さらわれ少女の消えた理由 18『さらわれ少女⑫聖なる光の大鳥』
朝なのかと思った。
日差しのように、足下まで落ちた光を伝って、穴の空いたところから空を見あげる。
星?
……ううん、あれは。
体の奥底にある、冷たくなっていたものが沸騰して、身体中に痺れが走る。それは、頭まで上り詰めて、もうここまで、というところで、涙になって
だけどそれは悲しさじゃない。
「アシェル、殿下……」
間違いない。
太陽のような温かい気配が、ここまで届いてくる。いくつもあった、星だと思っていたものは、彼と騎士団の人たち。その中には、エミュリエール様までいた。
陽気に手を振っているのは、エリュシオン様だ。
……来てくれた
アシェルは頷いて、誇らしげに微笑んだ。
『準備はできている。思う存分にやっていいぞ』と。
来てくれたんだ。
それを瞳に映し、サファは、ふにゃり、と笑って。そして、体に力を入れると、喜びと混ざった怒りが行き場を求めて飛び出していった。
「はあああああぁぁぁぁ!!!!」
噴き出る魔力を恐れて黒い
……嘘だろ
他人が作った魔法陣の描き直しなんて、そんな簡単には出来ない。それも一瞬で。目の前で見ていた、アイヴァンは瞬きも忘れていた。
「許さない!」
黒いフードの男たちが、只事ではない、と逃げ始めていた。その背中に噛みつく様にサファは言葉の牙で襲いかかる。
「この子達が何をした!」
布が被せられている遺体に心が痛む。
「自分の欲のためだけに、どれだけ殺した?! ふざけるな!!」
ギラギラとした目で男たちを睨みつけ、壁に縫いつけた。
みんな一生懸命生きていただけ。親を亡してもなお……そうするしかないから。
「この子達がどういう境遇なのか知っていて、弱き者だと分かっていて、どうしてこんな事ができる?! 力があるのになぜ助けない!!」
寒さに、悲しさに凍えそうになりながら、それでも。必死に毎日を乗り越えようとする姿は、美しい。
「この子たちは国の民だ。それは、国の宝だ! あなた達なんかよりずっと尊い!!」
国が保護できていない?
そんなのは言い訳に過ぎない。誰かが味方になってあげなきゃ。そう、それは、わたしでもいい。
「悪魔という存在があるというなら、それはあなた達そのものだ!」
ダンッ! と床を踏み潰した。
ぼやけていた、やりたい、と気持ちがはっきりと浮かびあがる。
今まで暗かったのが嘘のような明るい空間。
ピキピキと首輪が割れ、眼鏡が壊れて落ちた。
サファの瞳が、今まで見たこともない綺麗な紅玉のように光を反射させている。
本当は、エミュリエール様に渡そうと思って作った、お守りのペンダント。持っていてよかった。
「子供たちの近くにいてくださいね」
アイヴァンの方は、その意図がさっぱりだったが、その言葉で、なにか巨大な魔術を使うつもりだということを察する。耐えるための魔石だということを。
しかし、間違いなく『暴走』状態だと言うのに普通に話している事については理解ができなかった。
「あ。アイヴァン様、羽根を広げたら光砲をあげてもらえますか」
「羽根って……まさか!」
サファはニコッと微笑んだ。
子供たちの近くで屈んでいたアイヴァンが、「規格外もいいとこだ」と言って、呆れたようにため息をついた。
この様子なら大丈夫だろう。
サファは腕を広げて、空を見あげ、そして静かに目を閉じた。
『自信ない奴は離れておけよ、失神するかも知れないからな』
アシェルは通信器で、騎士たちに呼びかけていた。
「あ? なんでだ」
アレクシスが首を傾げた。
さっき、サファは涙を流して笑っていた。きっと、嬉しかったのだろう。
だけど、感情とは裏返しで、いつもおっとりしている彼女が、あそこまで気持ちを表に出すというとは、それ相応の事があったはずだ。
「なるほど。かなり、おこ、ってことね」
エリュシオンの方を向いて、アシェルは頷いた。
そうなら、ファクナス討伐後のあの時よりも、おそらく圧力はかかることだろう。
「来るぞ」
彼は緊張と期待で、ぶるりと身震いした。
ぐるぐると身体の中で渦巻いていた水たちが、魔法陣へ嬉しそうに飛び込んでいく。タラッサの郊外という区域が重圧で上から押さえつけられる。時が止まったかのようだった。
それから噴水とも、花火ともいえる、いくつもの光の線が一気に打ちあがる。
それ自体が魔術なのかと思ったら、白くて大きな丸い物体が空にでき上がった。
「まさか、大鳥?!」
エリュシオンが身を乗り出した。
「鳥? あれがか?」
アレクシスがそれに向かって指を差した。
「うん、だってまだ、卵だからね」
「たまごぉ?!」
「という事は生まれるのか? あれから」
アシェルもその巨大な丸い物体を眺めていた。
「まぁ、そうなんだろうけど。僕も詳しいことは分からないや」
少なくとも、ここを浄化する
だけど、この場にはそれを知っている人物がいた。
アイヴァンは今起こっていることが、夢か、死んだ後の幻なのかもしれない、と信じられずにいた。
あれは、魔術で作り出した大鳥の卵に、唄を贈って孵化させる。だが唄が届かなければ力を借りることはできない。
アイヴァンも試みた事があったが、到底できそうもない、と諦めたものだった。浄化においてはこの国一の実力者の彼が、だ。
本当に見せてくれるのか……?
そんな彼が、その姿を、見てみたいと思わずにはいられないだろう。アイヴァンの心臓が高鳴った。
目の前は白くて、打ち寄せる波が強くなった。
これは、暴走なんだろうか。この世に自分しかいない、そんな不思議な感覚だった。
鐘が響くような声が空に昇って。サファは自然と笑みを浮かべ、唄っていた。清らかで、深みがあり、それでいて泡粒のようなそれは、空に浮かぶ卵に吸い込まれていく。
それが、しばらく続いたあと、卵は弾力を持ち、冷たい空気に、確かな鼓動を伝えはじめた。
ドクン、ドクン、と震わす音は徐々に速くなって、やがて、表面に亀裂がはいる。
「……生まれる」
アシェルが呟いた。
殻が、割れて粉々に落ちていくと、その中身が姿を現した。
聖なる光の大鳥
────『フォスフィリア・グラディノス』
それはもごもご動いたあと、この地を包むように輝きの翼を広げ、ゆっくりと羽ばたき始めた。
いつしか雪も止み、光が溢れる。
光砲が空にあがり、ちょうどその頃、アシェル達の身体も光を帯びた。
「光の付与だ、これであの中に入れるね」
エリュシオンが両手を眺める。
「合図も来たしな」
親指をくいっと向けて、アレクシスがニカッと笑った。
『よし、総員、突撃だ!』
アシェルが呼びかけた。
騎士たちもこの奇跡のような光景に盛り上がって雄叫びをあげている。
「サファちゃ──ん! 今までで一番輝いてます! サイコ──!」
『うるせぇ!! さっさと行け!』
アレクシスに
「お前は、アイツのとこに行ってやれ」
「分かりました」
エミュリエールは唄を邪魔しないように、ゆっくりとサファのいる場所まで降下していった。
光はさらに強くなり、瘴気は全て消えて無くなっていた。唄を終えたサファは、満たされた気持ちで目を閉じていた。それは、うっすらと微笑み、とても優しい表情で。
自分がどこの誰だろうと関係ない。わたしの力は、きっと、誰かを助けるためにあるんだと思う。それは、全部とか、すぐにとか、そんな大きな事じゃなく。今は目の前にあるものを。
ひとつひとつのそれは、積み重なって、やがて形になっていくのだろう。必要なのはやれたという結果じゃなく、やったという過程。
エリュシオン様が言っていた通りだ。
「サファ!」
振り返ると、一番に会いたいと思ってた人が立っていた。
「……エミュリエール様」
身体はガクガクして、崩れてしまいそう。それでも、走って。わたしは泣きながら走って、エミュリエール様に抱きついた。
「いい子だ。よく頑張ったな」
そう、言われたかったから、嬉しくて。撫でくれる手に安心して、涙はずっと止まらなかった。
そうして年明け早々にさらわれた少女は、無事に救出された。フォスフィリア・グラディノスの出現。タラッサの人々はそれを奇跡だと言い、その後も語り継がれることとなった。
だが、サファはこの地でもう一度、奇跡を起こすこととなる。だけどそれは、先の話。まだこの頃は誰も予想していない事だった。
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