第6話 第二層塔内調査
四層を爆破して二週間。私達は低階層で調査を再開させた。八神たちの怪我は一週間前には治っていたが、落ちた体力は戻らず、低階層でリハビリを兼ねている。
「黒崎さん。ヤスリ蜥蜴ですよ。」
「へぇ。こんな所に居るんだ。」
「確かに珍しいな。塔のまわりにはいるらしいけど……」
『ヤスリ蜥蜴ですか?また分布が変わったんでしょうね。』
ヤスリ蜥蜴はその名の通り体がヤスリ状になっており、簡単な刃物などを研いだり削ったりする事が可能な生物である。成長すれば体長二十センチ程になる蜥蜴だ。
「ヤスリ蜥蜴の好物でもあるんですかね〜」
「この辺も前回調査と全く違う感じになってるもんな。ナビあとどれ位進めば階段があるんだ?」
『向かって右の通路に入って道なりに進むと階段がありますよ。』
「マジかよ近いな!」
「ねぇ、アレ……何?」
階段室まで続いているだろう廊下は今緋く濡れていた。そして、鼻につく鉄錆の臭い。
「……血……ですかね」
「……何人分だ?あれ」
「そもそもなんであんな所が血みどろになっているの?」
『総員警戒してください。まだ近くになにか居るかも知れません。』
「うーんと……上かな……。」
「「うわぁ……」」
目線を上にあげるとそこには八つ脚の化物が天井にしがみついており、醜悪な顔から舌のような器官を伸ばしていた。どうやら血液が主食なようでこちらには目もくれずひたすら啜っている。
「気づいてないのか?」
「いや、あの雰囲気は……」
『デザートは後に取っておくタイプですかね』
「「ナビ、やめてくださいよ。縁起でもない」」
あながち間違いでもないのだろう。あの血溜まりを作ったのが奴ならば私達はデザートか捕食対象外である。
『血蜘蛛……。こんな所に生息域が変わってるだなんて……。』
「ナビ、さっきヤスリ蜥蜴がいたでしょ。多分あの血溜まりに集まってるんだと思う。あれ、鉄分豊富だろうし」
『なるほど。それで?緊急事態からの脱出方法は浮かびました?』
「殺すしかないでしょ」
「殺られる前に殺れってか?正気かよ」
「「血蜘蛛は一調査団ですら多大な犠牲を払って討伐できるSランク化物ですよ!?」」
『黒崎、からかうのはやめてさっさと戻りなさい。いくらなんでも危険すぎる。』
「いや……逃げられないでしょ……。みなよ……アレ」
きっとナビも驚いているだろう。八神なんて私の正気を疑ってから声もあげていない。それもそうだ。八神が一番わかっているはずだから。
既にあの血蜘蛛が複数体私達の近くにいることを……。
『って撤退用のゲートを出します!ッ!?干渉波!?まさか……エルダーが混じっている!?』
「ナビ、落ち着いて。」
『落ち着けるわけないでしょう!?本部に連絡を取ります!ゆっくりと後退しなさい!』
「ギシャァァァ」
「あーナビ、そりゃ無理だわ」
「ネキ、時間稼げるか?」
「「「「怖いですが、稼いでみせますとも」」」」
「一体がこっちに気づいた。他の個体も。縄張り争い始めてくれないかな?」
「奴らに縄張りなんてもんがあれば良いな!」
「そうだね!」
長い管のような器官を天井から素早く突き出し、血蜘蛛は対象の腹に穴を開けると言う。今現在三体がこちらに気づき、三本の管が迫ってきていることを踏まえると状況は絶望的なんだろう。
「「「「落ちろ!!」」」」
大量に増えたネキが小さな爆裂玉を天井に向けて投げ、爆煙が広がる。
「ネキ、また爆発物持ってるよ。学習しないのかなあの子は……。」
「ギシャァァァァ!!」
空気を焼き、炸裂した大量の爆裂玉。威力は申し分なかったようで三体の脚を一本ずつもぎ取ることに成功した。
身を守る為か管も本体に戻ったのは良い。だがほかの個体もこちらに気づいた。
「来るぞ!」
「「「はい!」」」
八神は筋収縮を利用して跳ね回る。しかし、身体を犠牲にしている関係上長くはもたない。当たりそうになるとすかさずネキの分身が代わりに消えていく。
視認できるだけで五匹。うち脚がない個体が三匹。奴らが連携して追い詰めてきていたら一瞬で終わっていた
『……ほんとにあなた達は人間なんですかね……。』
サポートとして遠隔でネキ分身を転送してる人外が何か呟いた。今の爆裂玉でエルダーも攻撃に手が取られているらしい。
そして、ネキと八神を囮に私は血蜘蛛の下まで到達すると先程転送してもらった垂直型榴砲。通称「打上花火 」をセットする。
爆発物が危険?何を当然のことを……。奴らのコアは腹部内にある。腹部は硬い外骨格におおわれているため、本来であれば徹甲弾などを用いてぶち抜くのだろう。
「これでも喰らえ化物さん。」
狙うは腹部と胴の境目。ここを切り離してしまえば死んでくれるはず……。
着火しようとサイドポケットから火打石を取り出した瞬間。視界が白むような、とんでもない痛みを感じた。
「「「黒崎さん!」」」
『黒崎!』
「おいおい嘘だろ!?」
視線を下に落とすと自分の腹に一本の管が生えていた。管は一旦身体を貫通したらしく尋常じゃない量の血が流れている。
体が動いたのは脊髄を損傷していなかったからだろう。管にナイフを突き刺し怯ませる事に成功した。何とか隙を作れた。
ナビもネキも八神も私の再生力を知らない。だから慌てているのだろう。
出血多量で意識が朦朧としたが予定通り打上花火に着火した。
『バカですね』
着火した瞬間ナビが私を移動させ、結果的に何とかなった。
「黒崎さん。死んじゃダメですよ!?」
「死なないよ。私を殺すなら即死させないと……即死させても怪しいけど」
「お前その傷で生き残ってるとかもはや不死身じゃねぇか」
「痛みはあるから……傷を負うのは嫌だね」
モツがこぼれないように咄嗟に手で押えたのだが、いつの間にか再生しきっていた。どうやら瀕死の重症の方が早く治るらしい。
『油断するからですよバカ!』
「まぁまぁ、とりあえず……逃げ仰せたのかな?」
「いや、奴ら近づいてきてるぞ?多分黒崎の血の臭いを辿ってきてやがる。」
「接敵までの猶予は?」
「あんまねぇな。ナビ、転移陣はあとどれ位で開ける?」
『五分かかります。その間さっきみたいにあなた達のサポートは出来なくなります。』
「んじゃ……そろそろ行こうかな〜。もう殆ど治ったみたいだし」
「何言ってんだよ馬鹿!」
「重傷者は大人しくしていてください」
『そうですよ馬鹿。』
「皆して馬鹿馬鹿と……酷いなぁ。現状奴らは私の血の臭いを辿ってきてる。なら私が囮になって撹乱してその間に帰還用のゲートを開けてもらう。完璧な作戦じゃん。という訳で行ってきます。2人はここに居て。隊長命令。」
隊長命令という言葉で空気が変わった。
ここでごねるようなら私は二人を殴り倒していただろう。
「必ず生きて戻れよ?」
「分身ですがお供しますよ?」
「あぁ、ネキなら分身あるから平気か。八神、本体ネキ守ってね。じゃあ遠慮なくネキ分身を何人か借りよう。」
『……危険すぎます。無謀です。』
「このままじゃ全滅しちゃうじゃん。今は可能性にかけるべきだよナビ。」
『くっ……。必ず生きて戻りなさい!』
「努力しまーす」
『監視自体は続行してますからね!?』
「わかったわかった。別に倒しちゃってもいいんでしょ?八神、数は?」
「二だ。さっきの花火で一匹死んだ二匹は逃げた。恐らく手負いの二匹が追いかけてきてる。」
「了解。それじゃね〜。」
先程まで自分のモツをぶちまけかけていた人間が走っていく。たしかにシュールだなと思いつつ、だだっ広い部屋に篭もる。
数十秒後二度と見たくない顔が天井にあった。
「わお。さっきぶり!」
「ギジャァァァァァ!」
さっきの場所からはだいぶ離れた。ネキの分身はネキが近くにいればネキと視覚等を共有出来るらしいがここまで来れば恐らく不可能だろう。明らかに分身体の動きが鈍くなっている。
「さて、不死身の奴隷と楽しい楽しい殺し合いの時間だね」
『馬鹿言ってないでさっさと倒すか逃げるかしなさい馬鹿。』
「ナビ。早く二人を外へ。私は後でいい。」
『心得てますよ。何年の付き合いだと思ってるんですか』
「あー、最初の研究所以来?」
「「ギシャァ!」」
血蜘蛛は先程の反省からか地面に降り立ち、二匹で鋭く尖った脚を上げてきた。
「流石にナイフで殺せる相手じゃないんだよね!」
動体視力を向上させて管による遠隔攻撃を躱し、本体近づいて腹下に潜る。
「うぉら!」
いつものように脚力を強化し、血蜘蛛の腹を蹴りあげる。同時に私の足も砕け、更なる激痛を伴うが即時に修復。血蜘蛛の腹を確認すると今の一撃で一部が陥没したようで青緑色の体液がボタボタと滴っていた。
「あれ、身体に良くなさそうなんだけど」
血蜘蛛の体液は床と何らかの反応を起こし蒸気をあげていた。
『蒸気を吸えば再生があっても間に合いませんよ。』
「薬物にはそれなりの耐性があるんだけど。二度と味わいたくないからパスで。」
「ギ……ギ……」
ネキの分身が数を減らしながらもう一体を釘付けにしている。流石に二個調査団程の人数で攻撃を加えていくと化物も辛いようだ。
「さすがネキ。物量の鬼。」
『ふざけてないで戦うのか逃げるかしなさい。』
「逃げたら追ってくるでしょあの毒虫。」
『既に八神とネキはほか調査隊が保護しました。援軍も来ます!』
「……バレる前に殺すか。」
振り下ろされる脚を躱し、砕けた床材を手に入れる。そのまま毒霧溢れる腹下に潜ると陥没した場所に強化した腕力を使って全力で投げつける。本来ならそんな石ころ程度で傷つく相手では無いのだろうが陥没孔から入った石ころはコアに直撃し、粉砕した。
「ギィィィ!」
腹部、脚部、腕部……今回も再生を多用してしまった為か睡魔が酷い。もう一体いる以上ここで眠るわけにもいかず頬を叩いて目を覚ます。
「はぁ……はぁ……つ、次……。」
『黒崎、もう限界のはずです。ネキの分身がいる間に……。』
「大丈夫。これで終わる……。」
大量のネキに紛れて血蜘蛛に近づき、ネキを踏み台に背中へまわる。
「うぉらぁ!」
クビレを精一杯強化した拳で打ち抜く。代償として指の骨が砕け、腕の骨が折れ、肉を裂き突き出すが、これでこの化物が死ぬなら安いもの。
「ギィィィシャァァァァ」
血蜘蛛が蒼い焔を撒き散らしながら消えていく。どうにか勝てたらしい。
「ふう……やってやった……。」
『今迎えをそちらに向かわせます。無茶ばかり……。今回は倒せたからいいものの……。』
「もう限界。おやすみ……。」
フラフラと壁に寄りかかり、分身体のネキを盾に座り込む。そのまま身体の求めるままに意識を手放した。
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