コンビニ

 学校帰りに、近所のコンビニに立ち寄った。

 特に何か用事があった訳ではないが、何となく。買うものの宛も無かったので、適当にお菓子コーナーをうろついてみる。


「……あれ、円谷くん?」


 駄菓子コーナーを見て昔を懐かしんでいたら、後ろから声をかけられた。

 上質な布のカーテンが、ふわりと風に舞う昼下がりの午後。そういうイメージの声だった。つまりは、柔らかな良い声ということだ。


 僕はその声を聞いてすぐに、一人の知り合いの姿が浮かんだ。彼女との関係が知り合いなのか友達なのか、それとも単に過去同じ学校に通っていただけの関係なのかは諸説あるが、彼女のほうが僕をどう思っているのかが分からないから、知り合いということにしておこう。


 振り返ると案の定、僕の知っている人物の顔があった。でも、その顔は少しだけ大人びているような印象がある。それに、彼女は高校の制服を着ていて、それがなんだか新鮮だった。


「あ、鈴原さん。久しぶり」


 僕は自分の口から「久しぶり」という言葉が出たことに驚いた。でも、考えてみれば僕と彼女は、半年以上会っていなかった。高校生になっても僕は彼女をふと思い出す時があったから、あまり久々という感覚が無い。


「うん。久しぶり。もしかして、卒業式以来かな」


「多分そうだと思う」


 そもそも、余程仲のいい友達でもなければ、卒業式の後に会うなんてことは無いだろう。同じ高校に進学した奴らを除けば、同中の人なんて数えるほどしか話していない。


 そう考えてみると、ここで僕と彼女が再会したというのは、結構珍しい事態なのかもしれなかった。


 なんせ、卒業式以来だ。卒業式、卒業式……。


「あ」


 僕はその時、彼女にずっと聞きたかったことがあるのを思い出した。


「どうかしたの?」


 僕が声を上げたのを聞いて、彼女は真ん丸な瞳で顔を覗いてくる。


「うん。卒業式にさ。僕、鈴原さんに呼び出されたじゃん。あれって、結局何だったのかなって思って」


 そうなのだ。

 僕は卒業式の日、「式の後に来てくれ」と言われて、学校近くの公園で彼女と待ち合わせをしたことがあった。

 もしかしたら告白されるかもと緊張しながら僕は公園に行ったのだが、彼女は僕の姿を一瞥すると「な、何でも無かった! ごめんね!」と言って去っていってしまったのだ。

 思えば、僕たちが最後に会った瞬間というのは、卒業式ではなく、あの待ち合わせだった。


「……えっと」


 彼女の表情が固まる。

 もしかして、何か言いづらい事情でもあるのだろうか。

 罰ゲームで僕を呼び出すよう言われたとか? だとしたら、僕はこれから家に帰って少しだけ泣くかもしれない。


「言いたくないなら、別に……」


「その、えっとね。そう! ボタン!」


 彼女が慌てた様子で声を出した。随分大きな声だったので、レジ打ちをしている店員も顔を上げて、こちらを一瞬見てくる。


「ボタン?」


「そういえば、円谷くん、第二ボタンが無かったよね。卒業式の後! 誰かに告白されたりしたのかなって、私、そう思って!」


 何だか、明らかに話を逸らされている気がする。あの時僕の第二ボタンが無かったのと、彼女がすぐに帰ってしまったのと、何の関係があるのだろう。


「まぁ、後輩に欲しいって言われたから、あげたんだけど」


「!!」


 僕が卒業式の時のことを口にすると、彼女は雷にでも打たれたかのような表情を浮かべる。


「えっと、その後輩の方とは以後……?」


「まぁ、それなりに連絡はとってるかな」


「……へー。やっぱり、そうなんだぁぁぁ」


 彼女は死んだ目で、消え入りそうな声を漏らす。

 ……何だか、誤解されているような気がする。


「部活の後輩がね。ふざけて『先輩の第二ボタン欲しいなぁ(はーと)』みたいな感じで言ってきて。面白いからあげちゃった」


「え、円谷くんって、男子テニス部だったよね」


「そう。男にあげるってのも何かアレかなぁって思ったけど、あの時は部員一同大爆笑だったよ」


 僕がそうやって卒業式の面白かった一幕を語ると、彼女はどうしてか、表情をぱっと明るくさせる。


「そっか、そういうことだったんだ……。じゃあ、別に諦めることなかったんだ……」


「え? 何か言った?」


「ううん。何でも無い! あのさ。ここで会ったのも何かの縁だから……その、連絡先交換しない? SNSのアカウントとかでも、良いんだけど」


 彼女が上着のポケットから携帯を取り出す仕草をする。


「あぁ、うん。是非交換しよう」


 そうして僕らは、連絡先を交換することになった。メッセージアプリの「友達」の欄に、彼女のアカウントが表示される。

 何だか実感が湧かず、僕はぼんやりと携帯の画面を眺めていた。

 すると、彼女は半目で僕のことを軽く睨んできた。


「円谷くんって、表情が読みづらいよね」


「え、そうかな」


「喜んでるのか嫌がってるのか全然わかんない」


「別に、嫌がってはないけど……」


 そんな会話をして、僕らは別れた。彼女は自転車で通学しているらしく、愛車にまたがって早々に先を行ってしまった。


 なんだか緊張が解けた感じがして、ふとコンビニの方を見る。


 ガラス張りの窓に映っていた僕は、やけに嬉しそうに笑っていた。

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