第8話 ハナ
俺は深夜に目覚めた。隣には、センとハナの安らかな寝息が聞こえて、穏やかで静かな夜だった、が。
動けない。
そう、妹たちが俺の両腕を抱いて眠ていた。本来ならば、なんて幸せなことだろうけど、今は違う。なぜなら……。
トイレに行きたい。
センの腕からこっすり抜け出したけど、ハナはアナコンダのように強く抱き締めた。
いたいたいた、馬鹿強いんじゃねーか!
そうだった、ずっとシュレディンガーの妹のために無視したけど、俺の隣にはモンスターがいる。あいつ、誰なのか、何がしたいのか、ちっとも分からない。今更だけど、その馬鹿強い腕力で改めて自覚した。口を押えて我慢したけど、結構痛い。
「お兄ちゃん、行かないで」
起こしたと思ったけど、ハナの方を見ると、悪夢を見ている様子だった。
寝言か。
「俺、どこにも行かないよ」
と、二人ともを起こさないように囁いた。
そうすると、ハナはやっと腕の力を脱いで、落ち着いた。その口元に笑みを浮かべた寝顔を見ると、罪悪感が湧いてきた。
なぜだろう。俺の隣には、確かにモンスターがいるけど、その可愛い寝顔、モンスターには出来るものか? ハナはモンスター、化け物、妖怪、何でもいい。俺の隣に寝ているのはハナだ。それ以上それ以下でもない。
その気づきに鼻で笑った。
しかし、その瞬間、本来の目的を思い出した。
そうだった! トイレ!
ハナからも抜けだして、急いでトイレに走った。
戻て来たら、部屋のドアを開こうとしたその時、声が聞こえた。
「ね、セン、起きている?」
「うん、起きているよ。お兄ちゃんにくっついても、何もしてくれないね」
寝たフリしたか⁈
「セン、私のこと、嫌い?」
少しの間、センは何も言わなかった。
「嫌いじゃないよ」
「本当に?」
「最初は怖かったけど、今はあまり怖くない。もちろん、モンスターだってことは分かるけど、ハナがいたから、異世界に転生しても私たちは寂しくない。本気でそう思えるようになったよ。私にとって、ハナはこの世界の初めての友達だ。そして、私の大切な妹だよ」
「セン! 大好き!」
ハナの声で分かった。あいつは泣いていた。
「泣かないでよ。お姉ちゃんがいるから、泣かないで。よしよし、よしよし」
「お姉ちゃんと呼んでもいい?」
「いいよ」
「ずっと一人であの洞窟に閉じ込まれたけど、あの日、お姉ちゃんの声が聞こえて本当に嬉しかったよ。でも、私はとても醜いから、怖くて、センに変身した。でも、もう隠さない。明日、お兄ちゃんにすべてを話す」
「お兄ちゃんなら、きっと分かるよ。私からもお願いするから、ハナをずっと私たちの妹にいさせてって」
「ありがとう、お姉ちゃん」
その夜、胸が痛くて、ちっとも眠らなかった。
「おはようございます! 今日も早く私のために働いてください!」
夜が明けたら、いつも通りオパールがドアをドンと開けて、訳の分からいことを言った。
「お前のために働いていねーよ! かわいい妹たちのために働いている!」
「まあ、どっちでも金になるし、構いませんけどね。はっはっは! それでは朝ごはんの準備しますから、ごゆっくり」
ごゆっくりって、お前が俺たちを起こしたんじゃねーか⁉ 何がごゆっくりって? 嵐のような女だよね。
「お兄ちゃん、おはよう」
「あ、ハナ、おはよう」
センがよほど疲れたみたいで、まだ眠ていたけど、ハナがすぐに起きた。いや、俺と同じく、眠れなかったかもしれない。
「あ、あの、お兄ちゃん。大事な話があるんだけど……」
その先も言わせずにハナを抱き着いた。
「大丈夫だ。何も言わなくても、分かる」
ハナは驚いて、しばらくの間何もい言わなかった。
「でも、私、モンスターだから、迷惑を掛けるかもしれない」
「それでもいい。もう、一人にはさせないよ」
「私の正体でも受け入れてくれる?」
「うん、どんな姿でも、お前は俺のかわいい妹だ」
涙が溢れても、ハナは純粋な笑顔を浮かべて、俺から離れた。
「本当に怖がらない?」
「本当に」
「じゃ、行くよ」
ハナは布団を出て、不安そうに詠唱を始めた。
『さみさみさみす、正体に戻て』
何だよ、この世界の詠唱は?
「お兄ちゃん、私、怖い?」
俺の目の前に最高にかわいい少女がいた。目も髪も暗くて、頭から角が生えた。その角のせいで醜いと思っただろうけど、俺的にはむしろ完全にタイプだ! ヲタクの夢だろう?
「その角、とても綺麗と思うよ」
良し、約束のエヴェント、決めた!
「もちろん、角が綺麗けど、その他のすべてが醜くって、ずっと洞窟に隠れた!」
え、えええええええぇぇぇぇぇ? そっち⁈
「いや、俺は普通にかわいいと思うけど」
「私が? かわいい?」
「うん、すごく」
「ここにいてもいい?」
「いいに決まてるじゃないか? ハナ、今更だけど、俺の妹になってください」
「お兄ちゃん!」
その瞬間、俺の頭の中に、声が聞こえた。
『特殊スキル、妹の王、発生』
異世界に転生したら、妹が増えた 鈴木すばる @SuzukiSubaru1
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