第9話 スカウト
朝、目が覚めるとまず、コーヒーを淹れる。お湯を沸かしている間にナビから転送されてきた命令書を読み、机に放り投げた。
『ちゃんと読みました?』
すかさずナビからツッコミが入るが砂糖を多めに入れたコーヒーを啜りながらテキトーに頷くとネキが眠そうな顔でやってきた。
「おはようございます。今日はちゃんと起きれたんで……。ナビ、黒崎さん寝てるよ?コーヒー飲みながら!」
『流石にそれは器用すぎません……?本当に……この人は……。』
即座にマニピュレーターが伸び、コーヒーを回収。その後速やかにナビが起こしにかかった。
『たまに早く起きたと思ったらこれですよ全く!』
「んあ?おはよう。ナビ、ネキ。」
『次から寝ぼけてコーヒー淹れないでください。零した後の掃除が大変なので!』
「……流石の私でもそんなに器用じゃないよ。しっかりと意識はあった。ただ、資料見てたら眠くなって……。」
「新しい命令書ですか?どれどれ?」
『今年もやるみたいですよ。異能犯罪者狩り。』
「うぇ。」
異能犯罪者狩り……。
この世界にいる異能者は大まかに三種類分類できる。
一つは私やナビように研究室で育てられ、逃げた者。
一つはネキや八神のように調査員として登録された者。
最後にこうして異能犯罪者として街で暴れる者。彼らは専用施設に収監され、調査員のような刑務に就くと聞く。
「今年は……どんな方々何ですかね」
「命令書にある異能犯罪者は三人組みみたいだね一人は電脳系、一人は私と同じ自己強化系。硬化が得意らしい。もう一人は炎を操るってさ。」
『寝ぼけてる状態でよく読めましたね。』
「寝ぼけてないってば」
「でもこれ最後の方に注意書きが……どうやら今回はスカウトしに行くみたいですよ?」
「おはよ……?スカウト?俺らが?」
八神が起きて漸く全員が揃った。
「さて、きっちり説明しとこうか。ナビ、よろしく」
『……なぜ私に振るんですか……本当に……。』
「私が知らない話があったらまずいでしょ」
『……はぁ。今回の命令は異能犯罪者のスカウトです。「黎明団」なる違法異能組織から逃げ出した三名の異能犯罪者の確保、並びに黎明団壊滅となっています。』
「黎明団?」
『異能者差別反対を叫ぶ過激集団です。塔に移動中の調査員が何度か襲われ、委員会庁舎も何度か襲撃を受けています。』
「恐れを抱くから差別に繋がると言うのに……委員会そのへん考えてないのか?」
「考えていたとしても実現は出来ないでしょ。それに委員会としては一般人の異能者は対立していて欲しいだろうから。」
「今回のように人材発掘がしやすくなるから……ですか?」
「その通り。」
『今回特例で外出許可を得ています。街中で異能を使わないでくださいね。』
「私のネキは使っても使わなくてもバレにくそうだけどね。」
「八神さんはバチバチするからダメですね。」
「指先からスタンガンレベルの放電するくらいならバレねぇバレねぇ。」
『あなた方は街中での異能使用がそもそも違法だということを意識しないのですか?遵法精神は無いんですか?』
「法律が命まで守ってくれるなら守るけど法律が守るのは権利と財産だよ。」
「相手はこっちを殺しにくるかもしれないのにこっちは相手を害しちゃいけないなんて知らないな。喧嘩はお互い対等にやるもんだ。」
『やれやれ……彼らの居場所は旧市街区の地下施設跡です。』
「もう特定したんだ。」
『電脳戦はまだまだひよっこみたいですね〜。罠かもしれないので十分に備えてください。』
「さすがナビ……抜け目ない。」
『油断は死を招く大敵です。』
「それじゃあおさらい。敵は旧市街区地下施設跡。罠かもしれない。確保優先殺しは無し。数は三名。」
『黒崎、市街区での能力使用は禁止ですよ。忘れないでください。』
「はーい」
旧市街区。そこは塔に最も近く、当初塔関係者達のベッドタウンとして栄えていた。しかし、次第に化物がちょくちょく外に出る機会が増えていくにつれ彼らは市街区を別に造ったらしい。今は廃墟と違法集団の溜まり場だ。
今は荒れたインフラ設備の一部。壊れた水道管から溢れた水が泉を作り、低難易度の化物が屯していた。
「ナビ、本当にここに居るのかな?」
『えぇ。ここのエリアを封鎖しました。ですのでこのエリアからは出られません。』
「因みにエリアの範囲は……?」
『四キロ四方ですよ。』
「広ッ」
「まぁ、手分けしようじゃん。八神とネキはあっちを探して。私はこっちに行くから。」
「あ?あぁ。」
一人。視界の端にとらえた。ナビの探査や八神のレーダーをかいくぐるとは中々骨がありそうだ。
暫く細い道を歩いてあとをつけると人影はふと立ち止まった。
「こっちに食いついたか。馬鹿なヤツめ」
「あらら、バレちゃったか。なに、君を殺す気はさらさらないよ。」
「殺す気はなくとも捕まえる気はあるんだろ?」
「君の返答次第かな木下堅固くん。」
「本名までバレてんのか。仲間内ではロックで通ってんだ!」
名前を言ったのは挑発の意味を込めてある。言葉尻から彼の性格を類推、恐らく通り名があるだろうからそれを刺激することで怒らせる。
作戦は概ね成功と言っていいだろう。
「へぇ。それじゃあ質問。私たちと未知を既知とする調査しない?」
「は?能力差別者共の犬になれってか?」
「今と大して変わらないじゃん。」
「なんだと?」
「黎明団とかいう組織の犬だったんでしょ?上の組織が公認か非公認かの差じゃないか。どの道犬以外の選択肢がないでしょ?市民権でも訴えてみる?君の言う能力差別者共に」
「うるせぇ。お前みたいに落ちぶれた能力者になるくらいならお前を殺して殺された方がマシだ。」
「そう。まぁ、私が落ちぶれてるかどうかは別として君自身の判断は今の所変わらないと?」
「もう喋んな。お前。」
ロックはアスファルトを捲りながらこちらに突っ込んできた。腹部に突き刺さる拳は硬く。内臓を破壊するには十分すぎた。
壁にたたきつけられ、血反吐を吐く。まぶたの裏で星がチカチカするが、尚も口を開く。暫くすると逆再生のように正常な位置に臓器が移動し、気分が悪くなる。
「いったた。女の子のお腹なんて殴るもんじゃないよ。」
「なんだお前……。なぜ死なない?」
「ちょっと身体が頑丈にできてるんでね」
「な、」
無理は承知。さっさとケリをつけねば私が先にダウンする。
一息で強化した脚を使い間合いを詰める。そのままラリアットをぶち当て、体勢を崩したところにすかさず足払い。
倒れる頭を引っ掴んでアスファルトの剥げた地面に叩きつけ気絶を狙う。
『ちょっ。黒崎、殺しはまずいですよ!』
「大丈夫。彼は死んでないよ。それよりこっちについてていいの?」
『私の敵もそっちにいるんで。』
ナビの敵?電脳っ子が近くにいる?何故?
『来ましたよ九時の方向!』
「ロックは任せたよ。」
『あなたに言われるまでもありません。もう確保しました。』
「仕事が早くて助かるね。」
「ロックをどこへやったの!?」
物陰から出てきたのはボロボロの人形を抱えた少女だった。赤い瞳、金色の髪。そして背後にいる機械の塊やぬいぐるみ達が彼女の能力を示唆している。
「電脳っ子じゃないじゃん。どう考えても操作系じゃん。」
『分が悪いですね。』
「最悪かもね」
元来私の戦闘法は中遠距離の相手に分が悪い。接近しなければ攻撃できないからだ。
相手は恐らく操作系。何で操っているのか分からないが迂闊に近寄るのも愚策。
「ロックはどこ?」
「ロック?さっきの硬い男かな?ここよか安全なとこにいるよ。」
「嘘!ここより安全な場所なんて無い!」
何かが私の横を通り過ぎた。それは後ろの壁を破壊すると爆発し、焦げ臭い臭いが辺りに立ち込める。
「嘘なんてつかないよ。つく理由もない。君たちあの黎明団とかいう組織から抜けて逃げてきたんでしょ?なら追われる身って訳でしょ?」
「……。」
聞く耳を持ってくれた。見た目に反して意外と分かる子なのかもしれない。
飛んでくる物体を紙一重で躱しながら話を続ける。
「私は調査員だよ。塔の調査担当の。でもまだ下っ端だからこういうスカウトに駆り出されてるわけ。いわば君らの後ろ盾になれる組織ってやつ。」
自分で言っていて反吐が出る。あの糞組織を自分が擁護するとは……。
目の前に落ちた物体が爆発を起こし、吹っ飛ばされる。そしてそこにパイプのような物がいくつも飛来し、私の身体を貫通した。
「痛い……な。本当に……。話を聞かない連中はこれだから……。ナビ……もう、良いよね。」
『……程々にしてあげてください。せめて』
「……。」
身体に突き刺さったパイプを乱雑に抜き、全力で投擲する。全て彼女の周りに叩き返し、即座に接近。加減しつつ鳩尾を正確に打つ。
「かっはっ」
胴を打たれて少し上がった身体を上から叩き落とし、落ちた身体を再度蹴りあげる。
「私らは君らを救いに来た。攻撃するなら容赦はしない。分かった?」
息も絶え絶えになった彼女を掴みあげると彼女は恐怖と共に首が取れそうな勢いで頷いた。
「私達は君らを使い潰す気は無い。使い潰す気なら既に殺している。」
私は静かに、怒っていた。助ける気のない第三者への威嚇として。
『黒崎!危ない!』
そして、ついに彼は痺れを切らせた。矢が雨霰と飛来し、彼女ごと私をその場に縫い止める。ご丁寧に矢には痺れ毒が塗られており、身体の感覚が徐々に麻痺していく。
彼らは……本当に……イラつく。
他人を見下す態度、人の話を聞かない身勝手さ、そして……仲間を仲間とも思わない姿勢……。確かに私達ですら仲間ごとやる事はある。だが、最低限当たらないようにするし、当たっても死なない程度に済ませる。
しかし彼らはどうだ?今のは仲間であるこの子が死んでも構わない撃ち方だった。
彼女自身まさか自分ごとやるなんて……という驚きの表情を浮かべている。痺れ毒でその顔のまま痺れているから尚のことだ。
「ふふふ。よくやったイリーナ。その化け物は僕に任せろ。くびり殺してやる。」
「……仲間……ごと?」
何食わぬ顔で振り返ればそこには赤毛を逆立てた男が物陰からこちらに弓を向けていた。
「なっ毒が効かないのか?」
「ナビ……一人くらい減ってもいいかな?」
『ダメです。貴女がそちら側に落ちる必要は無い。そのアホは私がどうにかします。貴女は休んでください。』
「無視するんじゃねぇ!」
男が矢を放つもその矢は目の前に現れた小さな門に吸われ、その後彼の足先に突き刺さった。
「グアッ」
『どうも。サポート兼ナビゲーターのナビです。貴方は彼女の仲間でもなんでもない。黎明団の人間ですね。ちょうど良かった。聞きたいことがあります。』
「なっ……どこから……。」
『とても……とても安全なところから……ですかね。』
「くっそ。仲間か!」
『えぇ。そうです仲間です。痺れ毒効いてきました?』
入口と出口の創造。それは視認していないと失敗しやすいとナビは言っていた。にもかかわらずそれを利用してあの弓野郎を圧倒している。
「く、くそ……。ロックを……返せ。」
「イリーナ。私を信用して貰えないかな?対価は……君の命でどう?私は君の命を守る。今まさに窮地にいる君と私の命をね。」
「……。」
「クソっ卑怯だぞ!姿を見せやがれ!」
『家庭の事情により姿は見せられませんよ。身体中に包帯を巻いた子どもくらいに思っていてください。』
「姿を見せねぇならお前の仲間を今すぐ殺してやる!」
男は何本もの矢を放つ。どうやらハイテクな機構が備わっているようで空中でクラスター爆弾のように散ると勢いそのままこちらにやってくる。
『足の一本くらい貰っちゃいますか』
私たちの下に収束するように飛んできた矢は、次の瞬間男の足に集中的に刺さった。
「ぐっ」
『痛いですかね?あなたの異能で作られた矢ですけど。』
「……ふぅ。やっと全身の毒が抜けた。」
「なっ」
「イリーナ。私はちょっと傷の治りが早いのが自慢なんだ。」
地面を抉りながら男の眼前に移動すると即座に腕を蹴り上げ、引きちぎる。
「ぐあっァァァァ!」
「煩いよ。高々腕一本飛んだだけだろ?もう一本行っとく?」
男の肩を強化した筋力で踏み潰す。男はいよいよ耐えられなくなったのか震えだし、洗いざらい喋った。
「た、頼む。命だけは命だけは……。」
「そうやって命乞いしてきた人間に君はどうした?」
「ひっ」
『せめてもの情です。彼らのアジトに送り返してあげましょう。』
「クール便で?」
『バラバラにして額縁に入れてもいいですね。まぁ、このまま両腕片足を飛ばした状態で既にいつ失血死してもおかしくないのですが』
「殺しは無しじゃなかったの?」
『戦闘では殺してません。彼は息も絶え絶えに瀕死の重症を負ったが何とか調査員から逃げ果せ、仲間と合流する手前で死亡した。
だけです。』
「ナビ……怖。」
「こ、こわ……。」
『心外ですねほぼほぼトドメさしたのは黒崎でしょうに』
「殺しはしてないもん。」
『やれやれ。』
「お、やっぱ黒崎だよ。」
「黒崎さん。一人捕まえまし……なんですこの惨状?」
「やぁやぁおふたりさん。こっちは二人スカウトしたよ。」
「へぇ。スカウト……ね。殺したの間違いかと思った。」
「どうやら八神と私は戦わなきゃいけないようだ。」
『止めなさい二人とも。今回の任務は完了しました。今帰還の準備を始めます。』
「あ、ナビ、ちょっと待ってください。私と八神さんでちょっと凄いもの見つけちゃったんです。」
『?ちょっと凄いもの?』
「ゴブリン共の巣だよ。奴ら塔の外に巣を作りやがって適応しだしてやがる。」
「それは聞き捨てならないな。即座に討伐しないと。」
『……。確認しました。後ほど報告書を提出するようにとの事です。』
「……。面倒くさ……。」
「と、とりあえず……案内します。」
戦闘第二幕が始まりそうだ。私は……。先の戦闘のせいか少しばかり動きが鈍くなり始めていた。
7つの塔 神崎詩乃 @shino0417
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