第40話 信念とプライド《二階堂早百合》

「えっ!? どうして急に?」


 私の口から咄嗟に出た言葉は本心だった。断ると言った瞬間、モヤモヤとしていた感情が少しだけスッキリする。咲織さんは驚いたようで口を大きく開いて、私が断る理由を問うてきた。


「なぜ断るのか、理由を教えて下さい。もしかしたら改善できるかもしれない問題、なのかもしれませんから。話し合いましょう」

「えっと、それは……」


 せっかく仕事を紹介してくれた、咲織さんの話を断ることになる。なるべく穏便に済ませたい。けど、どうやって理由を彼女に説明するべきか。どこから話すべきか。まだ話を整理できていなかった私は、口籠る。


 それから少しだけ考えて、私は答えた。隠していてもしょうがない。ストレートに告げることにした。


「まさか、男の人だとは思っていなかったから」

「それは私の説明不足でした。本当にごめんなさい。でも男の漫画家だからと言って何か問題が有る?」

「男の下で漫画を書くのが嫌なんです」


 口に出してから、しまったと私は後悔した。しかし、もう既に言ってしまったことだから。このあとに間違いだった、なんて言えない。


 焦りながら私は、自分の意見を主張するために大きな声で突っ走った。


「それは、だって! 男なんかに女の描く漫画というものをちゃんと理解できるとは思えないですから。彼に、エロ漫画を描けるとは思えないよ」

「でも、彼の描く作品は素晴らしいわ。私が保証する」


 なら、咲織さんの審美眼が衰えたんだろう、とは流石に言えなかった。だけど私の気持ちは、そうだった。男が、女の常日頃から行っている妄想の力に勝てるわけないだろうと。幼い頃から男との交流に飢えて、妄想で満たすために描いてきたのが私が漫画を描く実力で負けるわけがないと。


 過保護に生きているような男に、満たされない気持ちを理解できるはずが無い。


「お話を持ってきてくれた咲織さんには申し訳ないけれども、仕事とはいえ男の下でアシスタントの仕事をするなんて納得出来ない。だから私は、今回の仕事については引き受けられません」

「……」


 咲織さんには今まで色々とお世話になっていたけれど、漫画家として自分の活動を優先しなければならない。今回は、自分の人生を優先するべき。そんな考えがあって断ることを決めた。


 それに自分なんかが居なくたって、スーパーアシスタントの甲斐さんも居るということが分かっている。おとなしく、今回の件は引き下がる決心が出来る。


 この場から早く立ち去り、家に帰ってから新しい作品のアイデアでも捻り出そう。そんな考えの私に、目の前の男の子が待ったをかけた。


「二階堂さんは僕が男だから、漫画家としての実力があるのかと疑問を持っている。だから、アシスタントの仕事も断るという事ですか」

「ッ、……そうです」


 まさか、彼の方から話しかけられるとは思っていなかった。予想外だった彼からの言葉に思わずウッと呻いてしまった。なんとか取り繕って、慌てて頷いて返事した。カワイイ顔をしているのに、意外と自分の意見を主張できる子のようだった。


 彼は、真っ直ぐした目で私を見つめてくる。視線を反らしてしまいそうになるが、グッと目に力を込めて睨み返す。私と彼はお互いに、正面から見つめ合った。


 男なんかに女が妄想するエロは理解できない、という考えに間違いはない。自分の考えに自信があったから。もしも視線を反らせたら、自分の持っている意見の負けを認めてしまうことになる。


 力一杯、彼に視線を返す。それなのに向こうも真剣な表情を浮かべたまま、視線を逸らそうとはしない。どうするつもり、なのか。


「それなら僕と二階堂さん、どっちがより魅力的な絵を描けるのか、今この場で絵を描いて勝負をしましょう」


 男の子の挑発的な目に、ジーッと見つめられた。今までの人生の中で、こんなにも熱い視線を向けてくる男の子に出会ったことなんて無かった。初めての経験である。そんな彼の視線に、キュンと胸がときめいていた。って、違う。勝負を挑まれた。


「えっ!? しょ、しょうぶ……?」

「はい、勝負です! 勝敗の判定は、そこに居る2人にお願いして客観的にどちらの画力が上なのか、ハッキリさせましょう!」


 とても熱い視線を向けられて、それから勝負しようと言ってくる。とても情熱的で強引に。


「え、いや、で、でも……」

「さぁ!」

「は、はぃ……」


 強引過ぎて、断れなかった。いや、でも勝負になるのなら絶対に負けない。本気で叩き潰す。男だからといって手加減はしない。


「もし、僕が勝ったらアシスタントのお話を引き受けてもらいます」

「わかった」


 漫画家らしく絵で勝負する、というような展開に話がどんどん進んでいる。


 こんなにも真正面から、私のようなデカ女に対しても怯まずに向かってきてくれる勇気のある子だなと思いながら話を聞いていた。


 彼に対する好感度が急上昇でグングンと良くなっていっている。小さくて男の子。とても可愛くて、容姿も悪くない。それどころか美形である。よくよく見てみると、ものすごく魅力的な男の子だった。


 そんな事を彼の顔を見つめて考えていたので、私の口からは頭に思い浮かべていた願望が、そのまま口から出てきていた。


「わかった。じゃあ、私が勝ったら一度私と、で、デートして下さい!」

「なるほど、交換条件か。……うん。いいですよ、その条件を呑もう。それじゃあ、勝負!」


 彼は即答した。本当に、そんな挑戦を受けて立ってくれるのか。勝負に負けたら、私なんかとデートに行くことになってしまう。でも彼は、イエスと答えた。ならば、全力で勝ちに行く。


 それに今回の勝負、勝者へのご褒美デートだけではなく私が漫画家の先輩として、新人の漫画家であるらしい彼に真の実力というものを知らしめよう。


 万が一、今回の出来事で嫌われたとしても一度は彼とデートした、という思い出が貰える約束を取り付けることが出来ているんだから、絶対に手は抜かない。


 男とは全く縁のない私の人生。この先もずっと、男性との縁はないと思っている。もしかすると、今回の勝負で得られるご褒美は最初で最後の男とのデートになるかもしれない。だからこそ全身全霊を込めて、彼と漫画家としての勝負を執り行った。


 このときの私は、まさか彼に負けてしまうとは少しも思っていなかった。



***



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【未完】あべこべ世界でエロ漫画家として頑張る キョウキョウ @kyoukyou

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