青信号と蛙の声 4

 横断歩道を渡り、少し歩いて深夜の住宅街を抜けると、視界いっぱいに田園風景が広がった。辺りには蛙の声が響き渡っている。きっとすぐそこにもいるのだろうけど、暗くて声の主が見つけられない。

「あなたと同じね」蛙男ね、サユミは声だけの男をそう呼ぶことにした。

「カエル男かあ、素敵なあだ名ですね。ありがとうございます」

 意外にもすんなり受け入れられたことに少し戸惑いながらも、感謝の言葉に、サユミは悪い気がしなかった。

「さっきのカエルも、ここらへんの田んぼに向かってるんですかね? 仲間のもとへ行くのでしょうか」

「あなたと同じね」お化け男ね、あなたも今から仲間に会いに行くのよ。お化けの男を、そのままお化け男と表現してしまった自分のくだらなさに、サユミは少しだけにやりとした。

「や、やめてくださいよ! 僕はお化けじゃありません! カエル男にしてください!」お化けじゃないの? というサユミの声を遮って男は続ける。「そうだ、知ってますか? カエルの鳴き声の秘密」

「秘密?」

「カエルのオスは、自分の声がちゃんと届くように、それぞれの鳴き声をずらしているんですよ。近くのカエルは同時に鳴かないんです」

「へえ」サユミは初めて男の言うことに感心した。

「縄張りがありますから。もし同時に鳴いてしまうと」言いかけて、男は黙った。

「どうなるの? もし同時に鳴いてしまったら」

 男は答えず、そのまま二人は沈黙した。辺りには蛙の声が響き渡っている。

 あぜ道をしばらく進み、大通りにぶつかると、サユミは道路の真ん中まで走っていき、大きく手を広げて空を見上げた。

「ああ、気持ちいい」

「道路の真ん中は危ないですよ」僕、死んじゃったんですよと付け足すことを忘れない。

「いいの。この道、昼間は車通りが激しくて、こんなこと出来ないんだ。今は貸切だから。もし死んじゃったら笑ってくれる?」

「信号は守るのに、そういうのはいいんですか?」

「ここに信号はないじゃない。道路を歩いちゃいけないルールはないもの」

「そうなんですか?」

「赤が光っていない間は青と同じ意味になるんでしょ?」

「なるほど!」男は嬉しそうに言った。

「あそこに見えるビル、今から行くところよ。ちょっと見た目は不気味だけど、建物の中は綺麗だから安心して」サユミは、男が何を感じているのか想像して、ゆっくりと付け足した。「大事なのは中身よ」

「あの……」

 男が言おうとしていることが、なんとなくサユミには分かる気がした。

「なに?」

「もしあなたに目の前で死なれてしまったら、僕は笑えないです」

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