大きな声で
雨世界
1 ……せーの。(小さな声で)
大きな声で
登場人物
朝丘千鳥 大きな声で、歌を歌う。それが今の僕の目標だ。
畑野葱 歌を歌うのって、すごく楽しいよね! いつもわくわくする!
橋田鳩子 なによ。私が歌を歌ったら、だめなの?
孤独なからす どうしよう? 僕はどうしたらいいんだろう? (きっとさ、歌えばいいんだよ。大きな声で。全力でね。君の歌いたい歌を歌えばいいんだよ)
荻野町子 イメージするんです。想像力を使ってね。世界をイメージするんです。みんなの明るい希望に満ちた世界のイメージを。
プロローグ
……せーの。(小さな声で)
本編
ねえ、友達になろうよ。
たわいのない話をして、僕たちは笑い合う。本当に、ただ楽しかった。……本当に幸せだった。
孤独な月の音楽室
音楽室の中に、いつも一人ぼっちの男の子がいる。
独唱
朝丘千鳥
がらっという音がして、いつもは絶対にこの時間には開かないはずの音楽室のドアが開いた。それは朝丘千鳥に起こった信じられないくらい幸福な奇跡の始まりを告げる合図の音だった。
千鳥がずっとうつむいていた顔をあげて開いたドアのところを見ると、そこには一人の男の子が立っていた。
その男の子は最近、この空町小学校に転校してきた千鳥と同じ六年一組の教室の男の子で、名前を畑野葱と言った。
葱は千鳥を見ると、一瞬目を大きくして驚いたあとで、すぐに笑顔になって音楽室の小さな段差のところに座り込んでいた千鳥のところにまでゆっくりと歩いてやってきた。
「千鳥くん。こんなところでなにしているの?」と葱は言った。
「ううん。……別になにもしてないよ」とにっこりと笑って千鳥は言う。
千鳥は嘘を言った。
本当は千鳥は放課後の音楽室で歌の練習をしていたのだった。
みんなで歌を歌う『空の合唱祭の日』まで、うまく歌を歌えない千鳥は音楽の荻野町子先生と一緒に、歌の練習をすることにしたのだった。(それは、僕、うまく歌を歌えないんです。という相談に普段から千鳥と仲の良かった荻野先生が歌の練習をしましょうと提案をしてくれたことから、始まったことだった)
「じゃあ僕がここにいてもいい?」と葱は言った。
「うん。もちろん。いいよ」とにっこりと笑って千鳥は言った。
それから二人で少し話をしたあとに葱は千鳥に「ねえ、僕たち友達にならない?」と言った。
千鳥は、その言葉を聞いてとても驚いてから「うん。……友達になる」と、とても嬉しそうな顔で葱に言った。
ちょうど、職員室で用事を終えて音楽室に戻ってきた荻野先生はドアを開けようとして、その手を止めた。なぜなら音楽室のドアのガラス越しに、仲良くとても楽しそうに話をしている千鳥と葱の姿を見たからだった。
「おやおや、まあ」そう言って、荻野先生は本当に嬉しそうな顔をしてにっこりと笑った。
荻野先生はそれから二人が小学校から下校しなければならないぎりぎりの時間まで、あと少しの時間、音楽室のドアの前で待つことにした。(それは、とても幸せな時間だった)
荻野先生が通路の窓から外を見ると、そこには真っ青な夏の空が広がっていた。その青色の空の中には白い小さな月が浮かんでいた。
思わずそんな小さな月を見て荻野先生はにっこりとまた一人でくすくすと笑った。
大きな声で 雨世界 @amesekai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大きな声での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます