しあわせの連鎖

鍵谷 理文

しあわせの連鎖

 今いる我々の世界では多くの人が幸せであるべきである、という憲法が新たに

出来ました。その世界の人々は最初は気にも止めませんでしたが、一人の活動家が

動画サイトに上げた動画が話題になりました。その内容は次のようなものです。

 

とあるコーヒーショップで、ケーキを買ってもらえなくて泣いている少女に、

その活動家が自分の食べているケーキをあげ、さっきまで泣いていた少女がとびきりの笑顔になる。


 この動画は瞬く間に話題となり、一夜で活動家は有名になりました。そして、「ケーキプレゼントチャレンジ」という名の、活動家と同じように泣いてる子供やホームレスにケーキをプレゼントする動画が流行しました。

 

もちろんその動画も大変な話題を呼び、ケーキプレゼントチャレンジはより

エスカレートしていきます。ある人はケーキではなくおもちゃをプレゼントしたり、またある人は転んで怪我をしたお年寄りを助けてあげたり、どんどん人々のケーキ

プレゼントチャレンジの規模は大きくなっていきます。それもそのはずです。他人を幸せにし、さらに自分の承認欲求まで満たせるのですから。


 ある日の動画で、近所に住む家族にハワイ旅行をプレゼントし、その反応をみて

喜ぶ、といった動画を活動家が上げました。動画を見た人々は、より周りの人々を

幸福にしなければならない、と思うまでにいきました。


 そうすると今度は向かいの家に高級外車をプレゼントしたり、借金をしてでも

幼稚園にブランコの寄付を行うものも現れてきました。そうした強者の出現に扇動

され、他所の国へ行き、無償で井戸を掘ったりする者もいれば、直接現金を蒔く者も現れました。


 中には他者への幸せを歌に乗せて送る者も居ましたが、残念ながら見向きも

されませんでした。このチャレンジは、即効性がなによりも大切にされていました。人生という平等で有限な時間の中で、いかに効率よく他者に幸せになってもらうか、この世界を包むのはその思考のみでした。


 そうして世界中が他者への幸せを考え、実行している最中、また活動家が動画を

アップロードします。タイトルは「生命」。世界中の人が待ってましたとばかりに

再生していきます。


 その内容は、重い病気に罹る子供に、彼の腎臓を提供するところから始まります。次に、肺に先天性の病気がある子供に会い、その次のシーンで、彼の肺を片方移植

している光景でした。そうして彼は、病気の人々に合っては、その疾患部位を自らの身体から提供していきます。肺に続いて肝臓の一部、血液、小腸の一部、骨髄、

皮膚、眼球、右足、左手の親指、髪の毛、歯、左腕、もう片方の肺、膵臓、もう片方の眼球、小腸の一部、舌、左足、肝臓。


 彼の最後のシーンは、右腕と穴だらけの頭部を残し、管を身体中から生やした

植物のような姿で映ります。しかし、彼の深い洞窟のような眼窩には、もうすでに

失われたはずの熱いまなざしが感じられます。


 彼は失われた舌を動かし、規則性のある息を吐き出しました。同時にテロップが

表示されます。


「これが私にとって最高のしあわせだよ」


 そして彼が手術室に向かい、顔を白布で覆われた活動家が現れて、動画は終わり

ます。


この動画が火をつけ、世界中の人々が共感し、皆自分の身体を難病の人達に移植し

始めます。健康な人々は心臓までも差し出し、難病の人々は健康になります。

そして、また難病の人々に自身の健康な四肢を分け与えていきます。


そうして、地球は静かになりました。

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しあわせの連鎖 鍵谷 理文 @kagiya17

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