第16話 蛇足の終わり
全てが明らかになった後、篠原は恨めしげな目を俺に向けた。
「このことを他の奴に喋ったら許さねえからな」
「分かったよ、篠原君!」
わざとらしくにんまりと笑ってやる。
「お前、なんなんだよ」
元の俺に戻った様子を見て、篠原は引いていた。
今回、問い詰めるにあたって一つの目的が達成された。
それは、篠原の弱点を手にしたことだ。
今後、篠原が俺を目に見えるところで小馬鹿にすることは少なくなるだろう。
本来は素の俺を見せるつもりはなかったのが悔やまれるところだが。
坂倉に問い詰めさせずに俺が向かったのも、これが理由だった。
もう用は済んだ。篠原に対する興味はもうない。
それでも、このまま去る前に一つだけ伝えたいことがあった。
本来、これは言う必要のないことだ。
坂倉だって気づいていないし、気づいたとしてもわざわざ伝えることはないだろう。捻くれた俺の残り香みたいなもの。
俺は頭を下げた。
「ごめん。糾弾するような真似をしちゃって……。でも、篠原君は優しい人だよね」
「いきなり、なんだよ」
「相沢さんを最後まで見捨てなかったところ」
「…………」
「普通の人間だったら、自傷行為をしようが関係なく無理やり怒鳴り散らかしてでも相沢さんから離れてたよ。そうせず相沢さんの妄想に数年間もの間、付き合ってあげたのは篠原君の優しさがあったからだと思うよ」
「お前……」
「これからも相沢さんをよろしくね。あ、もちろん僕とも」
それだけ言って、俺は校舎に戻った。篠原は背後で呆然と立ち尽くしていた。
************
部室のドアを開ける。
坂倉はいつものように本を読んでいた。
が、様子がおかしい。目線がページに注がれているようで焦点が合っていない。はっきり言って、そわそわしていた。
俺に事情を聞きに来ないのは、がっついていると思われるのが恥ずかしいというこの女のプライドか。
「答え合わせ、終わったぞ」
途端、ぴくりと肩を震わせて、けれどもそれを悟られないように冷静な表情を崩さないまま本を閉じた。
「……そうかい。どうせなら話を聞こうじゃないか」
上から目線の言い方。腹立つ。よし少し意地悪してみるか。
「あ、でもでも、僕ちん、忘れちゃったわ。ごめんねっ……嘘です。ごめんなさい。謝罪するので湯呑を鈍器かのように持って近づくのはやめてください」
ちっ、冗談の通じない奴め。
坂倉は湯呑を机の上に置き、座り直した。
「さっさと話せ。低俗男」
「そんなに話すことはない。おまえの推理どうりだったぞ」
その返事に坂倉は得意げになりかけ、俺の顔を見てわざとらしくせき込む。
「まあ、当然だね。それで、僕が材料不足で解けなかった謎は?」
材料不足を強調して言ったのが負けず嫌いな坂倉らしい。
「ああ。篠原がいじめられていた相沢を助けた動機のことだな。分かったぞ」
「ならば、答えを教えてくれ」
坂倉はさらっと言いつつも、自分が解けなかった謎が何なのかの期待がひしひしと伝わる。俺は渋々答えた。
「揚げパンだってさ」
「……は? 具体性が全くないが」
「きなこ揚げパンだってさ」
「揚げパンにきなこが付着しているという具体性など、どうでもいい。経緯を説明したまえ」
正直、説明する気は失せていた。
それはあまりにも下らなくて。
だからこそ、二人の人間の高校生活を変えた原因になっているのが残酷だったからだ。
そして、この女にごまかすことは許されないだろう。俺は答えざるを得なかった。
「給食のメインディッシュ、きなこ揚げパンをあげる代わりに助けてほしいだとさ。相沢へのいじめを見かねたクラスメイトに頼まれたらしい」
篠原が助ける際にあらぬ方向を見たのは、貰う予定だった揚げパンを見つめて心を奪われていたからであった。
案の定、坂倉は黙る。
外でカァカァとカラスが鳴く声が聞こえた。
坂倉は一つため息をつくと窓の外の夕焼けを眺めて言った。
「帰る」
「俺も。お、どうだ? たまには一緒に肩を並べて下校」
「くたばれ」
坂倉は部室から出ていった。
捻くれ男と推理好き女が所属する共感部。
一つの依頼とその裏に潜む解く必要もない下らない謎はこれにて決着となった。
捻くれ男と推理女 時本 @tokimoto
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