さらわれ少女の消えた理由 20『少女の消えた理由②契約の刻印』
アシェル殿下が出て行ったあと、エーヴリル様が部屋に入ってきた。
「アイツ、椅子に
「えっと。秘密です」
にっこりと笑顔を作る。
「まぁ、何でもいいが早く食べてしまってくれ。いつ寝てしまうか分からないからな」
少し何かを言いたそうではあるけど、エーヴリル様はそれ以上、追求してこなかった。
魔力消費による睡魔は、深く長くから、症状が改善していくとともに通常の周期に戻っていく。あれから5日が経ち、わたしは昨日ようやく目覚めた。
次に眠りに入ってしまうと、たぶん日が変わってしまうだろう。だからからか、エーヴリル様もしつこいくらいだった。
魔力回復には食事が欠かせないのだから。
「そういえば。秘密で思い出したんだが、」
エーヴリルは向かいの椅子に腰かける。その様子にサファはなんとなく嫌な予感がした。
「その腰の刻印。お前は意味が分かっているのか?」
ガチャンっ!
少しは分かっていた。だけど、実際に聞かれると動揺した。
思わずカトラリーを落とす。考えてみれば医者である彼女は、寝てる間にも診察をする。気づくのは当たり前だ。
「そうですね。わたしには5つの”してはいけないこと”があります」
震える指先でカトラリーを拾い、なるべく静かに言った。
蜘蛛の巣のような刻印は、契約魔術によって刻まれる。禁忌の数だけ印は増え、最高で8個まで。わたしのは5つあった。
「そんな危険なものが、孤児のお前に、どうしてついてるのか、と聞きたいところだが、禁忌を破ればどうなるかくらい知ってるんだな?」
「はい」
黒い炎があがり、死神があらわれて、魂を狩られてしまう。『ハロス』と言うらしい。
エーヴリルは、はぁ、と深くため息をつき、手の甲で額をさすった。
「エミュリエールは……アイツはそんなものがついてるなんて知っているのか?」
「知ってる人は、これをつけた人と、私を孤児院に連れてきた人だけだと思います。自分では言ったことがないので」
あとは、そうじゃないか、と思っているアシェル殿下だけ。
「そうか」
契約の刻印は、刻まれた人間の魔力を使い、目的が遂行されるまで維持される。
普通なら、禁忌が5つもある契約魔術など子供には使わない。維持ができないからだ。だが、サファは魔力が多いためそれが可能だった。
「なら、この話は終わりだ。くれぐれも禁忌を破らないようにしろ」
「詳しく聞かないのですか?」
サファは首を傾げた。
「そんな恐ろしいことできるわけないだろう。貴族の間でも聞くもんじゃないとされているものだ。患者の中にもたまには見かけるが、医者は治療に不要な詮索はしない。それでなくても、守秘義務があるからな」
エーヴリル様は立ちあがり、わたしの肩に手をおいて、頭に額をくっつけた。
「安心しろ。お前が望まない限り、誰にも言ったりしない」
と、エーヴリルは表情を穏やかにした。
破ったら死ぬ、目的が達成するまで消えない。そういうものだと思っていたけど、彼女の様子から、普通に黙認してもらえるもののようだ。
エーヴリル様のやさしさなのかもしれないけど。
「ありがとうございます」
よかった。まわりに知られたら、心配させてしまうと思ってたから。きっとアシェル殿下もそういう理由で聞かないでいてくれているんだろう。
ほんわかと胸をおさえた。
「とにかく。今は安心して食べなさい」
サファは口の端を持ちあげて、コクっとうなずいた。
魔力がへると、お腹もへる。安心したのもあり、正直ぺこぺこだ。止めていた手をのばし、わたしは目の前の食事を平らげていった。エーヴリル様はわたしのその様子を見て、頬杖をつき嬉しそうに笑っていた。
そのあとは、予想通り睡魔がおそってくる。あらかじめベッドに押し込められていたので、倒れるようなことはなかったけど。
次は明日になっているだろうか。そのことに少し虚しさを感じながら、サファは目を閉じた。
※
……ザーザー
ザーザー……ポタ、ポタ
音がする。雨だろうか? ということはもう起きてくれるのかな。
それとも、夢?
「ねえ、見て」
その子は指をさした。そこには、フォガロフォトに来て、契約を交わした時の光景が映し出される。
あの時はどこか他人事だった。
フードを目深にかぶった男の人。見た目はつい先日の男たちと大差ない。だけど、この人は。この人の声は、とても温かかった。
……そう、それはたとえば太陽のような。
屈んだ時に少しだけ見えた髪の毛。その色を見て、あぁ、だからか、とわたしは腑に落ちた。
「いいの? 静かに過ごすはずだったんじゃないの?」
その子は言う。
「うん」
「逃げればいいじゃない。いろんな人に迷惑をかけるくらいなら」
嫌なんでしょう? とその子が隣まできてわたしの顔を覗き込んだ。
もしかしたら、これは本心なのかもしれない。だけど。
わたしは首を振った。
「ううん。それは、あなた。今のわたしは、人が助け合うことは必要だと思ってるし、知る事の大切さを知っているの」
期限がありながらも、やりたい、と思う事ができた。
それに、自分では迷惑だと思っていることも、相手は頼って欲しいと思っているんだと分かった。
それは、契約を守る上で、わたしには意味のあることだと思う。
「そっか、変わったんだね。アイリス」
もう一人の自分は、にこっと笑い、消えていく。
「え……?」
そして幕が下りたかのように暗転した。
ザ──……
ザ──……
目を開けると、真っ暗だった。外を見ると夜のようだ。
思いのほか早く目が覚めたのか。
それとも、長く寝ていたのだろうか。
サファはベッドから出て、窓際に向かった。ずいぶん降っている。打ちつけられたたくさんの雨粒が、窓ガラスを波立たせ、ぼんやり映る自分の顔を歪ませた。
アイリス……
わたしの、名前?
サファは目を細めた。
「サファちゃんどう?」
その時、急に声が聞こえて振り返った。これはエリュシオン様だ。
「順調だ。それより、そっちの準備はどうなんだ?」
「だいぶ予定が早まっちまったからなぁ」
聞こえてくるのは扉の向こうから。エーヴリル様のほかに、アレクシス様の声もする。
トイレに行きたいこともあり、部屋から出ていこうとした。だけど、入ってきた話に、その手を止めた。
瑠璃色の宝石〜記憶を無くした少女の契約と正体の謎〜 天野すす @susuki5905
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