第39話
それから数日、ダウンタウンでは崩れた建物の撤去が始まり、復興活動が盛んになる。
白虎の願いにより、ゼファーの力でH.D感染、汚染者は体内からH.Dが消え去って、変異体になった者達も人へと蘇りをはたし、復興活動に参加していた。
しかし、ゼファーはディロードそしてそれらに係わったシティの人間を蘇らせることはしなかった。ディロードの消滅は白虎の願いだったからというのもあったが、そのほかの者達についてはどんな状況であろうとも犯した罪は同等の価値で償わねばならないという理があったからだ。
結果、ディロード達の罪はその命とその存在自体の消去が同等であるとゼファーが審判した。
ディロードが居なくなったことにより、独裁的に取り仕切られていたゲートは、シティ内での反対勢力により壊滅。
ゲートと繋がりのあったシティ政府の上層部もダウンタウンとの融和を図る反対派によって捕らえられ、幽閉される。これにより、シティとダウンタウンは友好協定を結び、その協定の中にはH.Dの完全処分が記載された。
世界があわただしく動いていた時、白虎はまだ眠りについていた。
あの後。
クラウドに抱かれたまま眠った白虎は、人々に取り囲まれ「神様」「天使様」と拝まれてしまい、身動きが取れなくなり、クラウドやナスカ達が困り果てていると、人混みの後ろの方から声が響く。
「皆、彼女には休息が必要だ。ゆっくり眠らせてやってくれないか?」
人々が振り返ると、そこには蘇芳と所長が立っており、ゆっくりと人々の間をぬってクラウドの所までやってきた。
「源武、なのか?」
「半分はな。今は蘇芳と名乗っている」
「所長も生き返ったのね。それじゃ、もしかしてアイリーンも?」
わずかな希望を抱いて蘇芳に聞いたナスカに蘇芳は頭を横に振る。
「残念だがアイリーンは戻らなかった。おそらく、自ら死を選び、死によって自分の罪を清算したと言うことになったのだろうな」
「……そう、そうよね」
「すまない、俺は嘘をつくことはできないから」
「ううん、分かっていたから良いの。アイリーンもその方がきっと良いって言うわ」
少し俯いたナスカの瞳がキラリと光ったが、ナスカは大きく息を吸い込んで瞳に現れた光を飲み込んだ。そんなナスカの様子を横目に所長が蘇芳に言う。
「蘇芳、白虎を」
所長に言われた蘇芳は頷いて白虎の顔を見つめ体を調べはじめ、その間に、所長は集まっている人々に大きな声で喋り始めた。
「皆、彼女は天使やまして神でもない。ただの人だ。だが、その人である彼女の、人を愛おしいと思う気持ちが我らを救ってくれた。救いは人の想いの中にある。その事を身をもって教えてくれたんだ」
人混みからその言葉に感嘆する様な低い歓声が響く。
「今、このダウンタウンの色々な場所で我々の様に救われた者達が居るはずだがこの事実を知るものはここにいる我々だけだ。大切なこの事実を皆に知らせてやろうじゃないか! 人が人を想うその力の凄さを」
「おぉ、そうだ!」
「うん、皆に知らせなきゃね!」
所長の声に人々は同調し、歓喜に満ちたままダウンタウンのさまざまな方向へと散っていった。人々が居なくなるとナスカはクラウドの所へやってきた所長に言う。
「さすが、年の功ね」
「フン、所員の面倒を見ない所長が何処に居る。こういう状況での人混みの中の気分の高揚は少々危険だからな、別の方向にその気分の高揚を向けてやればいい。あんなに崇められていては白虎も休もうにも休めないだろう。それより、白虎はどうだ? 蘇芳」
「体の方は問題無い。だが、意識が体に完全に戻りきるまではまだ時間がかかるだろうな。それまでは眠った状態になるだろう。清風」
「はい、分かっています。その間、生命維持の為の点滴が必要ですね。調合するように言っておきます」
「うむ。白虎は静かな所で寝かせてやらねばならないな。クラウド、白虎のビルで暫く白虎についていてやってくれるか?」
「言われなくてもそうするよ。目が覚めた時、真っ先に俺を見て欲しいからな」
「全く、言うわね~色男は。じゃ、所長。クラウドと白虎は暫く長期休暇ね?」
「どっちにしても、この状況ではBOBとして成り立たん。好きなだけ二人で居ろ。我々も暫くは復旧作業の手伝いだ」
年甲斐の無いことを言ったと、少々赤くなりながら微笑んだ所長はクラウドの肩を叩き、その場に笑いが起こる。蘇芳も笑うと、クラウドの肩に手を置いて言った。
「さぁ、行こうか。向こうにある車で送ろう」
クラウドは頷いて、手を振る仲間に笑みで答えて蘇芳と一緒に歩き出し、腕の中の白虎を見つめて囁く。
「白虎、お前の家に帰ろうな」
「クラウド、白虎を必ず幸せにしてやってくれよ。朱雀と黒龍の分も」
蘇芳はちらりと視線をクラウドに向けて呟いた。
「えぇ、必ず。言われなくてもそうします。それに、神様とも約束しましたからね、流石にその約束は破れませんよ」
笑顔で言うクラウドに、蘇芳も微笑んだ。
(光が……)
白虎は瞼の向こう側にまぶしさを感じてゆっくりと目を開く。
「眩しぃ……」
瞼越しでも明るかった日差しは瞳の中に入ってくると更に眩しく、一度あけた瞼を少し閉じて上半身を起こした。
「今日は天気がいい。眩しくて当然だ」
窓から聞こえた低い声。眩しさに目を細めながら白虎が見ると、背が高くたくましい影が近づいてくる。白虎の右腰の横辺りの布団が沈むと温かく大きな手が優しく頬をなでた。
「おはよう」
白虎の耳に優しく心地よい低い声が響き、頬に添えられている大きな手に自分の手を上から確かめるように置いて指を絡ませ、白虎は笑顔を浮かべる。
「おはよう、クラウド」
「もう、大丈夫か?」
白虎は頷き、ベッドの端に腰掛けようと体を動かしたが上手く力が入らないのか、倒れそうになるのをクラウドが支えて自分の横に座らせた。
「寝たきりだったからな。いまひとつ感覚が戻らないのかもしれない。半日もすれば戻ると思うけど」
「あれから、私はずっと寝ていたのか?」
「あぁ、よく寝ていたよ。十分寝顔を堪能させてもらった」
にやりと笑いながらクラウドは言い、白虎の肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。
「あの後、色々あって。世界は変わった。とりあえず、今は良い方向に行っているよ。復興作業もずいぶん進んだし」
「そうか、それは外に行くのが楽しみだな。皆にも会いたいし、早く回復しないと」
微笑んでクラウドを見た白虎に、クラウドがそっとキスをした。唇が重なり、ゆっくりと目を閉じようとした白虎に、クラウドが少し唇を離す。
「目を閉じないで。俺を見つめて」
クラウドに言われ、閉じかけた目を開いてクラウドの瞳を見つめると、再びクラウドの唇が重なった。互いに見つめ合う瞳の中に自分の瞳が移りこみ、唇の温かさだけではなく、互いの存在をそこに確かめるように二人は暫くその吐息を重ねていた。唇が離れ、クラウドは胸に白虎を抱きしめる。
「白虎、皆に会うのはもう少し先にしないか? BOBは今までの活動を停止して、今、組織自体をダウンタウン市民の支援部にする為に準備中だし、急いで帰る必要は無い」
「だが、それでも人手が多いにこした事は無いだろう? 回復したら手伝いにいかないと」
クラウドは溜息をつきながら腕を緩めて、白虎の顎に手をやり自分の方にむけて言う。
「わからない? 俺はついさっきまで、白虎が俺のものになったのにまたお預けをくらっていたんだよ? やっと起きてくれた白虎に、俺はやりたいこと山ほどあるのにさせないつもり?」
クラウドの言葉に一瞬何を言っているのかと白虎は首を傾げる。
「白虎の全部を俺の物にしてからでないと俺は嫌なの。唇だけじゃなく指の先、髪の毛の一本まで全部……」
白い白虎の顔が桃色に染まっていくのを見て、クラウドは微笑しながら耳元で囁いた。
「誰にも渡さない。例え神様にだってお前を渡したりしない。だからちゃんと白虎に俺を刻んでおく。良いだろ?」
「……嫌だと言う訳が無いだろ。そうだな、クラウドに私の身柄を暫く預けようか。私もクラウドを感じたい」
二人は抱き合うと、そのまま布団へと身を沈めた。
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