第2話 女の一人やもめ

朝起きる。昨日は……何してたっけ?

あ。そうだ、友達と飲んでて……帰ってきてすぐに寝たんだった。オフロ。


ふうー。サッーーパリ。髪をよく絞り、拭き、ドライヤーで乾かしながら、部屋のグリーンのソファに背中から倒れるようにして座る。誰も座る人がいないからこその心地よい冷たさに熱くなった体を冷まして、今日は何するんだっけ? と考えを巡らす。


「なんだっけ? なんか、近所に、何かが、あった筈。セロリ? セガール?

……あ。そうだ」


カフェ!


「ということで来ました。コーヒー」


「いらっしゃい。前のでいいの?」


え、あるんですか? 色々?


「あるよ。サイフォンじゃないからね、ウチは。入れ方はドリップだから粉は色々用意してあんのさ。この前は確か、マッチ・コーヒーだったけど、どうする? 相手でも呼んであげようか?」


サイフォン? ドリップ? マッチ・コーヒー? 相手? わからないよ、何?


それらを聞いていると、もう30分経っちゃった。聞けば聞くほどマスターの蘊蓄熱が上がっていくなかで、私から数えて次の来客が扉を開く。


「ちはー。いいマスター? メシとブレンド俺よりで。源さん、一緒にどう? 褒めてよ」


「はいよう。サニーはいるかい?」


「気分じゃない。冴えはしてるよ」


またしても初老のお方。新聞をはたいて仕舞うと、代金を置いたテーブルを

残して去っていった。もしかして、私のせい? そんなわけ、ないよね?


「ま源さんはあんな感じ。良いんだ」


甘いものもブランチもあるよ? と言われたら断れないよ。ブランチ……。


「じゃあ、このハムとチーズのガレットを。あと、プリン・ア・ラ・モードを食後にお願いします……それで」


はいよ、とオーダーを厨房に送る様を見て、あ、あとコーヒーと付け加えようとしたら。隣にぬっと出てくる。


「お姉さんどこの人? なんか俺と同じ匂いがする。多分……配送業? か」


「ちょっと違うかなあ。あんたこそ、引っ越しね? 暑い中寒い中作業するから肌が黒くなってくる……当たり?」


すごいね。と言われて微笑むと、バツが悪そうにキャップを脱いだ若い男。


「アツシ。やめとけ。この人は多分鉄の女だからお前のやわいハートじゃ歯も立たないかもよ? 聞いてよ潤ちゃん。こいつ失恋何回目だと思う?」


なんだよお、とそっぽを向いたアツシは、20代後半。私は30代前半。いけるかと思ってきたんだ? なめられてるわね……こちとら30年物の女やもめよ!


「私は配達梱包の鬼なの。あんたのいかがわしい本やおもちゃだって私がラッピングしたかもしれないのよ? 感謝してほしいぐらいかな? どう?」


カチン、と火打石同士が打ち合わさったような、火花の散るような顔をした。言い過ぎた。反撃に備えないと。


「そういうお姉さんは恋愛遍歴どうなの? 見た所30代前半だけど、彼氏の匂いがしないね。俺がなろっかな?」


カッチーン! 私の頭の中にも火花が散る。あっちから投げられた石。この!


あのねえ! あのなあ!


「はいお待ち。ガレット。あとコーヒーどうする? アツシの作るから飲んでみようか? どうしよう?」


どうする? のぞむところ!


「飲みます! 飲ませてください!」


戦いは休憩。食事タイム。


「ガレット美味しい〜。モチモチでそば粉の香りとハムに塩っけがあって。チーズには塩味もなくてそれがバランス良い! 付け合わせのサラダも!」


「フレンチトースト。カリカリに焼かれた耳もさることながら、ふわっふわの中身の部分。甘く、元気に、美しく。最高だよ、マスター」


なにそれ。あ? ポエジイだよ分かんないの? 分かんないよ意味分かんないよなに? だからポエジイだよポエジイ。


「はい、コーヒーアツシスペシャル」


いただきます……。おう、飲め。


ーー。


「! おいしいね……。少し苦いけど、豆のコクがあって。カフェオレが合うかな? 疲れてる?」


「……ありがとう。俺ホントは疲れてんの。引越しは殺伐とした現場で休まらないの。いつも何かに気を張り詰めてて……頭がおかしくなりそうになるの。あんなの、誰もやりたがらないよな……大変な重労働だもん。人手も増やしてって言っても増えないの!」


あー! とカウンターに突っ伏すアツシに、マスターからミルクを借りてアツシのカップに注ぐ。私のにも。


「なんだよ俺まではいらないだろ!?

自分だけにしろよミルクなんて!」


「ミルクは優しさだよ? 優しさがそこにないのなら、誰かから少しだけ貰いなよ。今日はマスターと私。はい」


うん、濃いからやっぱりカフェオレが合うなあ。口に薄茶色の髭がちょっとついちゃったから、おしぼりで拭く。

アツシは? あれ? アツシー?


「ナマ言ってすみませんでした! 姉さん、また来てくださいよ! 俺と時間合わせてここで会いましょうよ?ね!」


「それはちょっと、まだかなあ……」


「潤ちゃん、アツシは名前通り何でもアツイからね……好かれちゃったか」


「そんなあ。まあでもたまに奢ってくれるなら、いいかもね♪ うーん、甘ーい! じゃあよろしくね、アツシ!」


「コーヒーぐらいはいいけどさあ!」


プリン・ア・ラ・モードを平らげても、まだお喋りは尽きない。なるほど、話しがいがある相手を見つけたぞう。引越し屋のアツシ。私のカフェへ来る口実がまた、増えたのだった。

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