第7話 能力暴走
気持ちのいいふかふかとした感触。ほのかに香る洗濯されたシーツの香り。ふむ、どうやら私はベッドの中にいるようだな?
目を覚ますと白髪の小柄な美少女が心配そうにこちらを見ていた。
「あー……おはよう。ナビ。」
「おはようじゃありませんよ馬鹿。ほんとに……あなたって人は……。」
「……あはは。そういえばナビ、どうして外に?」
「外にはいません。ここは私の部屋です。」
「……何故?」
「あなたを匿う為です。」
「匿う?」
「えぇ。少し疑われ出したもので。あなたが無茶ばかりするから。」
「あぁ、なんとなく察しはつくよ」
単独で血蜘蛛を倒す能力。確実に死んでいそうな怪我の痕。寝ていると気づかれなければ死んでいると判断されていただろう。
「皆は?」
「また治療室送りですよ。八神は骨折数カ所。ネキは能力の過剰使用により寝込んでます。今は静かですけどね。」
「そう。全員生きてて良かったね。」
「黒崎……少し良いですか?貴女の身体のことです。」
「ん?改まってどうしたの?」
「貴女……恐らく今死なない身体になってます。」
「は?」
「バイタルと映像を確認し、解析しました。貴女、血蜘蛛の攻撃で確実に一度死んだんですよ。」
「死んだ状態から……再生した……と?」
「えぇ。」
「能力の限界としていつかは確認せねばと思っていたけれど遂に人間の夢叶えちゃったか……」
「相も変わらず呑気な頭ですね」
「もう色々ぶっ飛んでて何から理解すればいいのか分からないんだよ。」
不死なんてろくなものでは無いと知っているから……。限りがあるから人は命を大切に使おうとすると知っているから。
「あ、そうそう。あなた達の怪我が酷すぎるので特殊装備申請を出させてもらいました。」
「……は?」
「特殊装備ですよ。完全オーダーメイドの。データは私から渡してあるので黒崎の能力は秘匿されています。」
「審査通ったの?」
「えぇ。つつがなく。昨今の調査員情勢では多少リスクがあっても調査員を強化しなくてはと上も思っているようです。再来週には届きます。」
「それで?私はいつまで入院なのかな?」
「私が飽きるまでですよ。」
悪戯っぽく笑う白髪の美少女。その狙いは飽くなき探究心だろう。
「さすがに……冗談だよね?ナビ……いや……七海……。」
「そっちの名前を知っているのは貴女だけですよ。黒崎。」
ジリジリと詰め寄ってくるナビをどうにか押さえ込みながらチャンスを伺っていると意外とすんなりその時は訪れた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。増殖能力者暴走。増殖能力者暴走。至急小隊長並びにナビゲーター、事態を収束させろ。』
「増殖能力者だってよ。」
「……ネキ……大人しくしていてくれれば良かったのに……。」
「じゃあナビ、ネキ本体と分身を演習場αに飛ばして。」
「分かりました。くれぐれも能力使用は控えてくださいね。貴女一度死んでるんですから。」
「善処しまーす」
何とかナビの部屋から脱出すると私は演習場に飛ばされた。しばらくするとネキがバカスカと放り出され、地に積み上がった。
ナビも相当お冠なようだ。
「「あぁ、黒崎さん。良かった……。生きてた……。」」
「は?何を言ってるの?変なものでも食べた?」
『黒崎、何かおかしいです。ネキの体内に何かいます。』
「その何かが能力を使っているのかな?」
『いえ、むしろ逆ですよ何かと戦う為に防衛本能として能力を使っているのでしょう。』
「取り敢えず…シバキ倒すか。八神がいると楽なんだけどね。彼範囲攻撃得意だから。」
『本物のネキを傷付けないでくださいね。』
「じゃあ本物の割り出しよろしく。ナビならできる。」
『……。やってみます。』
会話しながらもネキは容赦なく分裂を繰り返していく。普段の調査のように武器を持っていない素手だからいいものの、そうでなければ既にこちらに勝機はない。
「戦闘訓練開始!」
まずは歩法でネキを混乱させる。右に左にネキの攻撃を躱し一人ずつ消滅させる。
しかし、ネキも心得ているもので必ず何人かで分けている。そのせいでこちらの被弾も増えていくが再生していくので数の限界と再生限界との戦いになる。
「「黒崎さん。私、怖いんです。こんなに自分が増えてしまうとどれが分身でどの私が本物なのか。迷って……怖くて……」」
「自分自身の能力に感情移入するもんじゃないよ。どうせ殴ったら消えちゃうくらいの耐久力しかないのに。とりあえず殴ってみて消えたら偽物くらいでいいじゃないか。」
分身系異能持ちによくある事だ。意思ある自分と全く同じ姿がそこにある。鏡で見たのとは違う。触れる、呼気がわかる。自分と全く同じ顔が自分と全くおなじ様に生きている。
自分が自分で無くなるような。自分が他人になるような。そんな気持ち。心の棘が抜けないままここまで来てしまったのだろう。
会話を続けながらネキを少しずつ削っていく。私だって顔見知りの顔を殴り、その肉々しい感触と一瞬見える恐怖の表情を見続けるのなんて嫌に決まっている。だからいち早くネキに事態を収束させて欲しい。
「ネキ、君は君だ。他の誰でもないし、君がこの中に紛れたところで私には君がわかる。」
この調査隊が作られ、ネキが入った時から。その戦い方は見てきた。本体を守らねばならない関係上分身たちの目が違う。
「「分かるわけ……無いじゃないですか。私ですら分からないのに……。」」
「ふふっ。断言するよ。君がネキだ。ネキ・クライスだ。他のネキを消してみな。君だけは消えないから。」
「……。黒崎……さん。」
「おつかれ。さて、この始末……どうしようか?ね、ナビ。」
『私に振ります?今そこから動かない方がいいですよ。「軍」が拘束具持ってそちらに向かってます。』
「げっ」
『暴走自体は既に事件として取り扱われています。「軍」としての表向きは黒崎が説得に失敗した為に特例として異能者を拘束した。といった所でしょうかね。』
「そうだろうね〜。軍としては危険な異能者を拘束出来て委員会の面子も潰せる更には世論を動かして事態が悪化なんてシナリオもありそう。」
「わ、私のせいで……。」
「まぁ、なるようになるんじゃない?」
『誰ですかこんな能天気馬鹿を隊長に任命したやつは!』
「しっどうやら軍の連中が到着したみたい。ナビも捕まりたくなかったら黙ってた方がいいよ。」
扉の外に大勢の気配扉がほんの少し開き、何かが出てくるその刹那。大きな声が廊下に響いた。
「おやおやおや。『軍』の方々が大勢でどうかなさいました?」
「海堂委員。ご存知ないのですか?異能暴走者が出たのですよ。」
「知っていますよ。調査員ネキ・クライスが自身の能力に悩み、恐れ、それを今ぶつけた。軍の方々がそんなに大勢で……それも拘束具を持って来るような事態ではないですよね?」
「海堂委員。それは考えが甘いですよ!あえて言わせていただくと奴の異能はかなり特殊です。更に今、暴走状態にある。何があるか分かったものでは無いのです。ましてやあの塔に出入りしている調査員。今回の件は我々としても看過できない問題ですよ」
「彼女らだって人間です。不安にもなります。ましてやあの塔に出入りしている調査員です。その精神的負担は我々が推し量れるものでは無いはずです。それに、もう説得は終わったようです。ここは一先ずお引取りを。」
「何?……。くっ。撤収するぞ。」
海堂が……私達を助けた?何故?メリットは?
「やぁ。君たち。落ち着いたかね?」
「は、はい。すみません。取り乱してしまって……。」
「無理もない。君達はあの塔に登っているのだよ。精神的に不安定にもなるさ」
「どうも。ほら、ネキ、行くよ。」
「八神くんにも宜しく伝えておいてくれ。」
「失礼します。」
(君達は……私の計画に……必要だからね)
背中に氷を突っ込まれたような悪寒が走る。冷や汗が滝のように流れ、ぴちゃりと廊下に落ちた。壊れたブリキ人形のようにぎこちなく振り返ると既にそこに海堂の姿はなく、ただ平穏な廊下だけがあった。
「どうしたんですか?黒崎さん?」
『黒崎、心拍数が異常な数値ですよ?どうしました?』
「ナビ、特殊装備の配備はまだ?」
「明日の予定です。八神も明日には退院ですし。」
「やけに早いじゃん」
「え?まさか……黒崎さん……今日が何日か分かってます?」
「へ?」
「黒崎さんが倒れてから三ヶ月くらい経ちました。本当に……死んだんじゃないかって……不安で……。」
「それは……心配かけたね。ナビも教えてくれればいいのに。」
『聞かれなかったので。というか三ヶ月も寝ておいて衰えもしないって……化け物ですか貴女は……』
「化け物とは心外だなちゃんと衰えてるよ。多分」
恐らく再生が勝っているだけである。どうやら私の「再生」について今後まとめていかねばなるまい。
『八神にとっては退院早々ですが、調査任務が入っています。場所は第八層。変遷による植生変化の調査です。』
「第八層か……一調査隊には荷が重くない?ほぼ最前線じゃん。」
現在の最大調査地点が第十層。第八層は一昨年まで最前線だった。屋内のはずなのに中はジャングルが広がり、危険な動植物がそこかしこにいる。変遷により多少難易度は前後するがそれでも最前線の連中が念入りに準備を重ねて行くような場所である。
『植生の調査と並行して特殊装備の試験運用も兼ねているようです。』
「やれやれ……。OK。ナビ準備を頼んでもいい?」
『もうしてあります。特殊装備の審査を通す条件でもあったので。』
「あらそう。ならあとは八神を拾って向かうだけだね。」
さっき海堂が言っていた計画とやらに巻き込まれるのは御免こうむるが、現状その計画とやらが何なのかを知らずに動くのもまた危うい。油断せず慎重に行動しよう。
そう決めたはずだった。
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