Meseenger BOY

ten10

Meseenger BOY


 メッセンジャーボーイというのは皆は知ってるだろうか。

 どこの学校にもいる女子生徒から自分宛ではないラブレターを受け取り、その女子生徒の代わりに意中の男子生徒に渡すという、なんとも哀れ、いや掛け替えのない役職である。

 当校にも、もちろんメッセンジャーボーイと呼ばれる彼が存在した。校内生活3年間、彼が恋のキューピットを務めたカップルは数知れず。もはや知らぬ者はいないほどの伝説の生徒だった。

 

 今から書き記すのは、彼が真に伝説になった日の記録である。

 

 その日は卒業式だった。

 担任の最後のHRが終わると同時に彼は全速力で走り始めた。最速のメッセンジャーボーイと呼ばれた彼だったが、『廊下を走るな』という掟を破ることはなかった。しかし学校生活最終日、最後の最後で彼は掟を破ったのだ。

 もちろん担任は涙混じりで追いかけた。卒業式の悲しみと訳の分からない行動に対する怒りで担任の顔はめちゃくちゃになっていたことは一応書いておこう。面白かったから。

 担任はついぞ追いつくことなく、正門で彼の背中を見送った。最後になにかしら言葉をかけたかったと、のちに担任は言っていた。

 

 正門を超えた彼が走るのは通学路。私たちが毎日通った馴染みの通学路。

 この通学路、実は駅から遠く、電車通学の人にはバスは必須であった。

 走ってくるメッセンジャーボーイを見て、バスの運転手は少しだけ出発時間を遅らせた。だが運転手の機転に反して、彼はバス停を全力疾走のままスルーした。

 どういうことなんだろうと困惑する運転手。とりあえず発車するが、バスに負けじとメッセンジャーボーイは並走していた。

 彼が向かう方向は確かに駅。駅ならバスを利用すればいいのに、何故か彼は自分の足で走っていた。困惑に困惑を重ねた運転手はアナウンスを噛みまくってしまった。車内からは失笑が漏れた。

 そしてバスはとうとう次のバス停で彼に追い抜かされた。

 

 メッセンジャーボーイの噂は校内だけに留まらない。知り合いに当校の生徒がいるのなら、一度は彼の話を聞いたことがあるだろう。それほどまでに彼は稀有で、面白くて、不思議な人物だったのだから。

 コンビニバイト君もメッセンジャーボーイの存在は知っていた。バイト君は当校のOBだけならず、帰り道で買い食いする生徒たちとよく話していたからだ。

 昼のバイトが終わり、コンビニから出るとメッセンジャーボーイが走っていた。

 最初は面白半分。彼についていけば、告白シーン、あるいは修羅場などの面白い場面に出くわせると思ったからだ。まあ面白半分と書いたが、残りの半分はゲスの勘繰りなのは分かってもらえたはず。

 しかし彼は早い。バイト君もなかなかに足を鍛えていたが、彼についていくので精一杯。ぜいぜいと息を切らし、どこに行くんだと最後に聞くのがバイト君の全力を出した結果だった。

 メッセンジャーボーイは初めてこの時、『秘密』とだけ答えてくれた。

 

 こうなるともう校内でメッセンジャーボーイの噂は目まぐるしく駆け巡る。彼の足の速度も、彼の噂の伝搬速度には劣るだろう。

 彼は卒業式の日に何を伝える。

 男も女も、卒業生も在校生も、先生も用務員も、その予想を話すことで盛り上がった。

 当然最初に上がるのは、告白メッセージを届けてる説。この学校生活で彼が最も一番多く届けたのは恋愛に関することだろう。

 しかし卒業生は皆、まだ校内にいる。卒業生宛ではない可能性もあるが、それならわざわざ卒業式の日を選んで彼にメッセージを託すのも分からない。説は却下されつつあった。

 メッセンジャーボーイは恋愛事以外のメッセージを運ぶこともあった。だから教師たちがサプライズで彼に何かのメッセージを託したのかもしれない。そう考えたのだが、教師たちは訳の分からない顔をしており、誰一人として彼の行動の真意を知らなかった。この説も却下された。

 

 偏差値の高いところへ進学した秀才生徒も、退学寸前だった力自慢の不良生徒も、告白メッセージを何度も届けられた美人生徒も、ゲームであれば背景同然である私のようなモブ生徒も、白熱して彼の行動の真意を語り合った。

 こう言うと不思議に思われるかもしれないが、この瞬間こそが学校生活で一番楽しかった気がする。三年間の思い出はたくさんあるはずなのに。

 

 そしてメッセンジャーボーイは走り続けた。街を抜け、山を登り始めた。

 恐らくは山の頂上にメッセージを待つ相手がいる。学校のみんなの予想はそれで決まった。

 だが、もうすぐ訪れるであろう結果に心躍らせるものの、彼の続報はなかった。

 山を登り始めたところで目撃情報は途絶えたからだ。考えてみれば山にはあまり人がいないのだから当たり前なのだが。

 

 結論から言うと、彼の疾走の終わりは、なんとも呆気なく唐突に訪れた。

 メッセージアプリに送られた一枚の写真。夕陽と共に映るメッセンジャーボーイと少年だか少女だか分からない誰か。多分、この人物がメッセージを届ける相手だったのだ。

 

 私たちには肩透かしな結果だったが、真に驚くべき事態は翌日に起こった。

 メッセンジャーボーイが失踪したのである。

 家に帰らず、街の誰もが、有名な彼を見ていない。最後の情報はあの夕陽の写真だけだ。

 彼は未だメッセージを持ったまま走り続けている。そう、誰かが言ったことを私は覚えている。

 

 彼はあの日、本当に伝説になったのだ。

 

 私たちは卒業後も集まるたびに、彼の行動の真意について話している。

 告白説を捨てない人やまだメッセージを持ってるという人、あるいは走ること自体が私たちへのメッセージだったんじゃないかと言う人も。

 

 私はどれでもあって、どれでもない気がした。

 きっと真相は、彼とあの写真に映っていた人物だけが知っている。それで十分なのだ。

 

 誰かの青春を彩る為に走った三年間。

 でもあの日だけは、彼が青春の中心だったのは間違いないのだから。

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