青信号と蛙の声 5

 屋上にいた。

 あと一歩、足を前に出すだけだ。あと一歩で、全部無くなるんだ。

 朝方五時頃まで降っていた雨は既に止み、涼しいような生暖かいような風が吹いていた。空はうっすら灰色の雲に覆われていて、グラウンドからは他クラスの掛け声が聞こえている。

 お母さん、泣くかな。学校のみんなは、どう思うかな。自分たちのせいだって、思っちゃうかな。伝えたいこと、全部ちゃんと書いたつもりだけど、伝わるかな。見つけてくれるかな。

 大きく手を広げて空を見上げ、ゆっくりと目を閉じた時、誰かに後ろから抱き着かれ、そのまま強く引っ張られた。全身の力が抜けて倒れこむと、声が聞こえた。

「サユミ」

「ぎりぎりだよ。死ぬかと思った」サユミは、目を閉じたままで声を待った。

「死ぬの?」

「死なないよ。ハルカが守ってくれる」

「ここまでされたら守れないよ」

「守ってくれたよ。また死ねなかった」

 全身が震えているのが分かった。

「死にたいの?」

「もし私が死んじゃったら、ハルカは笑ってくれる?」

 とても大きく優しい、温かいものに包まれている感覚を覚えて目を開くと、自室のベッドにいた。

「大丈夫ですか? うなされていたみたいです」蛙男が言うと、サユミは夢を見ていたことを理解した。

「昔の夢を見てたみたい」

「悲しい夢ですか? 涙も出てます」

「ううん、大切な人の夢」サユミは涙を拭きながら言った。「あなた、なんでいなくなったの」

「えっと、やっぱり怖かったです。お化け」まだ言ってるのね、サユミはため息を吐いた。

「まあいいけど、色々しなきゃいけないことが増えたわ」

「しなきゃいけないことですか? 何するんですか?」

「ちょっと一人にしてくれる?」

 蛙男はそれ以上何も聞かず、それからその日は一言も発することはなかった。そこにいるのかもしれないし、いないのかもしれない。ただ、蛙男は蛙男なりに気を使って喋らないのだろうから、サユミは余計なことは考えず、また眠りにつくことにした。

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青信号と蛙の声 ささきゆうすけ @yusukesasaki

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