魂の表現型

デッドコピーたこはち

第1話

「どんな拡張体サイバネを身に付けるのかってのはよ、どんな風に生きるのかってのと直結なのよ。ジェロームのニイちゃん」

 がらくたジャンクジェイクは拡張体サイバネ化した両腕を組み、神妙な顔をしながらいった。ジェイクの前には拡張体サイバネが展示してあるガラスのショーケースがあり、ジェイクの背後には拡張体サイバネがらくたジャンクが山積みになっていた。店の天井にも、鎖で吊られた拡張体サイバネが多数展示してある。

「ああ?」

 急に話を変えたジェイクに対して、俺は首を傾げた。

 デカイ山を当てた俺は、自分の古くなった拡張体サイバネを新調する為に、このがらくたジャンクジェイクが商う武器・拡張体サイバネ専門店、『がらくたジャンクジェイクの店』にやって来たのだった。店のネーミングはつまらないし、ジェイクはお喋りで、押し売りもしつこいが、商品の質は良いし、値段も良心的なので、馴染みの店でもあった。

「ハッカーはハッキング用の装備をつけるし、サラリーマンは仕事用の装備をつけるだろ?軍人なら軍用、医者なら医者用の拡張体サイバネがある。ニイちゃんは傭兵だ。だから戦闘用の拡張体サイバネや武器が要る。そうだろ?」

「まあな」

 俺は頷いた。

 ジェイクがこうして無駄話をしてきた時のコツは最後まで話を聞くことだ。途中で遮るとジェイクは途端に不機嫌になり、店を閉めてしまう。逆に、適当に相槌を打って、話を聞いていれば、ジェイクは機嫌が良くなり、運が良ければ商品の割引をする事すらある。俺はジェイクの話に付き合うことを、『割引クーポン』と呼んでいた。

「ニイちゃんが欲しいのは武器内蔵腕ガンアームだったな?だが内蔵武器インナーウエポンにも色々ある。レールガンなのか、ロケットランチャーなのか……もし、ニイちゃんが周りの被害を気にする良い男グッドガイだったら、レールガンの方が良い。出力の調整で小回りが効くからな。反対に、ニイちゃんが何もかもを吹き飛ばしたい悪い男バッドガイなら、間違いなくロケットランチャーだ!サーモバリック弾なんて最高だぜ!アンタを舐めて掛かったヤツらをまとめて木っ端微塵にできる。つまりよ、どんな武器や拡張体サイバネを使うかってのは、どんな生き方をするかって事だ。道具を使うときは用途に合ったものを使うべきなんだ。」

 ジェイクは口角泡を飛ばし、熱弁を振るった。

「なるほど」

 俺は頷いた。

 正直にいって、レールガンもロケットランチャーも俺にとっては過剰な武器だった。俺が腕に武器を仕込みたいのは、武器を失った時の最終手段が欲しいからだ。こちらに武器がないことに油断して、近づいてきた敵に一発かませればそれで十分。できればショットガン、せいぜいサブマシンガンが良い。

「生身の肉体ってのは生得的なもんで自分で選べるものじゃない。だが、拡張体サイバネは選べる!どんなデザインなのか、どんな機能なのか。わかるか?拡張体サイバネってのは魂の表現型フェノタイプなんだよ」

 ジェイクは右手でショーケースの天板を叩いた。店内にドンッという音が響き、ショーケースの天板にヒビが入った。

「街に溢れる量産型の拡張体サイバネを身に付けてる奴らを見てみろ!みんな同じ顔、同じ格好をしてやがる!同じ制御プログラムを使ってるから中身まで同じだ!自己の均一化、自我の希薄化……恐ろしい。拡張体サイバネに重要なのは独自性だ!拡張体サイバネに溢れたこの世界で、自己を精確に定義するのは難しい。だからこそ、拡張体サイバネには独自性が必要なんだ!」

 ジェイクは左手でショーケースの天板を叩いた。店内にドンッという音が響き、ショーケースの天板に入ったヒビが大きくなった。

「そうだな」

 俺は頷いた。

 今日のジェイクの無駄話はやけに熱が入っている。嫌な予感がしてきた。

「だから、ニイちゃんにはコイツを勧めよう。加速抜刀ユニット『伊達&酔狂』だ」

 ジェイクはショーケースの側面についている赤いボタンを押した。すると、天井に鎖で吊られていた拡張体サイバネが一つ、俺とジェイクの間に下りて来た。その拡張体サイバネは、半円弧状の構造物の両先にそれぞれ二つのカタナがくっついているような形だった。これを腰部に連結すれば、二刀流のサムライのような格好になるだろう。

「いやいや、なんだこれ!」

「カッコイイだろ?」

 ジェイクは俺にウインクを飛ばした。

「そうじゃねえ!」

「ああ、そうか。こっちの青いカタナは『伊達』。音速すら超える電磁加速によってイアイの威力を各段に上げる。こっちの赤いカタナは『酔狂』こっちは空砲を使う炸薬式だ。排莢方法が滅茶苦茶カッコイイ。何時間でも見てられるぞ。両方とも最新技術を使って職人が造った逸品だ。名刀と加速抜刀、超振動切断システムが三位一体となったこの拡張体サイバネをタツジンが使えば、戦車の正面装甲もトーフ同然さ!」

 ジェイクはうっとりとした視線をこの拡張体サイバネに向けていった。

「スペックが知りたいんじゃねえ。俺はショットガンを腕に仕込みたいだけなんだよ!サムライごっこがしたいわけじゃねえ」

「サムライごっこじゃない!この拡張体サイバネは本物のサムライにしか使えないんだ。下手な奴が使うと、制御できずに両腕が千切れ飛んじまう。お蔭でコイツはキンバリー・サイバネティクス社の倉庫の肥やしになってた。それを、俺が救出したのよ」

「なら余計に俺には使えねえじゃねえか!」

 俺は思わず叫んだ。ジェイクにはこういう所があった。ある拡張体サイバネに惚れ込んだら、とことんその拡張体サイバネを客に押し売りしようとするのだ。こうなったジェイクはあまりにもしつこい。

「むしろ誰が使えるんだよ。その拡張体サイバネ

「本物のサムライだって言ってるだろ?」

「だから、居ねえよそんな奴!」

 どこに超音速で飛び出す刀を御せる人間がいるのだろう?その飛び出した刀を敵にぶつけた方が早いんじゃないか。俺は頭を抱えた。どうしようか、俺が考えていると、店の玄関から誰かが入ってきた。

「失礼する」

 入ってきたのは奇妙な重拡張者ヘビィ・サイボーグだった。編み笠を思わせる高さの低い平べったい円錐――恐らくレーダーユニットであろう――がくっついた頭部、肩や腿にある幾重にも重ねられた赤漆塗りの装甲板はサムライの甲冑の一部にも思える、何よりその腰には『伊達&酔狂』に似た二本のカタナを備えた拡張体サイバネが付いていた。また、その全身には、所々引っ掻いたような傷があり、返り血と思われる白造血ホワイト・ブラットのしぶきが付着していた。

「先にいいか?」

「べ、別にいいけどよ」

 隣まで来たその重拡張者ヘビィ・サイボーグの存在感に気圧され、俺は壁よりに一歩退いた。

「加速抜刀ユニットはあるか?今日の戦闘でコイツがお釈迦になってしまってな。」

 重拡張者ヘビィ・サイボーグは自分のカタナの柄を撫でながら、ジェイクに尋ねた。

「ある!これ!『伊達&酔狂』!」

 ジェイクは興奮した様子で『伊達&酔狂』を指差した。

「なるほど……抜いてみても?」

「もちろん!」

 重拡張者ヘビィ・サイボーグは『伊達』を抜いた。『伊達』の厚い刀身はフェムト秒レーザーによる構造色着色によって、モルフォ蝶を思わせる青に輝いていた。

「これは……素晴らしい業物だ。買わせていただこう。装着もここでできるのかね?」

「おう、もちろん!統一規格だからすぐに付けられるぜ。そっちの壊れた方も買い取れるぞ。がらくたジャンク扱いだから二束三文だけど」

 ジェイクは胸を張っていった

「あっ!ニイちゃん。悪いけど今日は店じまいだ。すまねえ。今度来た時には安くしとくからよ。二割引き……いや三割引きだ!」

 ジェイクは申し訳なさそうに、俺に頭を下げながらいった。

「ああ、わかった。今日は帰るよ……」

 もう既に、買い物をする気分ではなくなっていた俺は、おとなしく『がらくたジャンクジェイクの店』を出た。


「あーあ、何だったんだ全く」

 俺はジェイクの店先に置いてある逆さまのペール缶に座り、懐から『真紅蜥蜴クリムゾン・サラマンダー』を取り出して、一本口にくわえた。そして、くわえたタバコの先を人差し指で擦り、発火させた。『真紅蜥蜴クリムゾン・サラマンダー』は先端を擦ると、火を付けることができるライター要らずのタバコである。何よりカッコイイので、俺のお気に入りの銘柄だった。箱の中で発火することもなく安全だが、やや薬品臭く、一般的には人気のない銘柄だった。

「蓼食う虫も好き好きってことかねえ」

 まさか、あの『伊達&酔狂』を買いにくる客が居るとは。俺が思っているより、世界は広いようだった。

 『がらくたジャンクジェイクの店』は大通りに繋がる裏路地のドン詰まりにあり、店先からは大通りを歩く人々を垣間見ることができた。

 紫煙をくゆらせながらその様を見ていると、確かに、量産型の拡張体サイバネをした似たような奴らも居るが、存外、多種多様な人々が歩いていることがわかった。

 首から上がロボット犬になっているトレンチコートを着た男、全裸同然の水着の上にスケスケのPVCコートを着てる女、孔雀の羽根をエリマキトカゲの様に首に付け、腕が4本生えてる男か女かもわからんヤツ……

「俺も、腕に火炎放射器フレイム・スロワーとか仕込もうかな……」

 俺は吸い終わったタバコを、足元に置いてあった吸い殻で一杯のコーヒーの空き缶にねじ込み、通りの方に歩き出した。

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