後編

 2020年7月24日。東京オリンピックの開催日。そのはずだった。


「一年延期か──」


 この年に起きた新型ウイルスの世界的流行が世の中に与えた影響は大きく、かの国際的スポーツの祭典も、一年後に先送りされることとなった。

 数ヶ月前から分かっていたこととはいえ、こうして当日を迎えると、やっぱりどこか寂しさを感じてしまう。


 だけどそんな風に思う私の肩に、そっと暖かな手が触れた。


「なあに、また一年待てばいい。あの時みたいにな」


 そう言って、ニコリと笑う正太郎。そこにはもう、かつて病気で苦しんでいた面影はどこにもなかった。

 ──なんて、そんなのは当たり前か。


「あれからもう、50年以上経つのね。お互い歳をとるはずだわ」


 正太郎が入院し、二人で一年後のオリンピックを待ったのは、今から見ると遠い昔の話。

 あれから正太郎は、難しいとされていた一年をどうにか乗り切ったばかりか、その後病気の治療法が見つかったこともあり、今ではすっかり完治していた。

 年齢を重ねシワが増えた今でも、この通り元気にピンピンしている。


 約束していたオリンピックはどうなったかって? もちろん、二人揃って見ていたわよ。当時のことは、今でもまるで昨日の事のように思い出せる。


「それじゃ、今度の東京オリンピックも無事一緒に見られるよう、また一年頑張らないとね」

「おいおい、今度は昔と違って、俺も健康だぞ」

「その分歳はとったでしょ」

「それはお互い様だろ」


 軽口を叩きあって、それからどちらともなくクスリと笑う。こんなやり取りを、もう何度繰り返しただろう。なのに、ちっとも飽きることはない。


「さあ、話はこれくらいにして、掃除でもしましょうか。もうすぐ孫達が遊びにくるからとびきり綺麗にしておかなきゃ。あなたは、そっちの部屋をよろしくね」

「おう、まかせておけ」


 小さい頃から一緒で、今も隣にいる私のパートナー。

 病気になった時、オリンピックを見た時、子供が産まれた時、孫ができた時、悲しいことも嬉しいことも、いつも二人で分かち合ってきた。


 来年、彼と一緒に見る東京オリンピックも、きっと楽しい思い出になるんだろうな。

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東京オリンピックを君と 無月兄 @tukuyomimutuki

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