さらわれ少女の消えた理由 19『少女の消えた理由①わるい冗談』

 城門の手前でアイヴァンは振り返った。

 そこには見慣れたアルトプラス城が、いつもと変わらない姿でたたずんでいる。この時期には珍しい霧雨が、音もなく降り、肌をしっとりと湿らせた。


 年明けから5日がたち、各機関の運用が始まった。



『処罰を申し渡す』



 そうして下されたメルヴィル家への処分は、奪爵だっしゃく(爵位剥奪)と族誅ぞくちゅう(一族皆殺しの刑)


 実際には、そそのかした本当の黒幕がいただろう。だが、その尾は掴めないまま、すべての罪だけが、メルヴィル家に降りかかった。それは、捕まえた罪人が、「メルヴィル公の指示だ」と口を揃えて言ったからである。


 父親のしてきた重ね重ねの悪行。それに加えて、今回の事。当たり前だ。自分も言われた通りに手伝い、見て見ぬフリをしてきたのだから。


 アイヴァンは息を吐き出した。


 人はいつも誰かのせいにしたがる。自分だってそうだった。だから、恨めしいとは思わない。むしろ、このまま収まるなら、とアイヴァンは抵抗もせず刑を受け入れるつもりだった。


 だが、一族の中で、彼だけは、死、をまぬがれることになる。それは、彼が貴重なトラヴィティス唄い手である事と、少しずつ国に名前を刻み始めた『イシュタルの使い』であるサファが、アイヴァンの事を『命の恩人』だと言ったから、らしい。


 それでも、罪が帳消しになる訳ではなく、彼にも科せられた罰はある。それが、平民落ちだった。


 少し前なら、殺してくれた方がマシだと思っただろうが。


 金遣いが荒く、自分を着飾ることしか考えてない母。見栄っぱりで権力にしか興味のない父。アイヴァンは小さい頃から厳しく育てられていた。ただ、2人の自慢する装飾品として。


 いなくなって初めて分かったのは、自分は2人がとても嫌いだったのだということ。


 あの時、あの怒りに触れ、圧倒的な力に触れ。魂の強さを感じたアイヴァンは、目が覚めたような気がした。



 『この国の民は、国の宝だ!』



 あんなのは、普通の貴族でもあまり言わない。ましてや、孤児院で育ってきた少女が口にするはずもない言葉だ。

 とすれば、それは彼女が。


「なんなんだ、全く」


 アイヴァンは、胸ぐらを掴まれたときのことを思い出し、鼻で笑った。


 恐らくそうなのだろう。

 だが、彼は思ったことを、このまま胸にしまっておくことにした。



「もう、会うこともないしな」



 情け程度の金品を持ち、魔術とアイヴァンという名前を使うことを禁止され、これからは監視をされながら、平民の中で暮らしていくことになる。


 それでも、何故か今はホッとして、清々しささえ感じていた。


 降り続いている雨が、今までの自分の汚いとこを洗い流していくように、優しく肌を濡らしていく。悪くない、と思いながらアイヴァンは前を向き、ゆっくりと歩き始めた。




         ※



 

 薬室の前で扉を開けようとしていると、中からサファが飛び出してきた。ここに来たのは誰でもない、コイツに呼ばれていたからだ。


「あっ、アシェル殿下」

「よお、どうした?」


 頬を赤くして、そうとう慌てているらしい。そう思っていると、彼女は突然走り出した。それを、追いかけて腕を掴む。


「ちょっと! 何するんですか!! 離してください!」


 ブンブンと腕を振って、もがいている。何をそんなに急ぐ事があるのか、アシェルには心当たりがあった。前にもこういう事があったからだ。


「これを探しているんだろ?」


 預かっていたペンダントを差し出す。夏に起こした水涸れの後、これが無くなったと口走り、転移魔術を使おうとしていた。あの時は、高熱で本人は全く覚えがないらしいが。


「そんな事は後でにしてください!!」

「えっ?!」


 違うのか?

 手を振り解いて、サファはまた走り出した。もしかして本当に逃げるとかか。首を傾げる暇もなくその追いかける。


「ちょっと! なんで追いかけてくるんですかー!」

「逃げるからだろ! なんでお前、そんなに足が速いんだ!」


 角を曲がり、長い廊下に差し掛かる。

 直線ならこっちが上だ。アシェルは足に力を入れた。ギュン、とスピードが上がり、サファの背中が一気に近くなる。


「待て────!!」

「ひぃぃ! ついてこないで────!!!!」


 赤くなっていたサファの顔が、一気に青くなる。

 彼女も必死だった。なんでここまで追っかけられなきゃいけないのか、全く心当たりがなかったから。だけど、迫ってくる恐怖でいっぱいになり、止まっちゃいけない、と足に命令した。



 はたから見れば、子供が追いかけっこしてる、という微笑ましい光景なのかも知れない。だけどそれはもう、お互い必死だった。


「逃がさないぞ!」


 あともう少し、と言うところでサファは掴まった。何も悪いことしてないのに、と上目でアシェルを睨みつけ、唇をぶるぶると震わす。


「アシェル殿下のバカ!! 漏れたらどうするんですか──!!」

「っ!」


 その爆発にアシェルは思わず怯んだ。

 泣きそうな顔で言われ、力が抜けた隙にすかさず手を振り払われる。そして、角を曲がったすぐの所にあるトイレに、サファは駆け込んでいった。



 ・・・・・・・



「なんだ……トイレかよ」


 アシェルは手で口を覆った。


 あの後、予想通り水涸れを起こしたサファは、魔力を回復するために、寝たり起きたりを繰り返している。起きてすぐ、猛烈にトイレに行きたくなったのだろう。


 それなら、最初からそういえばいいのに。

 ククク、と笑って振り返ると、ちょうど追走劇を見ていたエーヴリルが怪訝けげんな顔で立っていた。


「お前に、トイレに行く異性を追いかける悪趣味があるとは」


 見られてた──!!

 あまりやましいことはしていないはず。なのに、顔が熱くなりアシェルの顔が真っ赤になった。


「違うから!!!!」


 エーヴリルは手に食事を持っている。そういえば昼が近い。周期的にそろそろ起きると思った彼女は、サファの為に取りに行っていたらしい。



 トイレから出てきたサファと3人で薬室に戻り、エーヴリルを残して2人は奥の部屋に入った。



「それで、わざわざ俺だけ呼びつけてしたい話ってなんだ?」


 たぶん、眠っている間にどうなったのかを聞きたいのだと、アシェルは勝手に思いこんでいた。


「あの。怒らないでくださいね」

「それは、聞かなきゃ分からないだろ?」


 そうは言ったが、自分は、感情的にならないよう小さい頃から育てられている。だから、彼には何を言われても、怒らない自信があった。


「えっと、わたし、しばらく家出したいんですけど」

「あぁ、それな。……って、家出──っ?!」


 つい大声をあげてしまったが、この部屋には防音が備わっており、外に声が漏れる心配はない。それにしたって、家出なんて。


「なんでそうなるんだ?! 今回、お前を救出するために、どれだけの人が動いたのか分かってるのか? それを、その苦労と感謝を仇で返すようなもんじゃないか! 何考えてるんだ!」


 なんでもいい、とアシェルはそこにあった椅子を叩いた。


「そうなんですけど、」


 未だ懇願するような目で見ているサファに、ため息をつき、アシェルは頭を抱えた。

 

「まだ、魔力だって戻ってないのに。わるい冗談はよせ」


 頭が痛い。


「そんなのダメだからな!!」

「待って! 理由だけでも、あっ!」


 フラッとよろめいて、出て行こうとしたアシェルを追いかけ、サファが途中で足を引っかけてすっ飛ぶ。


「あぶなっ」


 なんで、何もないとこでつまずくんだ。コイツは。

 自分に向かって飛び込んできたサファを腕の中に収めて、彼女の耳に顔を近づける。


「いいか。もう一度いうけど、俺は、承認しないぞ。だから、理由も聞かない。立場的にムリなのはお前だって分かるだろ? それと、それ、絶対誰にも言うなよ」


「……分かりました。じゃあ、アシェル殿下も黙っててください」


 その答えが不満なのか、サファは頬を膨らませていた。まったく、こっちがムスくれたいくらいだ。


「当たり前だ」


 それでなくても、バウスフィールドの2人はコイツに執着がある。こんな事を知られたら、何が起こるか分からん。

 アシェルは恐ろしくて、ふるふると頭を振った。


「おーい。話はまだか? 起きてる間に食べさせたいんだが」


 外からエーヴリルな声が聞こえる。


「話は終わりだ。変な事考えるなよ、いいな!」


 そう言うと、アシェルはサファが頷くのを確認して、部屋から出ていった。

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