REAL end DREAMER
揣 仁希(低浮上)
RED
俺が高校生だった頃、ようやく世間にポケットベルというものが普及しだしたくらいだった。
専門学校に通う頃に携帯電話が登場した。
あの宇宙電話みたいなバカでかいやつだ。
そして携帯電話はガラケーになりスマホに進化した。
技術の進歩にはいやはや驚かされるばかりだ。
そして今……2020年8月。
世紀末がどうとか言っていた1999年を思い出させるような混乱が僅かばかり落ち着きを見せてきた夏。
春先には賑わいを見せていた商店街も今では開いている店を探す方が難しくなった。
車が行き交っていた高速道路は随分と前から封鎖されたままで、今どうなっているのかはもうニュースでも放送されなくなってしまった。
かくいう俺も家から出なくなって3ヶ月程だろうか。
仕事も俗に言うテレワークになり、食事や何やらも全てネットで手配出来るし……外に出る意義をすっかりと失ってしまった。
そんなある日。
「へえ……VRか……ようやく完成したのか」
VR、バーチャルリアリティ、外に出なくなってしまった人類が新たに生み出した可能性……といえば聞こえはいいが、ただの現実逃避以外の何者でもない。
とは言うもののさしあたりやることもないので俺は早速それを購入し試してみることにした。
「よくここまで作ったもんだよなぁ」
俺は電子系の専門学校に通っていた。
今はもう聞くこともなくなったMS-DOSやCOBOLといったのを学んでいたのは懐かしい過去か。
今、俺の前に広がっているのは現実と全く同じ世界だった。
部屋は正に俺の部屋で階段を降りてリビングを覗いてみても、そのまま瓜二つだ。
玄関を開けて何ヶ月かぶりに外に出てみる。
肌をさすような暑い日差しと煩い蝉のこえ。
隣の家の車、向かいの家の自転車もそのまま俺の記憶にある通りだ。
少し歩いて国道に出てみると普通に車が走っていく。
昔行っていた散髪屋の前のくるくる回るヤツが回っている。
あれ、何て名前だっけ?
公園の隣にあるコンビニに入ってみると、立ち読みをしている若い男、買い物をしている女性、レジには見知った顔のアルバイトの女の子。
缶コーヒーをひとつ取りレジへと持っていく。
以前にあった吊り下げられたビニールはなくなっていて……誰もマスクをしていなかった。
「149円になります」
「あ、これで」
ピッ。
VRの世界にも関わらずスマホの電子マネーは使えるみたいだ。
店の脇でコーヒーを片手に煙草に火をつける。
「何から何までリアル過ぎる……よな」
世間のカレンダーでは今は夏休みの真っ只中。
小さな子供を連れた若い奥さんが道を渡っていく。
あんな子供もVRなんだろうか?
俺はふと云い知れぬ何かを感じた。
このコンビニのアルバイトの子はVRの中の登場人物なのだろうか?
それとも俺が行っていた頃、ここにいた子がVRを使って働いているのだろうか?
コンビニに戻ろうとして俺は足を止めた。
何故かは分からない、だが何かとても怖かったのだ。
それから俺は近くを歩いてみた。
以前によく行っていた喫茶店やパチンコ屋、複合施設のショッピングセンター。
どこもかしこも沢山の人だった。
だが、俺の知っている人、俺を知っている人には誰一人として出会うことはなかった。
日が落ちて俺は部屋に戻ってくる。
いつもと何も変わらない俺の部屋だ。
そう……いつもと変わらない。
…………
1日があっという間に過ぎていく。
朝起きて決まった時間にパソコンの前に座り仕事をする。
昼になればデリバリーを頼んで夕方までまた働く。
夜になれば近くの居酒屋に飲みに出かけ、大将と他愛ない会話をして帰って寝る。
不思議なことに最近はあまり腹も減らないような気がする。
家の中で仕事をしているせいだろうか。
そう言えば、俺はなんパソコンで仕事をしているんだろうか?
前からこうだっただろうか……いや、多分気のせいだろう。
…………
今日は朝からやけに身体が怠い気がしたので、風邪でも引いたかと思い病院に行ってみた。
軽い風邪ですね、と診断され薬を貰って家へと帰る。
食後に飲んで下さい……食後に飲んで下さい……?
俺の中で何かが引っかかった。
何だろう?何か大切なことを忘れているような気がする。
風邪のせいか頭が重く、考えが纏まらない俺は思考を拒否して薬を飲んで早めに眠りについた。
VRsystemRED。
REAL end dreamer。
program No.10085463
対象活動停止しました……
処理に入ります……
…………
処理完了……
真っ暗だ……
あれ?起きて仕事しないと……
……?
◇◇◇◇◇
「御臨終です……」
「……はい」
父の最後にはガラス越しでの対面となった。
痩せ細って沢山のチューブに繋がれ奇妙な機械に乗った父の口元には何故か笑みが浮かんでいた。
RED。
父が作った末期の患者用VRsystem。
現実を捨てて夢へと誘う、苦痛もなく苦しみもない終末期医療機器。
きっと父には分からなかっただろう。
どこからが現実でどこからが夢だったのかも。
「さようなら」
病院を出ると熱い日差しが降り注ぐ。
やけに煩い蝉のこえ。
行き交う多くの車に今日も人で溢れる街。
街頭のテレビでは開催中のオリンピックの結果が流れている。
「父さんが言ってた、オリンピックが延期とか何とかって何だったんだろ?」
RED。
REAL end dreamer。
program No.105786524
start……
REAL end DREAMER 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます