつけに弐號種と激戦を繰り広げる。

 外の世界は平穏だとガロに聞いていたが、まったくそんなことはない。

 それとも彼が絡まれやすい星の下に生まれているだけだろうか。

 何にせよ、降りかかる火の粉は自らの手で払うのがラドゥの性分だ。

 マントの中で拳を握り、鋭い目つきで野盗たちを睨めつけ、冷たく言い放つ。

「痛い目を見たくなきゃ、消えろ」

 その言葉に、男たちの嗤い声が止む。

 全員の視線がラドゥに注がれる。

「なんだとガキ」

 リーダー格の男がラドゥの前に立ち塞がる。

「今なんて言いやがった?」

「聞こえなかったのか? ならもう一度だけ言ってやる」

 彼は面倒くさそうに頭を掻き、一言呟いた。



「さっさと消えろ」







 始まったばかりのラドゥの旅路は、どうやらまだまだ荒れそうである。



【ラドゥと旅路と獣狩り】(了)

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ラドゥと旅路と獣狩り あびすけ @abityan11

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