さらわれ少女の消えた理由 16『さらわれ少女⑩思わぬ再会』

 エリュシオン達が、ちょうど壊れた馬車を見ていた頃、サファは首に何かをつけられる感覚で目を覚ました。


「ぅ……」


 目の前の人物をじっと眺める。


 だれ? ここは、どこ?


 うたた寝していたら、エリカにペンダントを取られてしまった事に気づき、返して、と詰め寄っていたところまでは覚えている。


 そうだ! その時うしろから突然、誰かに首を叩かれ気を失った。だけどあの時、確かに私はその人物の声を聞いている。


 あれは、アイヴァン=メルヴィル。前に私を暴走に追いやった人物だった。だけど、今見あげているのはその人じゃない。


「あら? 起きちゃったのね」


 打たれた首がまだズキズキと痛む。それに、この首輪。手で触って確かめる。これは、なんだろう。


 手足は縛られていて、眼鏡は……よかった。ちゃんと着いていた。


「可哀想に。アナタ、このまま気を失ったままなら、苦しまずに死ねたのよ?」


 その人は、うふふ、と口を押さえて笑っていた。

 仕草と不釣り合いな言葉に。男の人が女言葉を使っている事に。サファは気持ち悪さで眉をひそめた。


「あなたは、」


「おい! 終わったか?」

「早くしろよ〜。船が出ちまうからな」


 ひとつだけある、扉の向こうから2人分の声が聞こえて来る。


「今行くわー! じゃあね、小さなお姫様。幸運を祈るわ」


 指の背で頬を軽くこすられ、その人はその場にそぐわない慈愛に満ちた笑顔を向けると、立ちあがった。


 鍵を閉める音がして、足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。




 残された部屋は静まり返り、灯りはひとつ。ただでさえ寒いのに、薄暗い空間が感覚を過敏にさせる。



 微かに聞こえる、すすり泣く声。わたしは恐る恐る振り返った。


「誰か、いるの?」


 目を凝らすと、そこには子供が数人、肌を寄せ合うように固まっていた。化け物ではない事には正直ホッとしたけど。


 元の色が分からないほど汚れた、穴ぼこだらけの服を着て、何日も体を洗ってないような酸っぱい匂いが、意識するとここまで漂う。

 髪はボサボサで、顔もすすけていた。


 浮浪児。


 それが、そういう存在だという事は、見ただけで分かった。


「お前!」

「あ、あの時の」


 その中の1人が話しかけてきた。まさかこんなところで再開するとは思ってもみない。それは、わたしが奉納式ではぐれた時にぶつかった子だった。


「なんでここにいるの?」

「知らねーよ! 突然連れてこられたんだ」


「私たち、やっぱり殺されちゃうんだ!!」


 さっきからベソをかいていた子が、わぁーっと泣き出す。


「うるせぇ、泣くんじゃない」


 相変わらず口は悪いらしい。だけど、体力を使うから、という意味なのかもしれない。

 それにしても。


「殺されちゃう、って、どういう事?」


「ワカンねぇよ! なんか変なの飲まされると、そいつはこの部屋から連れてかれるんだ。でも、そいつらは帰ってこない。何人もだ、クソッ!」


「あたしたちは何もしてない。ただ、仲間とひっそり生きていただけなのに」

「帰りたい……」


 浮浪児たちは、泣いてる子を慰めるようにより一層、小さく一塊ひとかたまりになっていた。


「他に知りたいっていうなら、お前と一緒に来たそいつに聞いてみろ!」


 男の子がアゴでさした。そこには、わたしを拐ったはずのアイヴァンが横たわっていた。


「アイヴァ……」


 ずるずると近くに寄って、息を呑む。足にはかなり深く切り付けられた傷があり、止まっていないのか、床に血溜まりを作っている。額には汗が浮かび、かなり苦しそうだ。


「ぅぅ……」


 ……酷い。


 彼には嫌なことをされたけど、わたしはあの後、みんなによくしてもらい、充実した日を送っている。心に余裕があるからなのか、こうも目の前で誰か苦しんでいる人を見ると、どうしても知らんぷりはできない。


「Θεραπευτικός άνεμος」


 閉じて小さく呪文を唱えると、緑色の風が集まり、彼の足の傷を治していく。目が覚めたアイヴァンがわたしを見て、眉間にシワを寄せた。


「余計なことをして、」


 お礼をされたいわけじゃないけど、それは、あんまりじゃ。

 そう言いたかったけど、ひどく頭がクラクラして、床に手をつき、目をつぶった。


「おい!」

「……眠い」

「当たり前だ。そんなの着けたまま魔術なんか使って!」


 そんなの? 

 でも、眠くて耳飾りボワボワして、よく聞き取れない。せっかく起きたばかりなのに。

 そう思いながら、サファはアイヴァンに倒れ込み、そのまま眠りに落ちていた。





 どれくらい経ったんだろう。次に目を開けると、驚く事に、アイヴァンの膝の上で抱えられていた。


「おい! 起きたんだったら早く降りろ!!」


 かなり不機嫌そうにしている。それに、夜になったのか、冷え込みがいっそう強くなっていた。こんな寒い場所で眠ってしまったら、凍死して余っていたかもしれない。


「勘違いするなよ! お前みたいなやつに助けられたなんて、俺が嫌なんだからな!」


「はぁ、」


 本当に分かりづらい人だ。

 もしかしたら、癒したことに対して、彼なりの、お礼みたいなもの、だったのかもしれない。そう考えると、憎まれ口もなんとなくおかしかった。


「それと、お前。魔術は使うな」

「これがついてるからですか?」

「なんだ、分かってたのか」

「いえ、なんとなく?」


 首を傾げたわたしを見て、アイヴァンは深く息を吐いた。


「それは『魔封じの首輪』だ」

「でも、使えましたよね?」


 アイヴァンは俯いたまま話を続けた。


「それを着けられても、作ったやつより魔力が多ければ使う事はできる。だが、その魔力の消費は数倍だ」


 ああ、だから。

 さっきの急激な眠気は、前に水涸れを起こした後と似ていた。あれは、魔力が減ったために起こった症状だったんだろう。


 じゃなければ、あんな簡単な魔術で症状が出るほど、わたしの魔力はたぶん少なくない。

 

「それに、もう始まる。どっちにしても助かる見込みはない。諦めろ」


 始まるって、何が? 

 それに、なんで彼がここにいるのかも、わたしには分からない。見あげたアイヴァンは自嘲した笑みをただ浮かべていた。

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