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 翌朝は余裕をもって起き、念入りに化粧をした。でも厚塗りにならないように気をつける。顔を作るごとに、私は強くなる。纏うものは最低限で最大の威力を発揮しなくては。

 さっそく自撮りをし、ほんの少し遅疑の後、結局またSNSに載せた。それにどうでもいい一言を添える。これはなかなか楽しい、と思った。今日の化粧は特に上手くできたから、自分用のメモみたいなもの。後から見直して、このときの化粧みたいな化粧をしようとすぐに見ることができる自分用のカタログだ。

 私は普段使いの靴を履き、玄関をあとにした。


 この靴はあまり鳴らない。お気に入りの靴は、毎日履いたらそれだけ早く壊れてしまう。今日はゆっくり靴を休ませる。その分この靴は酷使する。私の所有物にはやはり階級がそれぞれある。服にもコスメにも。値段でつけることが多いけれど、安くても気に入っているものは上位階級で、特別な日に使う。

 電車の中で、またSNSを開く。これを見ている間は大翔から連絡がなくとも気にならない。私はおすすめに出てくる人を無作為にフォローした。何人かの相手は瞬時にフォローを返してくれた。まだ七時半だ。こんな時間でもすぐに気づく人がいるんだと驚いた。けれど私も大翔がなにかを投稿したらすぐに気づくのだから同じだ。

 この時間でも電車で座れないことがよくある。今日もつり革につかまり、足を踏ん張る。時間が早いと制服を着た高校生が多いからだ。友だちだろうか、似たような背格好の女子高生らが三人、一列に並んで座りながらも互いのスマホを覗きあっている。彼女らを見ていると微笑ましくなる。私はいつもつまらなかった。それは今も同じだけど。高校のときは今よりももっと卑屈だった。友だちも片手で数えられる程度。いつも一人で弁当を食べる私を心配して、時々先生が声を掛けてきてくれても、もしかしたらあの子たちを友だちと思っているのは私だけかもしれないというから、「友だちいないので」と俯いて答えるばかりだった。

 悪いのは私だろう。積極的に話しかけることを拒否し、話しかけられることばかりをただ待っていた。いつまで経っても受け身なだけで、話題提供の一つもできない。

 それは今も変わらない。ただ、今の私は自分が女であることを知っている。同性の人たちに上手く声を掛けられなくとも、異性のほうから寄って来てくれる。話題提供も自分からする必要はない。ただ私は上手なタイミングであいづちを打ち、褒め言葉を数個持っているだけでいい。

 化粧という武器も持っている。

 私はスマホカバーについている小さなミラーで化粧の具合を確認してから電車を降りた。時間も早いから会社の近くのマクドナルドでコーヒーを一杯飲んでから出社した。まだ波多はいない。私は自分のデスクに座り、パソコンを立ち上げる。

 


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私は目覚め、窓を開けた 藤枝伊織 @fujieda106

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