当選おめでとうございます

毒原春生

当選おめでとうございます


『貴方は弊社が実施を予定しております、インフルエンサー優待サービスのベータ版テスターに選ばれました。つきましては、このショートメールを受信された後に貴方が投稿されたメッセージの投稿から24時間のRT数及びいいね数を算出し、一日の中で最も合算数が多いメッセージが対象となります。対象となったメッセージのRT数及びいいね数の合算数×1000の金額相当のウェブマネーコードをショートメールで送らせていただきます』




「……なんだ、これ?」


スマホのショートメールに送られてきた文章に、俺はスマホを持ったまま首を傾げた。

メールを送ってきた番号には聞いたことのない会社名が紐付けられている。試しに検索をしてみたが、似たような名前の会社はヒットするが、完全合致するものはなかった。

要するに、いたずらだ。

その結論に素早く達した俺は、その番号をブロックした。


そしてアプリを操作し、複数あるアカウントのうち一つを表示する。

フォロワー数は1000とちょっと。

今メインに使っているアカウントだ。

プロフィールには投資家兼クリエイターと書いているが、俺はそのどちらでもない。現実の俺は日雇いのバイトと仕送りで底辺の暮らしをしているフリーターだ。

このアカウントで俺は、もっともらしいことを書いたメッセージをいくつも投稿している。とはいえ、俺自身が考えた呟きは適当なものだ。もっともらしい感じの発言は、そのほとんどがフォロワー数が二桁もない弱小アカウントのメッセージを漁り、目を引きそうなやつを改変したものである。


たまにパクリだと指摘してくる奴がいるが、そういう奴には似たような発言かもしれませんねと適当にごまかす。俺としてはそれで引いてくれても、粘着してきても構わない。どっちにしろ、そういうのは俺のアカウントの宣伝になるからだ。

叩かれてアカウントを消す奴がいるらしいが、そいつらは馬鹿だと思う。

そんなもんブロックなりミュートなりすればいいし、あまりにもうざいようならそのアカウントを消すなりなんなりすればいいだろうに。


それに、弱小アカウントがどれだけ良さげなことを呟いても世の中に何の影響もない。

俺みたいなインフルエンサーが有効活用してやっているんだから、むしろ感謝してほしいものだ。


「さてと」


リプライを適当に流し読みしてから、俺はたまに投稿しているメッセージを打ち込む。

RTしてくれた人から抽選で大金をプレゼントという、たまに流れてくるあれだ。もっともらしい理由をつけて投稿すると、1000RTくらいはあっという間に稼げる。

もちろん、他人に金をやれるほどの余裕なんて俺にはない。

つまり大嘘だが、誰に当選したかなんて流さないんだからばれっこがない。大体、俺と似たようなメッセージを投稿している奴だって、本当に金をよこすのか怪しいものだ。本アカウントで何度もRTしているが、当たった試しがない。


投稿すれば、あっという間にRTのカウンターが回る。

それを見ていると、愉快な気持ちがこみ上げてくる。

こんな底辺フリーターの嘘に、大勢の奴が踊らされている。パクリのメッセージに対して感銘を受けたみたいなリプライが来るたび、RTやいいねが伸びるたび、俺の心はなんともいえない悦びで満たされた。


「馬鹿な奴ら。金なんてもらえるわけねーっての」


嘲笑いながら、スマホをポケットにしまう。

カウンターが回るのを見ていたかったが、あいにくとこれからバイトだ。どれだけ数字が増えているかは、終わってからの楽しみにしよう。


そう思いながら出かける準備をしていた時、さっき送られてきたダイレクトメールの内容がふと脳裏をよぎった。


「あれが本当ならなあ」






『○月□日に投稿されたメッセージの算出が完了いたしました。つきましては、△時×分にアカウント名zxz_zzzから投稿されたメッセージが対象となったため、880000円分のウェブマネーコードをお送りさせていただきます』




「えっ?」


翌日送られてきたショートメールには、そんなメッセージとともにウェブマネーのコードと思しき数字が書かれていた。


「はちじゅ…」


桁を数えて、呆気にとられる。

88万?

ブロックしたはずなのになんで送られてきたんだとか、そういう疑問が些末に感じられる数字だった。

だって、これが88億とかいう現実味がない数字だったらいたずらだと思う。そんなもんをぽんとくれる会社があるわけもない。

しかし88万だ。

妙に現実味があり、かつ無視するにはあまりにも大きい。


俺は恐る恐る、そのウェブマネーのアプリをダウンロードする。

アプリにコードを入力するだけだ。これで専用のアプリをダウンロードしろとか言われたらまた躊躇っただろうが、このアプリ自体は既存のもの。時々打ち間違いをしながらも、俺はなんとかコードをアプリに入力し終えた。


ウェブマネーの残金を示すカウンターに、880000という数字が表示された。


「……ふ、増えた」


88万。

俺が数年必死で働いて稼げるかどうかという金額だ。

それが何の苦労もなく、嘘を投稿しただけで手元に転がり込んできた。


コンビニで精算に使ったり、ソシャゲのガチャに費やしたりしても、残金がその分減るだけだった。不正な金として扱われず、所持金としてアプリに残り続ける。

最初は千円台で使っていたが、こうなってくるとちまちま使うのが馬鹿らしくなってくる。

俺は通販サイトにアクセスすると、高いものを片っ端から買い始めた。




88万は大金。だが、俺程度が数年働けばなんとか稼げる金額でもある。

豪遊なんかすれば、あっという間に底を尽く。

狭いアパートの一室で最新機種のパソコンや良いとこの家具に囲まれた俺は、最後の一つになったうにの瓶詰めで白飯を食べながら、スマホとにらめっこをしていた。


「RT数といいね数の合算した数字×1000……だったよな」


投稿から24時間の数字というのがネックだ。

フォロワー数が万をいっているアカウントなら、ちょっと主語がでかくて過激なことを呟けばそれだけで千や万を稼げるかも知れない。

だが、俺のアカウントのフォロワー数は1000。

これで爆発的に伸ばすなら、このアカウントを潰すのも視野に入れなければいけない。

しかし、フォロワー数が多いアカウントは育てるのが手間なのだ。加えて今これを失えば、安定してRTやいいねを稼げなくなる。


「今まで通り、このアカウントで稼ぐか……?」


だが、テスターとやらがいつ終わるかわからない。

それまでにしばらく遊んで暮らせる金を一気に稼いでおきたかった。


狙うは1万を超えるRTといいね。

何か良い案はないかと考えながら、嘘アカウントではなく本アカウントの方にログインする。


底辺フリーターがゴミみたいな呟きばかりしているアカウントだ。

フォロワー数も二桁。しかもそのうちの大半は、フォローされたからフォローを返したという機械的なものにすぎない。フォロワーとはろくに会話したこともなく、たまにゴミみたいなどうでもいい愚痴を零すだけ。


「……」


つまり、捨てアカウントとしてはちょうどよかった。




『RTといいねの数だけエアガンで人を撃ちます。ツリーに実況動画あり!』


夜にそんな投稿をした後、俺は通販で買ったエアガンを持って外を出た。

最初のRTは、何ヶ月か前に炎上したので放置していたアカウントでやった。フォロワー数は当時より減っていたものの、叩く機会を狙って張りついていた奴がいたのか、すぐに複数のRTやいいねがつく。

どうせできるわけがないだろうという、嘲りのカウンター回しだ。

画面の向こうから感じる小馬鹿にしたような気配。それを同じように馬鹿にしながら、俺は公園で浮かれている大学生の集団に向けてエアガンを向けた。


近所迷惑な連中が悲鳴を上げながら慌てふためく様を録画し、SNSに上げる。

それを皮切りに、一気にカウンターが回り始めた。

非難のリプライがある一方で、無責任に煽り立てながらRTをする奴もいる。そんな奴らがSNSで盛り上げてくれる中、俺は匿名掲示板に情報を流しながら狩りを続けた。


ゴミ出しでごちゃごちゃうるさいババア。

接客の愛想が悪いコンビニ店員。

ぎゃあぎゃあうるさいガキどもがいる家。

通るたびにアンアン喘ぎ声が聞こえるアパート。

日頃気に入らないところにエアガンの玉を打ち込んだ後、警察に捕まえる前にさっさと家に帰る。

律儀にRTの数だけ撃つわけがない。そんなのは馬鹿のやることだ。

タイミングをあわせて動画を上げ、掲示板で適当に宣伝すれば後は勝手に回ってくれる。いくつか上げると、俺が宣伝するまでもなく他の奴が掲示板に載せ、盛り上げてくれていた。


かつてないほどアカウントは炎上していた。

身バレしそうな発言や画像は先んじて消しておいたから大丈夫だとは思うが、金をもらったらさっさとこのアカウントは潰した方がいいだろう。


「ははっ、こんなんで1万RTか!世の中クズばっかだな!」


回ったカウンターを見ながら、思わず声を上げて笑う。

ここから倍に膨れ上がるのは高望みだろうが、それでも一夜明ければもっと増えてはいるだろう。

現時点でも、1000万分の数を稼いでいる。

これだけあれば、あとは投資家アカウントの方でちまちま稼げば大丈夫だろう。






『○月△日に投稿されたメッセージの算出が完了いたしました。つきましては、×時×分にアカウント名mmmmから投稿されたメッセージが対象となったため、12000円分のウェブマネーコードをお送りさせていただきます』




「は?」


翌日送られてきたショートメールに、俺は目を疑った。

慌てて本アカウントに飛ぶが、アカウントが凍結されたわけじゃない。動画をつけたメッセージの中には消されたものがあったものの、大本の投稿は残っていた。

mmmmというアカウントは、昨日本アカウントの投稿をRTするために使った過去アカウントだ。RTしたメッセージを小馬鹿にする呟きを投稿しており、それに対してRTがいくつかついている。


「なんでだよ!ちゃんとRT数稼いだろ!?」


そんな憤りとともに、ショートメールに返信を返す。

数分待たされた後、それに対する返事が返ってきた。


『発言数及びフォロワー数を照合し、○○様のメインアカウントxx_xxxは世の中に影響を及ばさないものとして登録されております。そのため、算出の対象外です』

「……は?」


呆気にとられながらスマホの画面を眺めていると、SNSに通知が届いたことを知らせるアイコンが表示された。

思わずその通知の内容を確認した俺は、顔を引きつらせた。


『この馬鹿特定したったwww○○□□くんでーすw』

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当選おめでとうございます 毒原春生 @dokuhara_haruo

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