第3話 優しい兄
足元に落ちた爪は、俺の嫌いな虫のように見えた。
この瞬間俺の予感は確信に変わった。
健太のことを思うと胸が苦しくなった。
俺はまだ1人だったから良かったのだ。
健太は罰を受け苦しめられた上に大勢の前で奇声をあげ、恥ずかしい思いをしたのだから。
めぐみの弁当を落としたのも、俺にハサミを振りかざしていたのも命令されて仕方なくやっていたのだろう。
そんなことを考えていると、またあの声が聞こえてきた。
???「絶対命令が設定されました」
???「絶対命令B、絶対命令に関することの他言厳禁」
???「罰、兄に感染する」
俺「は!?」
俺「待てよ、時間制限がなかったな..」
俺「今まではあったのに」
俺「ひょっとしてBって言っていたのはそういうことなのか。」
今の俺に分かっていることはAには時間制限がありBには時間制限がないこと、そして死と隣り合わせの状況にいるにもかかわらず妙に冷静でいられているということだけだった。
俺は考えた
何故こんなことになったのか。
俺とけんた以外にも同じ状況の人はいるのか。
誰が何のために命令をしているのか。
感染とはどういうことか。
いつになったら終わるのか。
いくら考えても答えなんて出なかった。
今できることは兄に仮病を使って学校を休み続けることだけだった。
そうしている間も時間だけが過ぎていき、何度も絶対命令が出された。
ある日は兄の宝物を壊し、またある日は放火をした。
もちろん命令を破らざるおえないこともあった。
その罰として俺は左腕の骨を折られ、右足の太ももの皮膚は剥がされた。
家は兄の少ない給料だけで生活しているため、病院に行く金なんてあるはずもなく、俺は兄に気づかれないようにベットにこもり自然治癒力を信じて耐えるしか無かった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
どれだけたっただろうか、一向に治る気配がなく耐えられなかった。そして俺は思った。
ーーー【死んだ方がマシじゃないのか】ーーー
そう思った時、ドアを叩く音が聞こえた。
兄「夜ご飯ここに置いておくから、ちゃんと食べろよー、大きくなれないぞ」
そう言うといつものように独り言が始まる
兄「兄ちゃん、父さんと母さんが事故で死んだ時ショックで食欲無くして全然食べなかったからこんな身長でさ、学校ではチビっていじめられちゃって、でもお前がいたから負けずに学校行けたんだよ。」
兄「どうして学校行かなくなったのかはわからないけど、もしいじめられてるのなら俺に言ってくれれば学校乗り込んで話つけてきてやるよ。」
兄「なんてかっこつけてみたり」
そう笑いながら言うとまた仕事に行った。
玄関が閉まった音を確認すると俺はドアを開けて床に置いてある兄の作った見た目の悪いハンバーグを食べた。
小学生の頃ハンバーグが好きだと言ってから兄の手料理はいつもハンバーグだ。
俺「まっず...」
そう言うと俺は声をあげて泣いた。
そして絶対命令に耐えて生き続けようと心に決めた。
そして数日が過ぎた。
ご飯前の兄の独り言を楽しみに毎日耐え続けた。
兄は俺に返事を求めたこともあった。しかし会話をすると気持ちが高まって絶対命令について言ってしまうような気がしてただ黙って聞いていることにした。
だがそれすらも許されなかった。
???「絶対命令が設定されました」
???「絶対命令A、兄に嫌われる、時間制限24時間」
???「罰、両目を失う」
俺「は...............」
俺「こんなの....ありかよ..!」
俺は絶望した、なぜならこれは唯一の生きる意味である兄を突き放し、唯一の楽しみの兄の独り言が聞けなくなることを意味しているからだ。
罰を選ぶことも考えた。
しかし、絶対命令から解放される可能性を信じると、両目を失い兄を見ることさえ出来なくなるよりは今嫌われて、全てが終わってから打ち明ければ良いと考えた。
嫌われよう...
命令が出されてから24時間以内に嫌われなくてはならない。
しかし、あんなに優しい兄はそう簡単に俺の事を嫌いになることはないだろう。
そう考え、翌朝から嫌われる行動を起こすことを決心し、今日は兄の独り言を最後に聞いておくことにした。
夜ご飯の時間になった。
兄「たけし〜ご飯持ってきたぞー」
俺「.....」
少し沈黙が続くと、兄はまた話し始めた。
兄「たけし、まだ5歳だった頃お父さんとお母さんと4人で海に行ったの覚えてるか?」
兄「まあまだ小さかったから覚えてないよな」
俺(もちろん覚えてるよ...)
兄「たけしにとっては初めての海だったから大はしゃぎして、サービスエリアに止まる度に着いた?着いた?って聞いてたよな」
兄「なのに着いた頃にははしゃぎ疲れて寝ちゃっててさ、駐車場から海が見える所までお父さんにおんぶしてもらってたんだよ」
兄「でも着いて起こされた時には今まで寝てたのが嘘みたいにお父さんの背中ではしゃぎ出して跳ねるもんだから背中から落ちそうになってお母さんが慌てて支えに行ったんだよなぁ〜」
俺(兄ちゃんは横で笑ってたよね)
兄「その後たけしが海に入りたいって言ったけど夕方だし寒いからって入らせてもらえなくて大泣きして大変だったんだからな」
俺あぁ..そうだったな..
兄「それっきり海は行ってなかったろ?」
兄「だからさ、今週の日曜日俺仕事休みになったから2人で行かないか?」
俺え..
兄「遠いからまた着くのは夕方になるかもだけど、次こそ入らせてやるからさ...ってそんな歳でもないか」
俺(行きたい、入りたい、兄ちゃんに会いたい..!)
兄「今週中に返事頼むよ」
そう言って自分の部屋に戻っていってしまった。
最後の楽しみが終わってしまった。
兄の話を思い出しながら全く上達する気配のない不格好なハンバーグを食べた。
なんでだろう... 味がしない....
ハンバーグにかけられていたであろうケチャップは涙と共にお皿の端に溜まっていた
目がなくなったら泣けなくなるのかな
そんなことを考えながら布団に入った
そして最愛の兄に嫌われる覚悟を決めた...
絶対命令感染症 くらげもち @KurageMochi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。絶対命令感染症の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます