第40話

「ほら、我侭ばかり言っているから。広場の鐘が鳴ったわ」

「待ってよ、ママ!」

 街の中心に設けられた広場には人々が集まり、一年に一度の祈りがささげられていた。広場の中央、大きな鐘と像がある場所にマントを着た老女がたたずみ、開いた本を読み始める。


 子等よ。

 気高き銀色の狼は漆黒と銀白の翼をまとった神となりて、我らを救った。

 想う気持ちは形となり、奇跡を起こした。

 子等よ。

 我らは誓おう。

 気高き銀白の翼と、深き慈愛の漆黒の翼に。

 同じ過ちを起こさぬ為の誓いの祈りをここにささげよう。


 静かな空間に老女の声が響き終わると、広場の鐘が美しく鳴り響く。

 集まった人々は鐘が鳴り終わるまで瞳を閉じ、胸に手を当て祈った。祈りが終わり、人々が帰った広場の鐘の近くに女の子が一人座っていた。女の子に老女が近寄り聞く。

「どうした? お母さんは?」

「少しお買い物してくるんだって。ここで待ってなさいって」

「そうか。なら、この婆が一緒に待っていてやろう」

 女の子の隣に老女が腰を下ろすと、女の子は自分の目の前にある大きな像を見上げながら老女に話しかけた。

「ねぇ、この大きな像はゼファー様?」

「ホホホ、創造主ゼファー様の事かな?」

「うん、ママに絵本で読んでもらったの。人々はゼファー様によって創造されたって」

「そうか。そうだな、確かにゼファー様は創造主とされているが、あの像は違うのだ」

「じゃぁ、誰?」

「あの方は銀狼。慈愛に満ち、気高きお方。我らを救ったのは銀狼様の想う心だ」

「想う、心?」

「あぁ、よく覚えておいで。人の想いの力は何よりも強い。憎しみの心、悲しみの心、そして愛する心。人の為に何かを想うこと。それはとても強い。人を苦しめるような想いや、自分の欲望の為の想いも強いが良き事ではないし、己のためだけの想いはいずれ自らに暗い影を落とす。己よりも人を大切に想う、その想いは必ず自らにも周りにも幸福をもたらす。そして、人はそれを想い続けることが出来る生き物で、想い続ければきっと報われるのだよ」

「う~ん、よくわかんないよ」

「ホホホホ。そうだな、まだ分からんな……。うん、お嬢ちゃんには大好きな人は居るかな?」

「うんとね……、パパとママ!」

「そうか、では、二人を大切にしてあげなさい。大好きの気持ちを忘れてはいけないよ?」

「うん、分かった! あたし、大好きを忘れない! あ、ママ」

 買い物を終え、自分に手を振りながら近づいてくる母親を見つけた少女はかけていき、振り返って老女に手を振る。老女も手を振り返すと母親が軽く頭を下げて、二人は手を繋いで歩いていった。

 老女はゆっくり立ち上がり、目の前にある像を見上げる。

 クラウドに抱きしめられている白虎の像。

 白虎とクラウドの死後、人々の寄付によって建てられたその像を見ながら老女は呟いた。

「曾お婆様、あれからもう何百年経ったでしょう? 我ら一族は曾お婆様の血のせいか、長生きなのですよ。何度もこの身を怨みましたわ。幾度となく、この目の前から大切な人が居なくなって、一人の寂しさをかみ締めました」

 ネックレスを取り出してロケットを開くとそこには白銀と漆黒の羽毛が対で入っていた。

「でも、それもまた、私が私である証拠。変わり行くこの地を見守るのが私の役目かもしれません。街の様子はすっかり変わり、人々も変わっていくけれど、愚行が終わるときは中々きませんね……。それでも、私は想い続け、この地に住まう人々を愛していくでしょう。貴女がそうしたように。どうか、いつまでも私達を見守り続けてくださいね」

 広場の中央で、二人の像は温かい光を降らせているように見え、老女は微笑みその場を後にした。

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銀色の狼。 御手洗孝 @kohmitarashi

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