第15話 答え合わせ④

「昔のことってなんだよ」

「小学生の頃、相沢がお前を好きになったきっかけのことだ」

「……そんな前のこと、覚えてねえよ」

「小学5年生、10月22日」

 顔が硬直する。

「年どころかご丁寧に日付まで覚えちゃって、相当お気に入りのエピソードだったんだろうね。それはもう何度も繰り返しお礼を言われたはずだ。忘れたくても忘れられない」

 そして、押し黙った。

「たしか、あらすじとしては、学校の昼食の時間に、いつもいじめてくる奴が転んだふりをして相沢が持っていた給食を落とされた。そこに篠原がやってきて助けてくれたって話だったな。一つ教えてくれ。お前が相沢に好意を抱いていないならば、なぜ、相沢を助けたんだ?」

 篠原の拳が強く握られた。

「なんで、お前にそんなことを教えなきゃならねーんだよ!」

 キレたか。そりゃ、ごもっともだ。

 下だと思っていたやつからいきなり過去の古傷を掘り返されたらたまんないだろうからな。予想している、対策もある。

 ただ、俺の良心を犠牲にしなきゃならないのが問題だが。

『そもそも君に良心なんてあるわけないだろう、うじ虫が』

 俺の脳内の坂倉がぽわぽわと浮かんでは消えた。うっせいやい。

 結局、俺は言った。

「教えないなら、あんたに相沢美優という彼女がいるって大々的に周りに言いふらしてみようかな」

「ふん、勝手にしやがれ。そんなデマ、否定すればいいだけだ」

 動じない。だが、それは本当のデメリットに気づいていないだけだ。

「ってことは大々的に否定するってことだよな?」

「…………ち」

 気づき、舌打ちをした。できないはずだ。否定すれば、否が応でも相沢の耳にその情報が入る。すると、どうなるのかはさっきの話の通りだ。

「答えたら誰にもこの話を一切持ち出すなよ」

「ああ、約束する」

 坂倉以外にはな。

 数秒の間の後、篠原はグランドを軽く蹴った。こいつ、理由を考えてるな。

「普通に美優が可哀想だと思った。これでいいだろ」

 俺はすかさず反論した。

「相沢は言っていたな。それまで誰も助けてくれなかったって。お前はその時に限らずイジメを目撃していたはずだ。正義感だけでは、いきなり助ける理由がわからない」

「い、今まで見ていて耐えられなくなったんだ!」

「ふーん、そうか」

 意外と粘るやつだ。それほど、この話の真実を語りたくないということなのか。

 いきなりすべてを白状させることは難しいようだな。

 一個ずつこちらから指摘していくしかないか。

「まず、相沢にぶつかって給食をこぼさせた奴は、イジメの主犯ではない。そこまではいいか?」

「は、はあ? どうしてそうなるんだ!?」

 狼狽する篠原に俺は常識を説くように言う。

「そりゃ、そいつの母親が『うちの娘がこんなことするわけがない』って言っていたからだ」

「娘を守るための嘘だって美優が言っていただろうが」

「そう、わかってるじゃないか。だからだ。」

「何を言って……」

「相沢は、まともではない。それはあんたが一番知っているはずだ」

「……」

 相沢は、思い込みが激しい人間だ。一種の妄想癖があると言ってもいい。篠原が自分のことを好きであると思い込んだように、イジメっ子を主犯だと思い込んだり、その母親を「モンスターペアレント」だと思い込んだ。現在でもそうなのだから、自我の固まらない小坊なんてもっと酷かったに違いない。

「恐らく転校したのもイジメの報いではないだろうな。相沢の訴えは無視された。普通に親の転勤か何かだろう」

 俺は嘲笑した。

「もしかしたらイジメられていたことすら思い込みなのかもしれない」

「それは違う!」

 必死の形相で篠原が否定した。気迫を感じる。これまでと違ってごまかそうという意志が感じられなかった。俺は内心、そのことに少し驚いた。

「ならよかった。そこまで間違っていたらどうしようかと思っていたからな。話を続けるぞ。イジメっ子が主犯でないのなら給食がこぼれたのはただの事故なのか? いや、そうは思わない。なぜなら、その後に笑い声が聞こえたという相沢の証言があるからだ」

「待て。都合が良すぎだ。お前はさっき、美優の言葉が信用できないと言っていたじゃないか」

 俺は首を傾げた。

「相沢は嘘もつくのか? 俺はそんな奴には感じなかったけどな」

「それは」

 反論が止まったのはその推理が間違っていない証左か。相沢は妄想癖があるだけで嘘はつかない人間。物事の行く末を決めつけたりして間違えることはあっても、五感だけは間違えようがない。だからこそ、相沢はイジメられる。正直者は悪く言えば、他者に気を遣えないことと同義である。特に小学生はその側面が原因でイジメが引き起こりやすい。

「給食をこぼした後に笑い声が起こった以上、イジメられたのは間違っていない。なのに、犯人はイジメをするような人間ではない。それならば、結論は一つだ。犯人はわざと転ばされたんだ。本当のイジメっ子に」

「でも、いつも同じ人間がイジメてきたって……」

「全部、指示されてたんだろ」

 酷い話だ。イジメがバレれば先生に怒られる。だから、他の奴に代わりにやらせる。これならバレてもトカゲのしっぽ切りだ。現代の犯罪にも存在する手法。それを小学生にして思いつくなんて主犯の奴はとんでもない悪人の才能がある。

「と、ここまで長々話してきたが、あんたの反応を窺った感じ、ここまでの話は間違っていないみたいだな」

 篠原の心はもう折れているようだった。

 うなだれて降参モードに入っている。

 数秒の沈黙ののち、首肯した。

「……ああ」

「ただ、なぜあんたが相沢を助けたのだけは、わからなかった。助けたときに顔を背けていたのが、何かヒントになりそうだとは思ったが……」

 と、坂倉が言っていました。

 篠原は苦い顔をした。とても言いたくなさそうだ。

 やがて、口を無理やりに動かして答えた。

「頼まれたんだ」

「誰に?」

「美優を助けてあげてほしいって。……黒田に」

 なに?

 俺の脳が停止した。

「黒田って、あの?」

「ああ。俺と黒田は小学生の時、同じ学校だったんだ。中学は別だったけど」

 ふむ。意外な情報だ。思うところがあるが、ともかく、覚えておこう。

「で、あんたは素直にそのお願いを聞いたのか?」

「……いや、断ろうとしたら、交換条件を出された」

「どんな?」

 すると、篠原の顔がいきなり朱に染まる。

「言わなきゃダメか?」

「当然だ」

 俺は興味ないが、どうしても知りたいやつがいるんでな。

 頭をガリガリと掻いて篠原は言った。

「それは――」

 小学生は残酷だと思った。

 



 

 

 


 

 

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