本当に転生しますか?
だるぉ
見返りさんは、怪しく光る
「おめでとうございます、太郎さん」
薄暗い空間に、じんわりと浮かぶ白い光。
おそらく声の主らしいその光は、俺の名を呼び、えらく高所から見下ろしながら続けた。
「不幸にも死んでしまったあなたは、私の気まぐれにより──現世に復活するか、異世界に転生するかを選ばせてあげましょう」
「後者で」
即答だった。
いまいち状況がつかめないけれども、要するに現世の俺は死に、それに見かねた神様か何かが第二の人生をくれると言うのだろう。
生前からリアルには飽き飽きし、異世界転生を主題としたライトノベルを現実逃避するがごとく読み漁っていた俺にとってこの状況は自宅の天井よりも既視感があったし、迷う余地すらない質問でもあった。
「あの、もうちょっと悩んでくれませんか? そんなに早く答えを出されては暇つぶしにならないのですが」
「暇つぶし?」
「はじめに言いましたよね、これは私の気まぐれなのです。死んでしまった者に究極の二択を迫り、それに悩み苦しむ様を見て、暇を潰そうとしているのに。即決じゃあ意味がないのですよ」
「なんて趣味してやがる……」
ちょっと引いた。
こいつはきっと神かそれに準ずるものだろうに、そんな俗物的な言動が許されるのかよ。
「誤解がないように言っておきますけれど、私は断じて神ではありませんよ? まあ、それに近しいものではありますからこうして太郎さんの思考も読めるわけですが」
「いやん、恥ずかしい!」
「そうですね、私の正体をわかりやすく言えばモノノ
「……モノノ怪?」
つーと、妖怪とかお化けの類ってことか?
「その認識で間違いありません。神というよりかは悪魔寄りですしね。ですから私がどんな方法で暇を潰そうと、あなた方にとやかく言われる筋合いはありませんよ」
暴論がすごいな。
それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しいものだが、まあ、悪魔に言っても仕方がないか──そもそも俺、死んじゃったっぽいし。
「ちなみにモノノ怪に詳しい人たちは、私のこと『見返り
「天使じゃねえか!」
「字が違います。天使とは似て非なるものですので。まあ、本当に天使がいるかなんて疑わしいものですが」
モノノ怪のお前が言うか。
お前の存在すら疑わしいっちゅーのに。
「おや、実際に目で見た光景を信じないとは往生際が悪いですよ? 死んでしまい、もはや幽体となった太郎さんに目はないのですがね」
趣味の悪いブラックジョークだ、笑えねえ。
「別に死んだことに悲しみはないけれどな。未練もないしよ」
「割り切ってますね」
「まあな。思考が読めるあんたならわかるだろうが、俺はつまらない毎日に飽き飽きしてたんだ」
自宅と会社を行き来するだけの単調なメトロノームのような日々。
俺のことを愛してくれる彼女もいなければ、苦楽を分かち合える友達もいない。
そんな灰色の人生に未練を持てと言う方が無茶な話だ。
「それよりよ、お前は俺を異世界に転生してくれんだろ?」
「お前ではありません、私は見返り転使の見返りさんです」
細かいことを気にするやつだな……。
「わかったよ、見返りさん。その異世界ってのはどんなところなんだ?」
「どんな異世界でも構いませんよ。太郎さんの望みのままの世界ですとも」
「そりゃあすげえ!」
つーことは、誰もが夢見る剣と魔法の世界も可能ってことだろ?
なんだよそれ、最高じゃねえか!
死んで良かったぜ。
「本当にそうですか?」
え?
「死んで最高だったと、本当に太郎さんは言い切れますか?」
「変なことを聞くやつだな。当たり前だろ」
「そのようなセリフは太郎さんのような人が言うべきでなく、しっかりと天寿を全うした人が言うべきだと思いますがね」
「どういう意味だ」
「太郎さんの異世界に行くという選択は、単なる逃げという意味ですよ」
「逃げ?」
つまり、つまらない人生だったから異世界に転生して、楽しい第二の人生を謳歌しようというのが現実逃避ということか?
確かに異世界に転生したい動機はまさにその通りだが、そんなに責め立てられることでもないだろうに。
「もちろんあなたの言う通り、その選択が間違っているというわけではありません。ただ、私はもっとあなたに悩んでいただきたいので──」
悪魔の囁きとでも思って聞いてください。
見返りさんは怪しく光って、そう言った。
「我が生涯に一片の悔いなし、という言葉は知っていますか?」
「ラオウの死に際の一言だろ。もちろん知ってるよ、有名だからな」
「ではなぜこれが有名になったのでしょう」
「そりゃあ名言だからさ」
「そうです、この言葉は名言なのです。ではこの名言を放ったラオウは、太郎さんに私がしたような選択を迫られた時、異世界転生を望むでしょうか」
言われた瞬間、ハッとした。
「さて、太郎さんが少し気づきかけたところで今までの人生を振り返ってみましょう」
見返りさんがそう言うと、何もないこの空間に、俺の生前の頃の記憶がプロジェクターのように映し出された。
「これはあなたが生まれた時のものです。ご両親は泣いて喜んでいますね」
アルバムでしか見たことのない記憶。
お父さんが泣いているのなんて、初めて見た気がする。
「これは小学校の運動会ですね。この日のために、たくさん練習したのでしょう」
確かに暑い中、よく頑張った気がするなぁ。
かけっこでは途中でコケちゃって、お母さんに慰めてもらったっけ。
「中学の卒業式です。おや、泣いてませんか? あなた」
そういえば泣いたな、あの時。
なんでだっけ、なんかこう、胸が熱くなるような。
「高校の文化祭終わりですね。クラスメイトと教室で二人きりなようですが」
初恋の人だ、懐かしい。
今までにない勇気を振り絞って告白したんだよな。
「振られましたけどね」
「うるせーよ」
「ささ、気を取り直して──」
それからも見返りさんの能力で、俺は俺自身の半生を振り返った。
小説や映画のようなドラマティックなワンシーンなど全くなかったけれども、案外、見ていて悪いものでもなかった。
つまらない人生だったのに。
「これは私の持論なのですがね」
ひとしきり映像を見終えたあと、見返りさんはそう語り出した。
「どれだけつまらない人生だと思っていても、いざ見返してみれば、中々どうして良いものだったりするんですよ」
確かにな。
それは同感だ。
「最近は自分が悲劇のヒロインだと錯覚して自殺する人や、死ぬのが怖くないと本心から言う人が多くて呆れます。バカなんですかね?」
生きるとか死ぬという概念がないであろうモノノ怪に、そんなことを語られてもちょっと説得力に欠けるような気もするが。
「反論じゃないけれど、俺も死ぬのは怖くなかったぜ」
見返りさんのおかげで、俺の人生も思いのほか捨てたもんじゃなかったことはわかったけれど、それでもやはり、未練を残すほどでもなかったからな。
それよりも異世界転生するなり生まれ変わるなりして、さっさと新しい人生を歩み出したいもんだ。
「あらあら、太郎さんは私の想像以上に愚かなようですね」
死後もなお呆れられる俺。
ごたくはいいから、こちとら早く転生させて欲しい。
「なぜ人は──いや、普通の感性を持つ人は死を恐れるかわかりますか?」
「死ぬのは痛いし、苦しいからだろ」
「そんな幼稚な答えは求めていません、もっと根本的な話です」
はぁ?
「ではヒントを出しましょう。太郎さんがやっとの思いで完成させたトランプタワーを、誰かに壊されたらどうですか?」
「ムカつくな。せっかく頑張って作ったのにさ」
「つまり、そういうことです」
再び、見返りさんは怪しく光った。
「もはや答え同然になってしまいますが、人が死を恐れる理由──それは、死ぬことで今までに積み上げてきた実績や経験、人との繋がりが無に帰すのを恐れるからです」
「──!」
見返りさんの言いたいことが、なんとなく、わかった。
「死の瞬間は突然訪れます。その正確なタイミングは誰にも予期できませんし、死んでしまえば何も残りません。けれども人はその一生に胸を張れるよう──そう、ラオウの名言を心の底から言えるように日々を懸命に生きるのです」
見返りさんは、俺にどうしろと言いいたいのだろう。
転生を選ぶのではなく、現世に復活して、もう一度やり直せとでも言いたいのだろうか。
「別に正解はありませんよ。冒頭でも言いましたが、これは私の気まぐれですし、ただの暇つぶしです」
良い趣味してやがる。
見返り転使、こいつは紛れもなくモノノ怪だ。
俺はただ、異世界転して俺ツエーしたいだけだったのに。
「これは私の個人的な意見ですが、死を受け入れた人よりも、死を恐れる人の方がよっぽどヒーローらしいと思いますよ」
ヒーロー。
それはまさに、俺がなりたかったもの。
「物語の主人公になるのに、必ずしもヒロインや見せ場が必要なわけではありません──ただ、自分の生涯を振り返り、誇れるものがあれば良いのです」
「……誇れるもの」
「ではもう一度、問いましょう」
それから見返りさんは、改めて言った。
「太郎さん、現世に復活してやり直しますか? それとも異世界に転生して逃げますか?」
おや、どうしました?
悪趣味なモノノ怪は言う。
「悩んでるように見えますけれど」
本当に転生しますか? だるぉ @daruO
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