第8話 第八層調査

前も後ろも右も左も、緑、緑、緑と緑に染め上げられた場所。時折聞こえてくる鳥の鳴き声がジャングルの中にいると強く思わせる。屋内にいるはずなのに亜熱帯気候が体力を消耗させていく。

「あ〜暑い」

「暑いとか言わないで。余計熱を意識しちゃう。」

「八神さん。足元気をつけてください。この辺底なし沼地帯ですよ。」


下半身を泥だらけにしたネキがうんざりしたような顔で言う。

『しっかりしてくださいよ。あと二十メートル先が今回の調査地域です。そこで土の採取、植物サンプルの採取を行ってください。』

「へいへい。おっとこいつは……。」

『敵性生物接近。もう目視圏内にいるはずですがどうですか?』

「でかい岩があるくらいなんだけどもしかして……」

特殊装備を身につけ、一気距離を詰めると思い切り岩を蹴りあげた。

「へぇ。」

岩に擬態した亀の内臓が砕け散る。同時に私の足も砕けただろうと思ったが何故か足は健在。装備はヒビ一つ無い。

「すごいじゃん。これ」

『当たり前です。何のための特殊装備だと思ってるんですか?』

「ナビ、それどころじゃねぇぞ。今ので気づかれたみてぇだ。」


蹴り砕いた岩亀と同じような岩が次々と底なし沼から現れる。それぞれが大きな岩だ。勢いよく突進でもされたらその瞬間粗挽き肉になってしまうだろう。


『逃げなさい。あなた達の力でどうにかできるラインは超えてしまった。』

「早ぇな俺たちのできるライン!」

「時間を稼ぎます。その間に安全区域に!」

「ネキ達じゃ時間稼げないでしょ」

「広域破壊なら任せろ。」

「私たちが安全になったらね!」

次から次へと岩亀を蹴り砕いていく。ネキと八神は上手く連携していた。

「あと何匹……?」

「……あと……十五匹くらい」

「何匹いるんですか!?終わりのないゲームかなにかですか!!」


無駄口は余裕な証拠。今までと違い明らかに継続戦力が上がっていた。

「今回って装備品のテストなんだよね……さすがにもういいんじゃない?」

『私はだいぶ前から逃げるように言ってます。』

「ナビの忠告聞いとけばよかった。」

「おい、でかいのが来るぞ。」

「「何です?この騒ぎで階層主来ちゃいました?」」

『階層主!?早く離脱しないと!』

「そうだね。流石に階層主はやばい。三人でやるもんじゃない。」

『準備します。』

「「もう来てますけどね。」」


視界が急に暗くなる。見上げれば大きな岩山が雄叫びをあげていた。雄叫びと同時にとてつもない威力の尾攻撃がネキたちを文字通り吹っ飛ばしていく。


「「八神さん!あとをよろしく」」

ネキ達が意を決して大増殖しながら岩山に飛びかかっていく。何人かは飛びかかったタイミングが悪かったのか空中で吹き飛び消えてしまった。

「八神!最大出力!」

「うるせぇ!」

蒼白く発光しだした八神を後目に私は岩山の下に潜り込み、まだ柔らかそうな腹目掛けて蹴りあげる。


その時、視界が白んだ……。

原因は限界まで溜め込み、放たれた電磁砲だ。余波で岩山に飛びついていたネキ達は消し飛び、岩山に大きな穴を開け、周囲の水場は底なし沼以外蒸発した。

私もそんな中無事でいられる訳もなく。電気が流れて皮膚が焼け、筋肉繊維がブツブツ千切れる音が聞こえた気がする。しかし、どうせ治ると割り切り岩山に潰される前に脱出した。

「痛っ!」

落ち着くと痛みがやってくるものでどこか怪我をしたのだろう。傷口を確認しようと痛みのあった左手を確認しようとして、驚愕した。


そこに付いているはずの左手はなかった。何かに噛みちぎられたような痕だけが残っていた。

「うわ……欠損は……どうなったんだっけ……。」

私の異能「再生」で簡単に治る。だが、その代償はなんだろうか……。左手首から先が無くなり血液が恐ろしい量出ているが既に傷口には新たな手が生え始めていた。


『……ガ……ガガ…。』

八神の放った電磁砲の副作用として当たり一帯は強力な磁気にさらされ、通信機器は軒並みノックダウン。ナビもこの電磁嵐のような磁界に辟易していることだろう。壊れていないのが逆に奇跡だ。


「……だ……大丈夫ですかー黒崎さーん」

ネキの声が遠くに聞こえる。鉛のように重くなった身体を引きずって起こしてみれば世界が一変していた。


緑緑緑と茂っていた森は今や紅く燃え、岩亀達は死に絶え、八神の周りは未だに電気がバチバチと火花を散らしている。

「八神!」

「八神さん!」


八神の状態は悪かった。今も尚青白く発光しており、時折電撃が空を走っている。試しに分身ネキが近寄ったところ自動迎撃システムのような正確さで消されてしまった。

「これじゃ近寄れません!でも、何とかしないと!」

「通信機器が回復すればナビが……間に合わない!八神!寝てないでそれしまってよ!」

わかっている。八神の意識は今無いと。そう。私は焦っていた。


今私が八神に掴みかかれば彼は私を容赦なくその稲妻で焼きに来る。それをネキに見られてしまうと私の第二異能が露見する可能性がある。

ネキは仲間だ。だから知られても構わない。しかし、知られて……距離を置かれるのは少し辛い。それに、万が一ネキから情報が漏れてしまえば私はまた監獄に閉じ込められる。


『仲間を犠牲にしてまで自分が大事か?』


……。このままじゃ八神が死んでしまう。八神は電池みたいな能力を併せ持つ。彼は今発生させすぎた電気で自分が焼かれているのだ。あの電気をどこかに逃がす必要がある。


打つ手なしと諦め、八神を見殺しにするか

リスク覚悟で八神を助けるか

リスク覚悟で行って八神が助かる保証はない。結果死んでしまう可能性だってある。

だが、今何もしなければ彼が助かる確率はゼロのままだ。


「私が行く。ネキ、その辺の泥水私にかけて。あと、なんかのケーブルがあれば頂戴。私が八神に近づいたらネキは離れて。今から感電しに行くから。」

「何を言ってるんです!そういう危険な役目は私の分身に……」

「あの電撃に耐えられる身体が必要でしょ?なら私が行くべきだよ。私なら耐えられる。」

「でも!」

「良いから!ネキ、君本体は安全な所まで下がって。ここは底なし沼地帯だから根っこが繋がってる可能性がある。水から十分離れてて!」

「……。分かりました。黒崎さんがそう言うのなら……。私は下がってます。念の為分身体を数体残して行きますよ。」

「わかった。」

ネキの分身が私に泥水をかけ、 持ち物で金属製の盾を作る。勿論持ち手にはゴムシートを巻き直接身体に電気が流れないようにした。


「「黒崎さん。気をつけて。」」

「……あぁ。」


昔ライブラリーをハッキングして中身を閲覧していた時に見たことがある。ゴルフという競技中に急な雷雨に見舞われ、雷が直撃したが生きていた男の話を。


なぜ男が生き延びたのか。私は興味を持った。もしかしたら自分と同じ異能で雷に打たれても平気だったから……。そんな夢らすぐさま崩れさるとも知らず、当時の私は調べた。結果は雷が体表面の水分に導かれ、心臓や中枢神経といった重要器官に当たる前に地面に流れたからというものだった。


「八神!起きろ……電気漏らしすぎなんだよ!」

一歩、一歩と近づくにつれ、手にした即席電気よけ盾が融解していく。周囲の異様な磁場に血の気が引いていくような気がした。既に毛先が焦げている。


近づくものを攻撃している稲妻が盾を通り地面に流れる。

「ぐっ……や、八神……。」


蒼白い電気が肌を焼く。焼かれる度に再生し、まるで無限に電気椅子にかけられているようだった。


「八神……。君はいつもやりすぎなんだよ……。」

肌を焼かれ、体表の筋肉が上手く動かなくなりつつもじりじりと先に進む。そして、ボロボロになりつつ八神の元まで辿り着くともう開かなくなってきた手を無理やり引き剥がして八神に銅製の筒を持たせ地面に突き刺した。


バチバチバチッ


瞬間視界が爆ぜた。音が遠のき平衡感覚を失うと同時に激痛が走った。人間の焦げる嫌な臭い。それが自分の焦げてる臭いなら尚更だろう。


意識が飛ぶ寸前、倒れる私を誰かが受け止めた感触だけを感じた……。


「……何……してんだよ……馬鹿女」

『あぁ!ようやく繋がった!……え?黒崎?え?八神?ネキ?な、何があったんですか?』

「黒崎さん!ナビ!急いで先生のところに!」

「俺は……大丈夫だ。少し電気が足りないくらいだから。それにしてもネキ、何があったんだ?」

「黒崎さんの治療が先!ナビ!早く!」

『今開けます。黒崎は別口で飛ばしますよ!』

「ほ、本当に……何があったんだ。」

『念の為八神も治癒院に飛ばします。ネキは怪我していますか?』

「私は大丈夫。」

『話は後で聞かせてもらいますよ。』

「うん。」


あれから……何分たったのだろう。八神は無事なのだろうか……。ネキも他の化物に襲われていないだろうか……。ナビはどうしているだろう……。今の私は……どこに……。


「起きなさい馬鹿」

声が聞こえた。懐かしい……声。重くなった瞼を開けると心配そうな顔で見つめるナビの姿があった。

「……な……なみ?」

「喋らないで。大体見れば分かります。今は回復に務めなさい。」

どうやらまたナビの部屋に隔離されたらしい。しかし、今回はきちんと意識がある。損傷としてはかなり酷かったし再生の異能を明らかに使いすぎていた。だが、あの強烈な眠気はまだ来ていない。

「貴女には分からないかもしれませんが、こちらの制止も聞かずに一人死地へ向かう知り合いをカメラ越しに見続けるのは嫌いなんですよ。」

「あぁ。そうだろうね。私だって嫌だ。」


そうか、ナビ目線では私たちに声を送るしか無かったのか……。

ナビの方を見やるもナビは背中を向け端末になにか打ち込んでいる。


「通信機は何かしらの強化が必要ですね。今後こんなことがあっては困りますし。」

「そうかもね」


「ねぇ。今度四人でどっか行かない?どうせ休暇届け溜まってるんでしょ?」

「なっ……私がこの部屋から出られないのは知っているでしょう!?それに……なんでもありません。」

仲良くなったら別れが辛くなるだけかな?

もう十分仲良いだろうし、十分辛いだろうに。

「そういえば、どうしてナビはこの部屋から出られないの?」

「私の異能は転移ゲートを任意の場所に設置できます。本来は視覚情報が必要ですが、カメラや外の人の視界を乗っ取る事で克服してあります。だからですよ。」

「出たら逃げたとみなすと?」

「そういう事です。因みにこの部屋には出入口がありません。出たければ私の御機嫌をとる事ですよ。」


振り返りもせず身体はモニターに向いているが語尾に音符がつきそうなナビは御機嫌そうだった。

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