狂い咲きのおばあちゃん

はやしはかせ

狂い咲きのおばあちゃん

 おばあちゃんが死んだ。

 2020年の春の終わりだ。


 おばあちゃんがかなりヤバいことになったことは知っていた。

 当の本人から電話で聞かされたのだ。


 癌になっちゃった。

 多分、もうダメだって。

 がははは。


 いつものように豪快なおばあちゃんは、悲壮感も何もなく、やり残したことはないよ! と言い切った。

 

 それから、十日後にあっけなく行ってしまった。


 おばあちゃんの突然の不幸により、僕は久しぶりに部屋を出て太陽の光を浴びることになった。


 ぷくぷく太って、ゆるキャラみたいだったおばあちゃん。

 なのに病気はおばあちゃんから命を吸い取って、そいつのせいでおばあちゃんはすっかり干からびてしまっていた。


 その姿に僕は泣くことすら忘れて、呆然と立っていることしかできなかった。

 

 粛々と進んでいく葬式の中、おばあちゃんとの日々を思いだした。


 共働きの両親に替わって僕のそばにずっといてくれた。

 ゲームが大好きで、いつも一緒に対戦ゲームで遊んでくれたけど、負けたときは本気で悔しがって、もう一回、と土下座までする。

 

 あんたは凄いよ、大丈夫だよ。

 おばあちゃんはいつもそう言っていたけど、それは違っていた。

 

 たくさんの人に愛を貰って凄く期待されてもいた。 

 けど何もかもが上手くいかなくて、僕は部屋に閉じこもった。


 それでも、おばあちゃんは毎日僕に電話をくれた。

 外に出ろなんて一言もいわず、ゲームの話ばかり。

 

 気遣ってくれているともちろん気付いていた。

 でも、僕はおばあちゃんが望む僕にはなれなかった。


「ごめん、おばあちゃん」


 骨だけになった大事な人に呟き、僕はまたいつもの狭い部屋に帰った。


 そして2020年夏。


 おばあちゃんの部屋に残っていた遺品を母は部屋の前に置いた。


 僕宛ての手紙と赤いスカーフ。

 

 手紙には短くこう書かれていた。


「悪いんだけど、赤いスカーフを私の家のツリーに縛ってちょーだい」

 

 おばあちゃんは死んだあとで二回も僕を外に連れ出した。

 

 玄関の外にある、一年中置きっぱなしのクリスマスツリー。

 こんなことして何になるのだろうと思いながら、僕はおばあちゃんの遺言をつつがなく実行した。


 幸せの黄色いハンカチみたく、高倉健のような渋い男が現れるのだろうか。

 もしかしたらおばあちゃんの秘めた恋のような……。


 そんな妄想で一人ニヤついていたら、背後から、いかつい四人の男が近づいてきた。


「うわっ!」


 皆一様に革ジャン、革ズボン、サングラスで、日頃からハーレーを乗り回しているようなワイルドな風貌をしていた。

 歩くたびに飾り物がじゃらじゃら揺れるので、その音が僕を震え上がらせた。


 金髪リーゼントの男が前に出て、僕を睨みつける。


「カナエさんは亡くなったんすね」

 男はなぜかおばあちゃんの名前を知っていた。


「は、はい……」

 

 すると四人の男は赤いスカーフに合掌する。


 これは一体何なんだ……。


「カナエさんは、俺たちのマブダチでした」

「マブ……、友人ってことですか?」

「はい、カナ姉に言われてました。この赤いスカーフが飾ってあったとき、あたしはもうこの世にはいねえって」

「カナ姉……」

 

 おばあちゃん、あなたは一体……。


「俺たちこんなナリなんで、葬式とかに出たら迷惑がかかるから自粛してました。けどカナエさんの意思は俺たちが繋ぎますんで……」


 そして四人の男は一斉に叫んだ。


「ヨロシク!」


 それからわずか二日後、僕はなぜか東京ドームにいた。


「さあ、始まりました。eゲーマーの祭典! スパークル2020!」

 実況アナの絶叫に数万を超える観客が雄叫びで答える。


「最初の競技はバトルロイヤル部門! タイトルはもちろん、サイバーアポカリプス! 決勝戦だあああっ」


 うおおおお、と沸き立つ観客。


「な、なんでこんなことに」


 僕はドームの中央にある特設競技会場にいた。

 

 例の四人のようにイカつい服装を着せられ、赤いスカーフを首に巻き、ゲーミングチェアに腰掛け、コントローラーを握らされている。

 そしてモニター代わりのヘッドマウントディスプレイをかぶらされた。


「挑戦チームは今年最も飛躍した謎のバイカー集団、爆裂サンダーロード! エース、カナエ・ヘブンの突然の不幸にチームの存続も危ぶまれたが、カナエの意思を受け継ぐ孫のキョーヘイ・デストロイヤーが参戦を表明し、チームは不死鳥のごとく蘇った。奴らが勝てば最高の下剋上がここに完成する!」


 地面を揺らすほどの歓声が僕に注がれる。


「お、おばあちゃん、一体何やってたんだよ!」

「キョーヘイ、集中だ! 始まるぞ!」

「だから、俺このゲーム知らないんですよ!」

「大丈夫! スティック動かしたらキャラは動くし、ボタンを押せば攻撃だ!」

「そんなのどのゲームだってそうでしょうよ!」

「さあ、しまっていこーぜ、ヨロシク!」

 残りの三人もヨロシクと応じる。


「駄目だ、全然聞いてない」

 昨日からずっとこんな調子であれよあれよとここまで来てしまった。

 

 今や僕は核戦争で荒廃した未来の地球で生き残りをかけたサバイバル戦争に参加するレジスタンスの一人になってしまった。らしい。


「さあ、始まったぞ!」

 実況アナが興奮気味に叫び、観客も腕を上げてあおり始める。

「戦場マップはもちろん『荒野』! 障害物が極端に少ないこのマップはプレイヤーのスキルの差がそのまま戦況に反映される!」


「なになに、どうすりゃいいの!」

「キョーヘイ、前に出すぎるな! 拠点を作るんだ! 言っただろ!」

「聞いてないって!」


「おおっと、サンダーロード、壁の作成に出遅れている! これでは相手に先手をとられるぞ! 解説のイナさん、どうですか」

「やはりデビュー戦が決勝ですからね、キョーヘイさんに若干迷いがありますね」


 あるに決まってんだろ!


「キョーヘイ、間に合わない! 作戦を変えるぞ!」

「作戦ってなに!」

「特攻だ、特攻、ヨロシク!」

 残りの三人もいつものように、

「おう、ヨロシク!」


「あんたらヨロシクって言えば済むと思ってんだろ!」


「うおおっと? サンダーロードがまさかの突撃に出た! イナさん、これは?」

「どうやらノーガードの撃ち合いに出たみたいですね」

「王者相手にこれは無謀では?」

「でも、これが彼らの元々のスタイルですから、レジェンドカナエの動きをキョーヘイさんがきちんとこなせるかどうか、ですよ」


 おばあちゃんのスタイル? そんなの知らないって……。


「いくぜー、汚物の魂を見せてやれ!」

 四人の男たちがマシンガンやライフルを撃ちまくりながら敵の方に突進していく。

 

 しかし敵が作り上げた巨大な壁に全部跳ね返され、逆に壁と壁の隙間から攻撃を喰らい、みるみるライフゲージが減っていく。


「やばい、いったんひくぞ!」

「あんた達それでよく決勝までこれたな!」


 逃げるといっても、実況アナが言っていたように、このマップは平坦すぎて隠れる場所があまりない。

 僕は四人の仲間が逃げ回るのをただ見ていることしかできなかった。

 

 さらに、僕の方にも攻撃が飛んできて、慌てて逃げ回ることになる。

 画面が揺れ、乾いた銃声が耳に入ってきて、僕は段々怖くなってきた。


 人の感情を読み取るというヘッドマウントディスプレイにより、僕の不安はゲームに読み込まれ、それと共に視界が狭くなっていく。

 

 そりゃ、そうだ、いきなりこんな所に放り込まれて、何をすれば良いんだ。

 終わりだ。さっさと帰ろう。


「キョーヘイ! 焦るんじゃないよ!」

 聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「お、おばあちゃん!」

「ばたばた動かないで銃を構えな! 何発か喰らったって死にやしないよ!」

「な、なんで、どこにいるんだよ!」

「ライフルのレンズをよく見るんだ! 攻撃が何処から飛んでくるか、その根元を撃ってみりゃ良いのさ!」


「根元?」

 

 白い線を引く銃弾、その出所を追えと?

 

 しかし放たれた強烈な銃弾が僕の足をかすって、僕のアバターは地面に倒れた。


「キョーヘイ、大丈夫か!」

「そんなことより壁になって! これじゃ撃てない!」

「任せろ!」

 四人の男たちが二つに分かれて僕の前に盾のようになる。


 男たちに集中砲火が降り注ぐが、

「うおおおおお」

 なぜか倒れない男たち。


「いやー、イナさん、相変わらず堅いですね。サンダーロードは」

「ですね、四人が防御に全振りして攻撃をカナエに任せるというのが彼らのやり方ですから、ああっ!」


 イナというプロが叫んだのは僕がトリガーを引いたときだった。

 うおおおお、と観客達がこの日一番の声を上げた。


「決まった! キョーヘイの超遠距離狙撃が相手のエースに直撃だ!」

「これは凄い! 戦況が一気に変わりますよ!」


「当たった? 当たったの?」

「良いぞキョーヘイ! これが俺たちのやり方だ! いいか、キョーヘイに傷一つつけるんじゃねえぞ! ヨロシク!」


 僕も興奮しすぎてヨロシクと返しそうになったけど、どうにかこらえた。

「おばあちゃん、当たったって!」

「そうだよ! あんたはそれで良いんだよ!」

「わかった! やってみる!」


 そして、僕らは勝ってしまった。

 拍手の中、表彰台に上って、結構な賞金をいただいた。


 控え室で、男たちは一枚のメモリーカードを見せた。


「このゲームは人の感情を読んで、それがプレイに影響を与えるっす。カナ姉はあんたのためにこれを残してました。あんたの感情が動くたびに、それに合わせた音声が再生されるようになってたんす」


 僕はあっけにとられていた。


「だから、生きてるみたいに聞こえたのか……」

「カナ姉はアンタのことばかり話してたぜ」


 男たちはメモリーカードに録音されていたデータを全部再生してくれた。


 キョーヘイ、焦るんじゃないよ!

 まわりをよく見てみな!

 外れてもいい! もう一発撃てば良いのさ!

 

 そうだよ! あんたはそれで良いんだよ!


「おばあちゃん……」

 次から次へと紡ぎ出されるおばあちゃんの激励は僕に一つの確信を与えた。


 僕のおばあちゃんは死んだ。

 だけど、僕の中に、おばあちゃんは生きてる。

 きっと、これから何度も何度も僕を外に連れ出すだろう。

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狂い咲きのおばあちゃん はやしはかせ @hayashihakase

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