2、解説

 視聴者から寄せられた手紙を元に作られた再現VTRを見て、紅倉が解説した。心霊オカルト番組「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」でのことである。



「そうですね。


 春の桜の頃の幻……と思っているのが一番いいんですが。


 手紙を送ってくれた方には、やはり危険だと思いますので、人がいない時間にはその場所に行かないように取り急ぎアドバイスさせていただきました。


 さて。

 とは言え、そんなに危険な物ではないと思います。危険と言えば……、美しすぎるところでしょうか?

 まあ、はっきり言ってしまえば、あなたは彼女にからかわれただけです。誰もいないはずの、桜の花がもっとも綺麗な時間帯に、たまたま毎日訪れる男性がいて、それがどうも自分に並々ならぬ好意を持っているようで、ま、彼女にその気は全くないんですが、今年もどうやら最終日で、ちょっとからかってやろうかな、って感じで。


 でも、あなたが本気で彼女に惚れちゃって、どうしても忘れられないとなると……、本当に彼女の押す車椅子に乗ることになっちゃうかもしれませんよ?


 彼女の正体は、その「桜ロード」に生えている桜の木の精です。


 長生きした生き物が妖怪になる、ってやつの仲間です。


 えーと、

 今から10年……20年くらい?前になるんでしょうか、

 一人の不治の病に冒された青年が、そこで自殺を試みたんですね。

 やはり桜が盛りの頃、静かな早朝に散歩に来て、その美しさに、


  ああ、死ぬのなら、この美しい桜の下で死にたいものだ、


 と、詩人の心境になって、本当に実行してしまったんです。

 桜の枝に、ロープを掛けて、輪っかに首を入れて、斜面から飛び降りて、ぶら下がりました。

 ところが、その枝が、根元からぼっきり。桜って、ほら、腐りやすくって、もろいでしょ? 選んだ枝が悪かったんですねえ。一番綺麗な木を選んだんですが。

 彼は地面にしたたかに腰を打って動けなくなっているところを、たまたま散歩に来た人に見つかって、病院に運ばれ、あえなく自殺の試みは失敗に終わりました。

 なんともかっこ悪い青年でしたが、人の世の縁というのは面白いもので、散歩に来て青年を発見した人というのが、中学?高校?の同級生の女性で、彼に密かに恋をしていたんですね。不治の病の彼とは可笑しくも哀しい再会になってしまいましたが、彼が亡くなるまでの1年間、二人で幸せに過ごしたようです。

 残念だったのは、彼の容態が悪化して、二人で行くのを楽しみにしていた二人の再会の場となった「桜ロード」に行くことがかなわなかったことですね。

 亡くなってしまったのは残念ですが、ちょっとしたいいお話で、青年の話はお仕舞です。


 で、


 ちょっと待ちなさいよ!


 と、収まらないのが、ぼっきり、枝を折られてしまった桜の木です。

 見事にぶら下がって首つりに成功していたら、それはそれで美しい、ノーマルな怪談になっていたんでしょうけれどね。

 現れた着物の女性は、美しく、若い、女性と言うことで、美しいのはいいんですが、若い、に関しては、かなり若作りしてるなあ、と。

 ぼっきり、行っちゃうくらいですから、やっぱり老木です。長く生きているからこそ、妖怪のように人間の女性の姿に変化できたんですけれどね。

 大事な枝を折られるし、「あら、いい男じゃない?」と思った青年は他の人間の女とくっついて、結果、幸福に成仏しちゃうし、面白くないですね。二人を巡り合わせたエンジェルなんですから、いい仕事したなあと満足すればいいのにね。


 て言うかあ、

 実は満足してんのよね、彼女も。


 だから、「春の桜の頃の幻」なんです。


 車椅子を押す彼女が、彼女の夢のようなもので、……人間に対する憧れがあったんでしょうね。桜ほど人間にちやほやされる植物ってありませんものねえ?

 実際に恋人たちが実現できなかった車椅子デートを、再現……というか、やっぱり夢想なんでしょうね、憧れをビジュアル化してみたんでしょう。

 桜の精がその妖力を最大限発揮できるのは、花の咲いている時期で、その盛りとピークが一致して、盛りが過ぎて、花が散っていけば、春のイリュージョンも終了、来年またお会いしましょー、というわけです。

 それは彼女の一人遊びだったんですが、きっと……、何年も同じことをくり返していて、彼女もいい加減空しさを感じていたんじゃないでしょうか。恋人役の青年の虚ろな目にそれが表れていると思います。彼こそは本当に彼女の妄想ですからね。

 それが去年は、結婚に憧れる独身男性が目撃者となって、すっかり「奥さん」の美しさにのぼせ上がっちゃって、彼女の方もちょっといい気分になっちゃったんですね。彼女も、実は楽しかったと思います。

 彼女が今年もまた同じように現れるか分かりませんが、

 そういうことですから、

 あんまり本気にならないように。

 本気になって思い詰めて……青年の真似をしたりしないように。いいですね?」



 果たして、今年も「桜ロード」に車椅子を押す彼女が現れたのかは不明だが、全国の「桜ロード」では番組放送後、「どれがその木だろう?」と枝の折れた木を捜す人が増え、来年の桜の時期も早朝の散歩を楽しむ人が増えそうだから、彼女も出てきづらいかも知れない。



 終わり



   2020年4月作品

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霊能力者紅倉美姫20 桜ロードの怪 岳石祭人 @take-stone

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