さらわれ少女の消えた理由 17『さらわれ少女⑪召喚の儀式』





 ・・・・・・・・




 しばらく続いた長い沈黙の中に、足音が聞こえてきて部屋の前で止まった。




 ガチャリ

 その音がいっそう大きく感じ、警告のように鼓動が速くなった。息はだんだんとあがってきて、はぁはぁとした音が不自然なほど、目の奥で行き来する。


「何泣いてる。うるさいぞ」


 扉が開いて入って来たのは、化け物でもなんでもない、ただの人。だけど、黒いフードを目深に被り、異様な不気味さをかもしだしていた。


「これを飲んで、全員出ろ」


 渡された小瓶は、明らかに薬だろう。なんだか甘い匂いがする。”出ろ”と言ってるという事は、毒ではなさそうだけど、アイヴァンがわたしを見て微かに首を横に振った。


「嫌だ!!」


 例の如く、あの男の子が暴れており、羽交い締めにされ、無理やり口の中に流し込まれている。


 男たちが、その子に気を取られていることをいい事に、わたしは魔術でこっそり瓶の中身を部屋の隅に捨てることにした。


「で、コイツはどうする?」


 一人の男が、アイヴァンを指差した。


「そいつも、肥やしにすると主君がおおせだ」

「薬は?」

「やめておけ、そいつは浄化の魔術が使える。薬の無駄だ」


 薬を飲んだ子供たちは、とりわけ苦しむ様子はない。そのかわり、目の光は失われ、泣くことも騒ぐこともしなくなった。


 このままじゃ、本当に殺される?

 今までその意味がよく分かってなかったけど、連れて行かれた先で、はっきりとそれが分かった。




 ダンスホールのような大きな部屋には、一切のきらびやかさはなく、たくさんある蝋燭ろうそくの灯りだけで見える光景に目を疑った。


 ここにいたくない、と全身にある器官の意見が一致する。


 祭壇には獣の頭や、杯、果物が置いてあり、その前にはフードを被った人が、炊かれた炎に向かってぶつぶつと何かを言っている。


 部屋の床には大きくて赤い魔法陣があり、描いたのに使われているのは、血。


 本で読んだ。これは明らかに、召喚の儀式だ。


 五芒星ごぼうせいの角に1人ずつフードの人が立ち、陣を覆うように白い布で被された何かが、たくさん置かれている。


 なんだろう、と思っていると、そこからはみ出ている青白いものを見て、背筋が凍った。



 あれは





 ……人の足。

 どう見ても、そうしとか見えない。


「始めろ」


 私たちは、もう逃げないと思われているのか、縄が解かれ、魔法陣の真ん中に集まるように立たされる。


 祭壇の前にいた1人が、空いていた五芒星の角を埋めて、男たちがの呪文を唱えて始めた。


 すると、もわもわと黒いもやが沸き始め、祭壇で燃やしていた火が、音を立てて大きくなり、生き物のように踊り始めた。


「っ!!」


 足元から何かが出て来て、飛び退いた。ピョコピョコと触覚のように出てきたそれは、よく見ると無数の手。


「πανακεια!」


 それに足を掴まれているというのに、子供たちは怖がる様子も、驚く様子もない。何が起こるのか分からない、けど、よくない事であるのは確実。

 わたしは慌てて光の魔術でそれを追い払った。


「πανακεια」


 掴んでくる手を次々に払いのけ、次はあそこ、と突き出した手を掴まれる。


「アイヴァン様。何するんですか! 離して!!」

「やめておけ、暴走するぞ」


 既にサファの瞳は、青から赤に変わる手前の、紫色をしていた。


「暴……走」


 それは、前に起こして、領地が吹っ飛ぶかもしれなかった危険なものだと言われている。それを言われたら手を止めないわけにはいかなかった。


「じゃあ、これを外すにはどうすればいいのですか!!」


 首輪を握った。


「無駄だ、諦めろ。ここにいる全員どうせ死ぬ」


 にじり寄る手が、馬鹿にするようにゆっくりと手招きしていて、だんだん腹が立ってきた。


「大体、あなたはなんでそんなにボケっとして、見ているだけなんですか!! 浄化の魔術が使えるんでしょう?!」


「ボ……お前! 言わせておけば! 大体結界が張られている所から逃げられる訳ないだろう」


 既に彼は諦めているようだ。

 もう怒った! こんな理不尽、今こそ怒り散らす時なのに。わたしを虐めていたあの悪人はただの飾りだったのか!


「うるさい!! だまれ!! 意気地なし!! 死にたくないと思って何が悪い! 足掻いて何が悪い! あらがって何が悪いの!! わたしがダメならあなたが使えばいい!! どうせ死ぬんなら、しのごの言わず力を貸せ!!」


 すごい剣幕で喚き散らし、アイヴァンの胸ぐらを掴んだまま、睨みつけた。

 

「…………くっ! 無駄だ!」

「まだ言うの!!」


 強烈な怒りで、瞳が真っ赤に燃えあがる。アイヴァンを怒鳴りつけ、ドンっ、と彼を床に叩き落とした。


「なんなんだ、お前は!」


 さすがに彼も怒ったのか、睨み返していた。

 だって、あとでああしておけばよかった、なんて思ったりできないんだから。こっちだって必死だ。


 わたしには、大事なものや人ができた。それに、わたしが今生きているのは、アシェル殿下のお陰でもある。もし死んだとしても、その人達に頑張ったな、って思われたい。


 だって、生きてる。

 まだ皆んな生きてるんだから。


「早くして!!」

「クソっ、指図するな!! 『スタヴロス』」


 ぱぁっ、と床に十字架が浮かぶと、それを恐れてか、うごめく手と、黒いもやが離れていった。だけど、5人で作り上げてる陣の中で結界を使うのは、かなり反発があるだろう。


「どっちにしろ、もって数分だ」


「ええぃ! 失敗作を出せ!!」


 それでも数分の考える時間ができたと思ったのも束の間。フードの男が指示すると、ぐにゃぐにゃした黒い物体が結界に覆いかぶさってきた。


「……くっ!」

 

 このまま、アイヴァンが頑張っても、いずれ魔力は尽きる。それでも今の状況じゃ、わたしが魔術を使うわけにはいかない。

 どうしたら……


「アイヴァン様、この首輪はどうやって外すのですか!!」

「それは、作ったやつにしか外せない。あとは……暴走すれば勝手に壊れる」


 それを聞いて愕然がくぜんとした。


「ははははははははは! 早く呑まれてしまえ!!」


 何がそんなにおかしいのか。


 唇を強く噛み、口の中が血の味で気持ち悪い。

 そんなわたしたちの様子を高笑いしている男を睨みつけ、それでも正気を保つために必死に怒りをこらえる。


「悔しい……」


 どうにかしたい。だけど、考えても『暴走』以外の方法は浮かんでこない。


 床の赤い色がぼやけて見え、それはポロポロと目からこぼれ落ちて手の甲を濡らした。


 もうどうしようもない。あきらめた瞬間、黒い物体は簡単に私たちを呑み込んでいく。


 皆んなはどうしているだろう。心配してくれているのだろうか。


 みんなに、会いたいな……


 そう思って、塞がれていく天井を、ぼんやりと眺めていた目を閉じる。



 バリィィ────ン!!!!


 驚いて目を開ける。

 普通なら、合図のために空に打ち上げる光砲こうほう。それが、天窓を打ち破り、暗い部屋に差し込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る