叫ぶペンシル

瀬戸内海晴夫

叫ぶペンシル


 昨日新しい鉛筆を手に入れた。新しい鉛筆と言っても、誰かから盗んできた、古臭い背のちびた鉛筆で、掴む部分がとても短くて不安定だけれど、まぁ、遊べると言えば遊べるので、僕は別に気にしてない。

 昔から鉛筆を集めることが好きで、会社を辞めてからずっと、暇さえあれば新しい鉛筆を集めていた。たかが鉛筆、されど鉛筆。鉛筆にも色々種類があって、背の高いのも居れば、これみたいに小さい奴もいるし、ピンク色もあればブルー色もある。表面がぼこぼこしていて不細工な物もあれば、つるりとした小綺麗な物もある。鉛筆を使って文字を書いたり、芯を鉛筆削りで削って尖らせてみたり、無意味に線をぐるぐると書いてみたり、意外と鉛筆一つで出来る遊びは沢山ある。鉛筆は僕と遊ぶ度、歪な声をよく出す。初めは苛ついていたその反応も、最近では楽しみの一つだ。僕の友人は鉛筆が喋る訳ないと言うけれど、本当に僕の鉛筆は喋るんだ。

 僕は新しい鉛筆をキャリーバッグから取り出した。テープでぐるぐる巻きにされた鉛筆は大人しく僕を見ている。僕は鉛筆を自分の手の中に収めると、まず芯を強く紙に押し当て、太い線を描いた。鉛筆がけったいな鳥の様な声を出して騒ぎだす。その声が面白くてつい力を強くすると、ぼきりと鉛筆の芯が根元から折れる。くぐもった悲鳴と僕の呼吸音の狭間で、リビングに置いてあるテレビからアナウンサーの声が聞こえる。

『―――立区周辺では、連続児童失踪次元が相次いでおり、今回の失踪を含め十人の児童が行方を晦まし―――』

 僕は倒れた鉛筆を立たせ、芯を出すためにカッターで鉛筆を削り始めた。鉛筆のカスがぼたぼたと地面に落ちて、白い芯が根元から出てくる。楽しい。凄く楽しいな。鉛筆で遊ぶのは凄く楽しいな。楽しいな。鉛筆が何かを言っている、けれどテープで口を塞いであるせいで、何を言っているのか上手く聞こえない。けれどその口元のテープを取って、言葉の意味を知ろうとはしない。前に一度それをして、鉛筆に僕の親指を酷く噛まれた事があったから。その時の傷は、まだ僕の親指に残っていて、たわしで擦っても全く取れない。僕を噛んだ奴は火で炙って、全てが真っ黒い棒状の炭素になってから、竹藪の中に捨ててやった。その時の鉛筆の姿を思い出して、何だから楽しくなってきてしまって、僕はもっと鉛筆と遊んだ。鉛筆から声が聞こえなくなるまで僕は鉛筆を削って、折って、床に投げて、そして足の裏で踏みつぶしたりして、とても楽しい一日、時間を僕は過ごす。

 何処かからサイレントの音が聞こえる。

何処からか、扉を叩く音が聞こえる。

「ただの鉛筆ですよ」

 そう言っても、誰も信じてくれないけれど、まぁそうだよな。叫ぶ鉛筆なんてある訳ないんだから。

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叫ぶペンシル 瀬戸内海晴夫 @setonaikai

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