ばかなアイツ

「……なにやってんの?」


 体育倉庫でバレーボールのネットを片付けていたら、後ろから小宮さんが話しかけてきた。振り向くと、彼女はいつも通り、むっつりとした顔をしている。一体何が不満なのか、彼女は僕の前ではいつもこんな表情だ。


「なにって、片付けだよ」


 体育の授業が終わったら、使った備品は倉庫に戻す。つまり僕は今、当たり前のことを当たり前にやっていただけなんだけれど、それでも小宮さんは僕をギロリと睨んできた。


「片付けって、当番制でしょ」


「うん」


「先週も、先々週もアンタが片付けしてんのを見たんだけど」


 小宮さんが腕組みして眉に皺を寄せる。


「良いんだよ。他の人は、部活で昼練習があったり、委員会の集まりがあったりで忙しいらしくてさ。別に僕は用事なんて無いから、丁度いいんだ」


 僕は話しながらも手を動かして、片付けを終える。そして倉庫の入り口に立っている小宮さんの方を向き直った。


「ばかじゃないの?」


「え?」


「そんなの、良いように使われてるだけじゃない」


「……そうかな」


「そうよ」


 小宮さんはそう断言した。

 そっか。他の人から見たら、確かに僕は、良いように使われているように見えるのか。いや、もしかしたら、本当にただ都合のいい奴だと思われているのかもしれない。


「でも、別にそれでもいいよ。誰も損してないし」


 僕は倉庫から出て、校舎の方へ向かう。小宮さんも、僕の後についてきた。


「……アンタが、損してるでしょ」


「別に僕は、片付けが嫌いなわけじゃないし、誰かに強制されてるわけじゃないよ?」


 そこは誤解されちゃいけないから、僕は小宮さんにきちんと説明をする。

 しかし彼女は益々苛立った様子で、髪を自分でくしゃくしゃにしてしまう。


「あー、もう! そうじゃなくて……」


 何か言いかけて、僕の顔を見る。それから、彼女は長い長いため息をついた。


「ばか。まぬけ。お人好し」


 突然罵倒されたかと思ったら、最後は褒められた。彼女は怒ってるんだか呆れてるんだかわからない微妙な表情だった。


「そんなこと言われても」


 僕は僕で、どう反応するのが正しいのかわからなくて、少し困ってしまった。

 彼女の鋭い目に、僕の困り顔が映る。


「ねぇ」


「な、なに?」


 今度は何を言われるのだろう。小宮さんが僕をどう思ってるかって、やっぱりイマイチわからない。僕の顔を見ると不機嫌になるし、「ばか」って言ってくるし……でも、会うと絶対話しかけてくれる。

 

 彼女の気持ちが、僕には分からない。


「来週、昼ごはん一緒に食べていい?」


 小宮さんは不機嫌な顔のままで、突然そんなことを言い出した。


「え、な、なんで?」


「用事があったら、片付けしなくて良いんでしょ」


「……まぁ、確かに小宮さんを待たせるわけにはいかないけど」


「じゃあ、一刻も早く来るように」


 まるで上官が部下に命令するかのような口調だった。

 でも、その声色は少し楽しげで。


「じゃあ、滅茶苦茶急いで片付けするから、待っててね!」


 僕も笑顔で返事をすると、彼女はがくりと肩を落とした。


「まぁ、絶対片付けするなっては言わないけど。……ほんとアンタってばかだよね」


「ばか、なのかな?」


「うん。ばかだよ。まぁでも、そういうところが……」


 彼女ははっとした様子で言葉を止め、手で口の辺りを覆う。


「そういうところが?」


「……いや、べつに」


 そう言ったきり、彼女は黙り込んでしまう。

 なんて言おうとしたんだろう。でも、わざわざ言うのを止めたってことは、話したくないことなんだろうから、聞かないでおこうかな。

 そう思って僕は彼女と同じく黙っていたのだが、そうすると、また僕は睨まれてしまった。


「気になるなら、聞けばいいじゃん」


「え? 聞いてほしかったの?」


 とてもそんな風には見えなかったけど。

 僕が驚いていると、彼女は顔を真っ赤にして、益々鋭く僕を睨みつけた。


「そんな訳無いでしょ、ばかっ!」


 ……やっぱり僕は、小宮さんが何を考えてるのか、わからないや。

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