第3話—―平和(ミール)の木
戦争—―それは、互いの正義と正義のぶつかり合い。お互い、大義名分を立てて行われる勢力の衝突。
村々の小さないざこざから、大規模なものでは国と国の衝突。
大規模なものとなればなるほど被害は甚大なものとなり、影響されるものもまた比例して大きくなる。
――そう、戦争は一部の者たちの意向で沢山の者たちが被害を被る。
この施設で暮らす子供たちもまた被害を受ける者たちの一部だ。
戦争で親を失い、引き取り手がいないがために他に選択肢を余儀なくして暮らす子。
また、戦争が長く続いているこの国には余裕がなく、例え親族の者がいたとしても養うことができないがためにこのような施設に預ける人がほとんどであった。
そのため、身内がいない子供が多いこの施設を訪ねる者はほとんどいない。
だがある日。起床時刻を過ぎて着替えや朝の掃除を行う時間に珍しく来客があった。
しかし、来客と言うには語弊があるかもしれない。正式に迎えられたわけではなく、誰の視界にも入らないまま施設内に入ってきたのだから。
その者は全身黒づくめで、背丈はこの施設で暮らす子供たちと同じくらい。誰もが可愛らしい女の子と思うような美麗を備えているが、彼は男の子であった。
少年はなぜこの孤児院を訪ねたか、それは至極単純なことであった。
「おはよう、ミールくん。当然だけどキミは三日後に死を迎える。この事実はどうあがいても変えることはできない」
そう、彼は死神であり三日後に死を迎えるものの前に現れ死の宣告をする。それが彼、死神の仕事だ。
死神は死を迎える当人しか目にすることができず、そのため誰にも見られることなく施設内に入ることができたのだ。
「えっ、今ボクの名前呼んだ? もしかして、新しく入ってきた子? ボクと友だちになってくれるの?」
「ちょ、ちょっと待って。ミールくん私の話聞いてたかい。キミは三日後に死ぬんだよ。リアクション違くないかな」
返ってきた疑問符ばかりの言葉にその死神が珍しくたじろぐ。
ミールと呼ばれた少年、死神よりも頭二つ分くらい小さい男の子。ミールの死の宣告に対する反応は死神を愕然とさせるのに十分であった。
「うんっ! 聞いてたよ。ボクは三日後に死ぬんだよね。でもうれしいなぁ。友だちになってくれるなんて。キミの名前は?」
「話を聞いてはいるみたいだけど、これはすんなり受け入れたと受け取っていいのかな。それと、まだ了承してないのに友達になることになってる。まあいいんだけどさ。それで私の名前かい。私個人を指す呼称はなくてね、総称して死神と呼ばれてるよ」
「名前ないんだね。かわいそう……。それならボクがつけてあげるよ! う~んとね、ええーと、あっ、そういえばボクの名前、平和を意味する言葉なんだよ。いい名前でしょ。パパとママがつけてくれたんだよ。今はもういないけどさ」
「それは確かにいい名前だね」
死神の名前を決めるために考えていたかと思えば、ころっと自分の名前の紹介に変わっていた。子供だし、話しているうちに話題が変わることはしょうがないことだろう。
それに死神はまったく気にしていなかった。例え何かしらの呼び名をつけられたとしても三日間の間ミールだけに呼ばれるだけで、そのミールが死んでしまえば呼ぶ者はいなくなり何も残らないのだから。
「ところでミールくん。キミのお母さんとお父さんはどうして死んじゃったんだい」
「戦争だよ。この国ではよくあることだよ。ここの施設の子たちのほとんどがボクみたいに戦争でパパやママをなくしてるんだ。だからボクは戦争が大っ嫌い。……なんてみんなの前で言ったら叩かれるんだけどね」
ミールは言って笑った。しかし、内容としてはけして笑って済ませられるほど軽い話ではなかった。
この国は戦争にて収益を得ている。簡潔に説明すると、戦争をするには兵士となる人手が必要になる。そこで力を持て余した男たちが職にありつけるようになる。そして武器も必要になる。需要が生まれることで武器を作る会社が増え、そこで働く人手もまた多く必要となる。そのため戦地に出向くことができない女子供が職にありつける――そういった形でこの国はまわっているのだ。
そのためこの国は戦争をやめることができない。
だから国は子供の時から戦争の必要性を教え、戦争は正しいものだと教え込む。子供のうちは疑うことをしないため、教えられたことを素直に受け取る。大人たちもかつて子供の頃に戦争は正しいと教え込まれているので反対する者はいなくなる。
こうして国の思い通りに国民は動くよう仕向けているのだ。一言で表すと〝洗脳〟。
戦争をすること、それは国のために正しいことでそれが国のための最善の方法だと国民は皆そう思っているのだ。
当然戦争は正しいというようにこの施設でも教えられていた。しかし、ミールはその洗脳にかかっていなかった。
戦争によって両親を失い、心から戦争を憎んでいた。戦争が終わることを誰よりも願っていた。
だが、戦争が正当化されているこの国の者たちにはミールの気持ちは当然受け入れてはもらえず、それどころかあり得ないことを思っていると同じ境遇にあった者たちからさえ避けられていた。ひどい時では罵声や叩く蹴るなどの嫌がらせを受けた。
その日々の中で現れたのが、黒づくめの少年だ。自分の名前を呼び、話しかけてきてくれた。
それが堪らなくうれしくて、今もミールは興奮冷めやらぬ様子で着替えを行っていた。
「はい、着替え終わった! 次はお布団を畳んでっと……」
今ミールと死神がいるのは施設内の小さな部屋だ。この部屋はミールの一人部屋である。
他の子供たちは八人ほどの相部屋で、各自ベッドの上で寝ている。
なぜミールだけ一人部屋なのかというと、それは先ほど言ったように避けられているため隔離されているのだ。
要するに、施設で働く大人たちからもよく思われていいないのだ。
ほこりがあちこちに溜まっており、窓はあるものの光がほとんど差し込まない位置にあるため薄暗く物置のような部屋。
その部屋の中はとても殺風景で、ミールが寝ている布団の傍につぎはぎのクマの人形が一つ利口に座っているだけであった。
死神がその人形に目を向けていると、死神の視線に気づいたミールが人形の説明をした。
「この子はボクの友だちのスペラーレ。スペラって呼んであげて」
どうやらミールの友だちらしい。
「おはよう、スぺラくん。三日間の間だけど、よろしく頼むよ」
死神は素直に人形に向かって挨拶をした。当然、返事は帰ってこない。
「この子恥ずかしがり屋でお話するのニガテなんだ。だから無視してるわけじゃないから、怒らないであげてね」
「ああ、もちろん。恥ずかしくて喋れないのなら仕方ないさ」
「ありがと。そろそろ朝食の時間だから食堂に行かきゃ。スペラは今日も留守番よろしくね。え〜と、死神くんは一緒に来る?」
「もちろんさ。死を遂げるまで見守るのがボクの仕事だからね」
「それじゃあボクについてきて! 食堂はこっちだよ」
そう言ってミールは元気よく部屋を出ていく。その走るミールの後ろを黒ずくめの少年はゆっくりと歩いて着いていった。
ミールの部屋があったのが本棟とは別の今は物置と化している施設の最上階である三階。食堂は渡り廊下を渡った本棟の二階の中央に位置していた。
食堂の入り口に入ってまず目につくのが一列に並ぶ子供たちと、その子供たちに対面するように並ぶ白衣を着た子どもたちだった。
そして左手には十人座れる長机が四つ置いてあり、等間隔で椅子が並べられている。
食事は配給制。食事を配っているのはみんな施設の子どもたちで、この食事を分ける当番は月ごとで交代している。
まず入り口から入ってすぐ右手に食器が並べられているのでそれを各自手に取り、食事当番の前に行き先ほど持ってきた器によそってもらう。そして隣の次の料理をまたよそってもらう。
こうしてすべての料理を受け取ったものから席に着き、全員が揃うのを待つ。
――どこかの国でも似たような光景があったな、と死神は思った。
一列になった食事をよそう当番の前にはすでに先に来ていた子供たちが並んでおり、食器を取ってからミールもその列の後ろについた。
やがて、ミールの番が来てスープを担当している食事当番に自分の持っている器を「お願いします」と礼儀良く差し出す。
しかし返ってきた当番の子の言葉はとても冷たいものであった。
「チッ、変人ミールかよ。お前は身体が小さいからこのくらいで十分だろ」
悪態をつきながらスープをよそい、返された器には他の子どもたちに比べ半分近く少ない量しか入っていなかった。
だがミールはその当番の態度に対し文句ひとつ言うことなく、「ありがとう」とまたも礼儀正しく渡された器をおとなしく受け取った。
次もまたその次も最初のやり取りのように、礼儀良くお願いするミールに対し食事当番たちは心ない言葉を少年に浴びせなにかと理由をつけては配る量を減らした。
極めつけは最後のパンを受け取るときであった。
そのパンの当番はミールが前に来るなりミールに渡すパンを手で強く握り潰し、渡す際にはわざとらしく落とす始末。
しかもそのパンを謝罪の言葉一つもなく、何事もなかったかのように平然とした顔でミールの皿の上に乗せたのだ。
それでもミールは何も言わず、すべての品が揃ったので自分の席に座ろうと机の方に歩みを進めた。
ミールが何も言わないのをいいことに、去り際にぼそりとそのパンを担当している当番の子はミールに鋭くとがった言葉のナイフを投げつけた。
「なんでお前は生きてんだよ。反戦争主義の親と一緒に死ねばよかったのに」
「…………」
ついに親のことまで言われたのにもかかわらず、やはりミールは何も言わなかった。
トレーを机に置き、ミールは自分の席に腰を下ろした。
ミールが運んできたトレーの上の食事は結局すべての当番から量を減らされ、他の子よりもだいぶ少ない量になっていた。
「ミールくん。なぜキミはここまでひどいことをされても何一つ言い返さないんだい」
一部始終を見ていた死神は気になって訪ねてみる。
「ボクだって気にしてないわけじゃないよ。でも、言い返したところでボクの気持ちが収まるわけじゃないし、むしろ相手も嫌な気持ちになるだけだし。言い争ったところでいいことなんて何一つないから……戦争と同じように……」
「そっか。ミールくんは大人だね」
「ううん。ボクなんかまだ子どもだよ。こうやって施設に頼らなきゃ生きていけないんだもん」
「ふ~ん。私はそうゆうところが大人だって言ったんだけどな」
そう独り言ちた後、ミールが食べ終わるのを死神は静かに待った。
朝食を食べ終え、ミールは部屋へと戻ってきた。
「あ~、今日もおいしかったなぁ。留守番ごくろうさま、スぺラ」
部屋に入るなり、床に敷いてある布団の傍らにちょこんと座るクマを象って作られた人形にねぎらいの言葉をかける。
「元気にしてたかい、スぺラくん。一人で寂しかったろう」
ミールに倣い死神もスぺラに話しかける。
当然、二人の言葉に対するスぺㇻからの返事はない。
「そういえばミールくん。この三日間の間に、人生で最後にやりたいこととかはあるのかい」
「う~ん、考えたこともないや。ボクは今こうやって友だちとお話しできてること自体が夢みたいで。死神くんとスぺラ、二人の友だちが最後の日まで傍にいてくれれば何もいらないかな」
「それでキミは後悔しないかい」
「うん」
ミールは元気よく頭を縦に振り、笑顔で答えて見せた。
そして笑顔のままこう続けた。
「それに死ぬことは怖くないんだ。パパとママに会えるんだから」
「……そっか」
死神はそう答えることしかできなかった。
――ミールは今まで出会ったことのない変わった少年だ。死ぬことを恐れておらず、思想が違うだけで周りから迫害されていても動じない。
見た目通りの子どもには見えなかった。
きっと想像に堪えない苦労をしてきたのだろう。簡単なことで揺れ動くような精神では耐えられないような過去があるのだ。そのため自然、肝が据わっているのだろう。
そう死神は思った。
普段の死神なら死の該当者のことなど深く考えることなどない。なぜなら三日間だけの付き合いなのだから。
それなのに、今回は珍しく頭の中でミールのことを考えてしまっていた。
もっともそのことに死神本人は気づいていないのだが。
「そろそろ学習の時間だから着替えて学習室にいかないと」
この施設では時間割が決まっており、それは日によって少しだけ変化があるのだが大きく変わることはない。
今日は朝食を食べ終え、三十分後には学習の時間になる。学習室という部屋で、同じくらいの年頃の子たちが集まり決められた時間勉学に励む。
「今日は言語、道徳、政治……それと歴史だったかな。これでよしっと」
ボロボロの学習机の上に並べられた学習本を選んでカバンに詰めていく。
すでに朝の段階で寝間着から制服に着替え終えているので、あとはカバンを背負って学習室に向かうだけだ。
「スぺラは今回も留守番頼むよ。……毎回留守番ばかりさせてごめんね。でも、スぺラを連れて行くとまたみんなにからかわれることになるだろうから。スぺラもそれは嫌だよね。だから、帰ってきたら遊ぼうね」
「少しの辛抱だよ、スぺラくん」
ミールと死神はスぺラに別れを告げ、部屋を後にした。
学習室は本棟の一階に位置しており、年が近い子たちで集めら部屋がわかれている。
部屋は五つにわかれており、ミールはそのうちの真ん中のクラスだ。
学習はこれから大人になるにつれ、必要となる知識、教養を培うのが目的で行われている。
……しかし、それはあくまで表向きの話。
本当の目的は国のための従順な国民を作ること。子どもたちは知らず知らずのうちに洗脳され、国の思うように動かされているのだ。
そのことに気づいている子どもは誰一人としていないだろう。
現に戦争に反対するミールを迫害し、避けていることが何よりの証拠であった。
その学習の時間は見るに堪えないものであった。
学習の時間の合間の休憩になる度に誰かしらがミールに冷たい言葉を投げつける。
それだけではない。部屋中に響く大きな声でミールを罵るもの。それに便乗した他の者たちまでもが口々にミールのことを悪く言った。
そのミールにとって残酷で苦痛の時間は次の学習の時間の始まりを告げる鐘が鳴るまで続いた。
学習の時間が始まり地獄の時間は終わったかと思いきや、講師からの執拗なまでの質問攻め。
内容は大抵戦争に関連されたものであった。
ミールの回答はいつも揺らぐことのない持論だ。それに対し講師は頭ごなしに否定した。
クラスメイトもミールが発言することにはブーイングや罵声を浴びせた。そのように室内がざわめきだしても講師は止めようとはせず黙認。
絶え間なくミールは苦しめられていた。学習の時間も、間の休み時間さえも休む間もなく……。
それでもミールはけして泣き出したり逃げ出したりすることはしなかった。少年の瞳はいつでも強い信念の光に満ちていた。
すべての科目が終わり、ミールは自室へと戻ってくる。
次は晩御飯の時間だ。その時間まで、わずか十分。
ほとんどの者は講習が終わるとその足で食堂へと向かう。だがミールはわざわざ食堂のある二階を通り越し、渡り廊下を渡ってわざわざ別棟の三階の自室に戻ってくるのだ。
その理由は、スぺラに会うため。部屋に置き去りしてたままの友を心配しての行動であった。
「寂しかっただろう。ごめんよ、一人にして。晩御飯を食べたらまた戻ってくるから、待っててね」
「ミールくんは友だち思いなんだね。スぺラくん、キミは本当にいい友だちに恵まれてるよ」
嫌味のない素直に思ったことを告げた死神。
その言葉にミールは首を横に振って、こう答えた。
「大切な友だちなんだから当然のことだよ。それに、素敵な友だちに恵まれてるのはボクもだよ。無口だけどもボクの話をいつも聞いてくれるスぺラ。仕事だから当たり前みたいな顔してるけど、本当はボクのことを心配してくれてる死神くん。二人ともとっても大事な友だちだよ」
ミールは満面の笑みを二人に向けた。
曇りのない晴れ晴れしい笑顔。その顔から偽りがないことは一目瞭然であった。
それを向けられているスぺラと死神はそれぞれの反応を見せる。
恥ずかしがり屋ということもあり、無言を貫くクマの人形のスぺラ。
そんなことはないよ、とプイっと顔を背けてあくまでも仕事スタイルを崩さない死神。死神に仕事をしているときと休んでいるときに違いがあるのかさえ分からないのだが。
そもそも根本的に死神に休みとはあるのかさえ謎である。
――話が脱線してしまったが、要するに二人は照れているのだろう。
言われ慣れていない言葉に対して反応に困ってしまい、ついそっけない態度をとってしまっているのだ。
「そんなことよりも、のんびりしてると晩御飯の時間に間に合わなくなるんじゃないのかい」
「あっ⁉ いっけない、急がないとッ」
死神に言われるまで完全に晩御飯のことを忘れていたのだろう。
慌てて部屋から飛び出していき、食堂に駆け足で向かった。
晩御飯の時間も昼食の時間の時もそうであったのだが、朝食の時のように醜悪な嫌がらせを受けるミール。それでもやはりミールは動じなかった。
晩御飯を食べ終え、大浴場にて決められた集団ごとに風呂を浴び自室に戻ってきて、次は就寝の支度に入る。
夜の十時には消灯の時間だ。
――こうして色々なことがあった一日もいつの間にか過ぎていて、目を瞑り意識が深く暗い底へと落ちていくのと共に終わりを告げるのであった。
今日は国の祝日ということもあり、学習時間がなくほとんどの時間が自由時間となっている。
目を覚まし着替え終えた時にはすでにミールのテンションは最高潮にあった。
どこで何をして遊ぼうかワクワクしながら思案するミール。そのミールの嬉しそうな顔を死神は温かい目で見守っていた。
十分ほど考え抜いた末に辿り着いた答えは、思い付いたことを片っ端から遊びつくすというものであった。
最初は部屋の中でカードゲームや盤面を使ったボードゲーム。昼からは外に出てボール遊びや追いかけっこをした。
――楽しい時はあっという間に終わってしまうものだ。いつの間にか日は落ち、お互いの顔がぼやけて見づらくなっていた。
「そろそろ部屋に帰ろうか」
「うん、そうだね。あ~、それにしても今日はいっぱいあそんだなぁ。ここまでだれかと一緒に遊んだのは初めてだよ。とーっても楽しかった」
――よっぽど遊び疲れたのだろう。晩御飯を食堂で食べて部屋に着くと同時に布団に寝転んだと思いきやすぐに寝息を立て始めた。
少年の寝顔はいい夢でも見ているのかとても幸せそうであった。つられて、死神も微笑みを浮かべる。
肩が露出していたので、毛布を掛け直しながら死神はぽつりとつぶやいた。
「まったく、着替えもせずに寝てしまったよ。本当にしょうがない子だ。……おやすみ、また明日ミールくん」
寝ているためその死神のそのつぶやきは聞こえていないはずなのだが、ミールの幸せそうな寝顔がいっそ深まったように見えた。
次の日の朝。
いつも通りの時刻に目を覚まし、支度を終える。
今日は普通の日程のため、昨日ほどの調子の良さはなかった。
「あーあ、まだ遊び足りないのにな〜」
不満を口にしながらも朝食を食べに食堂に向かう足を止めることはない。
「それじゃあ今日は学習の時間休んだらどう? たまには休んだって誰も文句は言わないんじゃないかな」
死神が後ろから悪魔の囁きをつぶやく。
「ダメだよ。そんなことしたら怒られちゃう」
「本当にミールくんはマジメだよねぇ。明日には死んじゃうっていうのに。最後くらい羽目を外してもいいんじゃない?」
「なんと言ってもボクはズル休みはしないよ。なによりみんなが勉強してる時に自分だけ遊んでても楽しめるわけないし」
「はあ〜、これは筋金入りだね。テコでも動かなそうだよ」
やれやれと死神は肩を落として首を横に振った。
「でも、それがミールくんらしくていい所なのかな」
今度はうんうんと首を縦に振り一人勝手に話を完結させて納得している死神。
忙しいことこの上ない。
ふふふ、と死神のその様子を愉快そうに笑うミール。
――今日もいい一日になりそうだ。そんな予感を抱きながら死の宣告から数えて3日目となる今日は幕を開けた。
しかし、ミールの抱いた予感とは大きく異なり、今日は幾度となくサイレンに見舞われ学習の時間が何度も中断されることとなった。新しく開発された飛行機と呼ばれる敵国の兵器が空を飛行していたためである。
本来は人や物を遠くの地まで運ぶのを目的として作られた飛行機なのだが、それが物資ではなく爆薬を積み戦争に利用されているのだ。
その飛行機が轟音を立て上空を飛行する度に警戒のサイレンが鳴り、食事の時間であれ学習の時間であれすぐさま地下に掘られた地下壕へと避難した。
地下壕に入ってから一時間近くはその中で待機を余儀なくされた。やっと出られたと思ったら再度サイレンが鳴り響きまた地下壕へ行く始末。
それが今日だけで五回も繰り返された。
だから地下壕の中では皆、近いうちに爆弾が落とされる、爆弾を落とす位置を決めるために偵察に来てる、などといった話題の話ばかりしていた。
その一方でミールはというと、死神と全く関係のない話をしていた。
「そういえば前に約束したでしょ。死神くんの名前をボクが決めてあげるって話。昨日遊んでた時に思い付いた君にぴったりな名前があるんだよ」
「へぇ、私はてっきり忘れていたかと思ったよ。まさか覚えてたとはね」
「もう、失礼しちゃうな。忘れてるわけないでしょ。あの時は頑張って考えたけど思い付かなかったから、後回しにしちゃっただけだよ」
「本当かなぁー」
死神が疑うようにミールの目をのぞき込むと、耐えられないとばかりに目を逸らし口をすぼめる。それから、ごにょごにょと口をすぼめたまま口にした。
「本当は忘れてたけど昨日思い出して頑張って考えたのは本当だもん」
少年の言葉に死神は、はははと笑った。
「ごめんよ。からかっただけさ、悪気はないから許しておくれ」
「も~う、ほんとにイジワルなんだから。それで、聞きたいの聞きたくないのどっちなの?」
「もちろん。聞かせほしいな」
「へへぇ、素直でよろしい~。こほんっ、それでは発表します。死神くんの名前は、〝リヴ〟。生きるって意味なんだけど、死神なのに生きるって名前おかしいと思うでしょ?」
「そうだね。おかしいよ」
「うんうん。そう思うのは正解です。でも、死神くんって死ぬ三日前の人の前に現れてその人に死ぬことを伝えるでしょ。そうすると、誰だってその三日間どうやって生きようかとか、生きてる間にやりたいこととか考えるよね。いつもは何も考えずにいた生きるってことに本気で向き合うようになると思うんだ。死神くんのおかげでそういう気持ちになれるんだよ。だからね、〝生きる〟って意味の〝リヴ〟」
「…………」
死神は唖然としてしまって返事を返せずにいた。
返答のないことが不安になり、ミールは恐る恐る尋ねる。
「もしかして、気に入らなかった」
「ううん、そうじゃないよ」
即答であった。
ならなぜ、すぐに返事ができなかったのか。
それはとても簡単なことだ。
「ミールくん、キミは本当に年相応の子どもなのかい。とても驚いたよ。同時にとっても嬉しい。不思議な気分だ。遠い昔にも似た感覚を味わったことがある気がするけど思い出せない。ううん、今はそんなことどうだっていい。気に入ったよ。ありがとう」
その返事を聞いた途端、不安げな顔から打って変わり少年の顔にぱあっと笑顔が咲いた。
「にひっ、どういたしまして。気に入ってくれたならなによりだよ、リヴくん。あとね、お願いが一つだけあるんだけど聞いてくれる?」
「もちろん、言ってごらん」
「ボクは明日には死んじゃうでしょ。そうなるとスぺラがひとりぼっちになっちゃう。それはかわいそうだから、ボクが死んじゃったあと一緒にいてあげてくれないかな」
「それはもちろん、いいとも。だって、私はスぺラくんとも友だちなんだから」
「そっか、そうだよね。本当にありがとうリヴくん。……ちょっと早いかもだけど、この三日間とっても楽しかった。ボクと、あとスぺラとも友だちになってくれてありがとう」
「こちらこそ、死神の私がこう言うのはよくないことだと思うけど楽しかったし、友だちとして迎い入れてくれて嬉しかった。ほら、死を伝えるために人の前に現れるから何かと嫌がられるから。慣れてたし、今までは何も感じなかったけど、ミールくんとこの三日間過ごして温もりを知ることができたよ」
お互いに感謝の気持ちを伝えあう二人。
今日のほとんどの日程が敵国の飛行機が上空を飛行していたことで潰されてしまったが、こうして死神否、リヴと話せたことにあながち今日の始まりの朝に感じた予感は間違っていなかったなと思うミールであった。
――次の日の朝。
施設があった場所は豹変し、灰の山と化していた。
確かに昨日には三階建ての建物と、渡り廊下で繋がったもう一つ古い別館の建物があった。
しかし今はその残骸と思われる焦げた木材がほとんど灰となり山積みになっているだけ。
一晩のうちに何があったのか。
それはたった一つの出来事だった。
昨日施設の子どもたちが話していた、飛行機が爆弾を落とす場所を決めるために偵察に来ていたというのは当たっており、上空からでも目立つ三階建ての建物が標的となり日付が今日へと変わった頃に二つの爆弾がそれぞれの建物に落とされたのだ。
施設で暮らす子供たち、大人たちも就寝している時間であり逃げる暇もなく爆弾の餌食となった。
それは幸か不幸か寝ている間の一瞬の出来事。誰も気づかぬうちに施設諸共灰となり死んでいったのだ。
その灰の山の前に黒一色に身を包んだ一人の少年と、少年の片腕に抱かれたクマの人形が佇んでいた。
やがて少年は歩を進め、別館が建っていた方の灰の山の中へと足を進める。
中央までいき、その下の灰をどかして一本の木を植えた。
「この木はキミの養分を吸って必ず大きく育つ。キミはこの木の一部となるんだ。この地でゆっくりおやすみ、ミールくん。キミの想いはきっと叶うだろうから……。行こうか、スぺラくん」
独り言ち、少年は姿を消した。
――それからかなりの時が経った。
あの日、敵国が落とした爆弾の威力は恐るべきものであった。この新兵器でお互いやりあったらひとたまりもない。攻撃を仕掛けた側の敵国ですらその威力に畏怖を覚え、施設を襲った飛行機とその飛行機に積まれた爆弾は戦争の愚かさに気づくきっかけとなった。
そしてその爆弾が落とされた地から生えてきたきた一本の木は、平和の木【ミールの木】と名付けられ国の御神木として国民のみならず、他の国から訪れたものにまで愛されることとなった。
そう、ミールが願っていた戦争の終わりは、自分の死と引き換えに叶っていたのであった。
3日後に死を迎えるものの前に死神が現れ死を宣告するお話 遠浜州 @yayoi03
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