"謎はすべて解けた!真実はいつも一つ!"


 どっかで聞いたようなセリフのメールが安井先生から届いたのは、ホワイトデー当日のことだった。僕もあれから気になっていただけに、瀬川さんと一緒にまた例のカフェで先生と会うことにした。


---


「よう! 平良!」


 注文したブレンドとカフェラテをそれぞれ受け取って、僕と瀬川さんが店の奥に向かうと、この前とは打って変わって朗らかな表情の安井先生が僕らを目ざとく見つけ、右手を上げていた。その隣には彼の恋人の南野先生が座っている。


「さっそくだけどな、平良、犯人は誰だったと思う?」


 僕らが彼らの向かいの席に着くや否や、安井先生が話し始める。


「犯人、なんですか? なんか犯罪を犯してましたっけ?」


「とりあえず俺が迷惑をこうむったのは事実だからな。犯人と言えなくもないだろう」


「はぁ」


「で、だな。誰が犯人だと思う?」


「分かりません」


「瀬川は?」先生は彼女に向き直る。


「さぁ……」


 その瀬川さんの応答に、僕はなぜか違和感を覚えた。彼女らしくない。こんな歯切れの悪い受け答えをするなんて。


 だが、安井先生はそんなことに気付く様子もなく続ける。


「ったく、つまんない連中だなあ。まあいいや。実は、犯人はな……」


 僕はゴクリと唾を飲み込む。


「……AI だったんだよ!」


 な、なんだってー!


---


 安井先生(と南野先生)の話はこうだった。


 一月末の南野先生の誕生日に、彼は某ショッピングサイトで彼女が欲しがっていたアクセサリーを買って送っていた。しかし、南野先生はそのショッピングサイトで始まったばかりの新機能、AIコンシェルジュを使っていたのだ。


 AIコンシェルジュは、そのサイトでの買い物を補助する賢い機能だ。例えば消耗品なら在庫を把握した上で自動的に発注してくれるし、設定次第では贈り物が送られてきたら自動でその相手に贈り物をお返しする、という機能もある。実は僕もちょっと興味があってコンシェルジュを使ってみたことがある。


 それで、南野先生のコンシェルジュは、安井先生に何かお返しの品を送ろうと考えたらしい。そこで、彼女の商品閲覧履歴や時期的なものも考慮して、バレンタインデーのチョコレートを贈ることにしたようだ。


 ところが。


 それを報告するメールが迷惑メール扱いになっていて、南野先生の目に届いていなかったのだ。そもそも彼女は店頭で自分で買ったチョコを渡すつもりだったので、商品を物色する目的でショッピングサイトでチョコを見ていただけだった。にもかかわらず、コンシェルジュは「彼女がチョコレートをショッピングサイトで買って送ろうとしている」と解釈して、それを勝手に先回りしてしまったのだ。


 さらに、そのコンシェルジュが送ったチョコレートが、なんと中古セコハン商品だったという。今一番人気のもので、最安値をつけている店からコンシェルジュが自動的に商品を調達した結果だったようだ。しかし、そもそもなんでチョコレートがセコハン商品となったのか。未開封品だったので厳密には新古品と言うべきかもしれないが、それにしたって通常は食料品がセコハンとして売られることは、まずあり得ない。まして贈り物となるものなら、なおさらそれを選ぶ人間はいないだろう。人間ならば。


 そう。実は、何もかもコンシェルジュの仕業だった。


 コンシェルジュを使っている、ある一人のショッピングサイトユーザーの元に、二つの同じチョコレートが届くことになった。どうやらそのユーザーはずいぶん女子にモテモテだったらしい。しかし、同じ商品が重複すると、場合によってはコンシェルジュは余ったものを自動的に処分してしまうのだ。しかもどちらもショッピングサイト内の取引だから、発送前に既に重複が分かることもある。


 つまり、そのユーザーのコンシェルジュは、余ったチョコレートをなんとショッピングサイト内のセコハンショップと交渉して、買い取らせてしまったようなのだ。そして発送先をそのユーザーからセコハンショップに変更した。


 しかし、そのチョコレートは例のユーザーに宛てたメッセージカード入りのものだった。コンシェルジュはそのようなところまでは一切考慮せず、ロジックに従って単純に余りものとして処分してしまったのだ。そして、そのセコハンショップはそうやって仕入れたチョコレートに、さっそく新品よりも若干安い値段をつけて販売した。それを南野先生のコンシェルジュがたまたま発見し、購入して安井先生に送った、というわけなのだ。


 これが真相だった。このような事故はコンシェルジュの導入以来多発しており、お詫びとコンシェルジュの運用を見直す旨のメールがショッピングサイトから南野先生に届き、全てが発覚した。言われてみれば、僕のところにもそんなメールが来てたような。


「だから結局、あのメッセージカードは俺宛でもないし、都羽が送ったものでもなかった、ってことさ。な?」


 そう言いながら安井先生が南野先生に顔を向けると、南野先生は少し照れ臭そうに笑う。


「そうね。やっぱり、AIと言ってもまだまだ、ってことよね。アーリーアダプターになるのも考え物ね。今回は正明さんにも随分迷惑かけちゃったわ。ごめんなさい」


「いいんだよ、君が誤解だって分かってくれればさ」


「正明さん……」


「都羽……」


 ……ええと。


 僕たち、おジャマじゃね?


---


 安井先生と南野先生がラブラブな感じでカフェを出て行った後も、僕と瀬川さんは残ってコーヒーを飲んでいた。


「ま、でも、よかったね。謎が全て解けて」


「……」


 僕がそう言っても、なぜか瀬川さんは黙ったままだった。しばらく沈黙していた彼女は、しかし、ようやく呟くように言う。


「解けて……ないよ」


「え?」


「結局、あのカードの送り主……あの二人には分からなかったじゃない」


「いや、そこまではさすがにショッピングサイトの中の人じゃなかったら分からないよ。個人情報だし。瀬川さん、なんでそんなこと気にするの?」


「……」


 瀬川さんはまた黙り込んでしまった。どうにも今日の彼女はおかしい。


「……私だよ」


 また、呟くように、彼女が言った。


「え?」


「あのカード送ったの……私なんだよ……それも、君宛に……さ……」


 な、なんだってー!(本日二回目)


---


「ど、どういうこと?」


「だからさ、私、最初は君に、あのカード付けてチョコを送ろうとしてたんだよ。だけど……送っちゃった後で恥ずかしくなってさ、キャンセルしたんだよね。いや、キャンセルしたつもりだったんだよね……だけど、履歴を確認してみたら、キャンセルされてなかった……私、相当テンパってたんだね……でも、それに気づかず、私、新たにカードなしで君にチョコを送ったんだよ。でもさ、君もコンシェルジュ、使ってたよね? だから……重複して商品が届いたんで、こういうことになったんじゃ……」


「……えーっ!」僕は思わず声を上げてしまう。「でも、"C より"、って書かれてたけど……」


「"カニンガムCunningham"の頭文字だよ」


 あ、そうか。なるほど……


「実は私も日曜日に先生から写メ見せられた時にそれに気づいて、言おうかと思ったんだけど……やっぱり、先生の前では恥ずかしかったし、すぐに家から電話があって帰らなきゃならなかったから……」


 そうだったね……


「だからさ、たぶん君のコンシェルジュの履歴に残ってると思う。調べてみたら?」


 彼女に言われて、僕は早速スマホで履歴を開いてみた。


 ……ビンゴ。


 チョコレートが二つ届いていたのも、コンシェルジュがその内の一つをセコハンショップに自動的に売っていたのも、全部ログが残っていた……しかも、メールもちゃんとされてた……普段あんまり見ないアドレスだったから、全然わからなかったよ……


 って、ことは……


 実は、犯人は僕らだった、ってことなのか……?


「マジかよ……」僕はがっくりと肩を落とす。「これ、安井先生に言った方がいいかなあ」


「言わなくていいんじゃない? あの二人、幸せそうだったし」


「そうだね……」


 そこで僕は、彼女のメッセージカードに書かれていた文章を思い出す。


「"大好きなキミに"、か……」


「うわー! ダメ―! やめて―!」


 瀬川さんが、真っ赤な顔を両手で覆い隠した。


 (了)

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連作短編:緑が丘高校シリーズ Phantom Cat @pxl12160

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