百合ハーレムが大好きです!

M・A・J・O

誰か一人に決めなきゃダメ?

「――ねぇ、あなたは誰を選ぶ?」


 そんなような声が聞こえた気がした。

 ひどく甘ったるい声。

 そして、どことなく自分を責めているようにも感じられる。


「私、私は――」


 ……そこで、朱美あけみは目が覚めた。

 しばし暗闇を漂っていた目にはつらい光が目に入る。

 もうすでに朝になっていて、鳥が小さな合唱を始めている。


「はー……可愛い女の子が朝起こしてくれればいいのに」

「可愛い女の子がなんだって?」

「うおあっ!?」


 すぐ隣を見てみると、妹が仁王立ちして威圧感を出している。

 ラスボス感がすごい。


「な、なにかな……美桜みおう


 美桜――白髪桜目の美少女。

 肩まで伸びた白い髪と桜色に輝く瞳は、春を連想させる。


 だが今は――ニコニコ微笑んではいるが――顔がすごく怖い。

 底知れぬラスボスオーラを感じる。恐怖。


「『なにかな』じゃないよ! 朱美おねーちゃん、起こしても全然起きないんだもん!」


 ふくれっ面になり、魔王オーラが消えた。

 ずっと朱美を揺すっていたらしく、疲労感が現れている。

 そんなところも可愛いと思いながら、朱美は美桜の頭を撫でる。


「ありがと〜。美桜がいてくれてよかった」

「……っ、朱美おねーちゃんのそういうとこ……ほんとずるい」


 不機嫌そうに言いつつ、されるがままだ。

 むしろ、頭を突き出して「もっと」とせがんでくる。

 美少女に弱い朱美は、家族だろうがなんだろうが手を出したくなってしまう。


「んー……ねぇ、ちょっとだけ襲わせ――」

「変なこと言ったらコロス☆」

「スミマセン」


 すごくいい笑顔で怒られた。

 ちなみに、声にはものすごく殺気が込められていた。

 あれ以上言っていたら本当に殺されていたかもしれない。


 仕方なく、朱美は学校に行く準備をする。

 顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨いている間も、「可愛い女の子に囲まれたい」などと呟いていた。


 ☆ ☆ ☆


「あら、おはようございます。朱美さん」

「おはよー、蒼衣あおい。てか、幼なじみなんだからさん付けやめてよ」


 丁寧な口調と態度で出迎えてくれたのは、隣に住んでいる幼なじみの蒼衣。

 生まれた時から既に一緒にいるので、もうかれこれ14年の付き合いになる。


「同じ病院、同じ時間に生まれた運命ような仲なんだから〜」

「それもそうですわね。だけどもうそう呼ぶのが癖になってしまっていて」


 蒼衣は、赤髪青目の美少女。

 腰まで伸びた長く燃えるような赤髪がとても眩しい。

 ついつい反射的に目を細めてしまう。


「じゃ、行こうか」

「待ってよ! 私はまだあおちゃんと一緒に登校するの認めてないんだからね!?」

「あら、威勢のいい子猫ちゃんだこと。だけど一度わたくしに負けた分際でよくもまあそんな口が利けるものですわね、みーちゃん?」

「ぐぬぬ……」


 今、朱美は両手に花状態である。

 鼻の下が伸び切り、すごくだらしない顔面になっていた。

 朱美の左腕を美桜が、右腕を蒼衣が押さえている。

 この時間が永遠に続けばいいと思いながら、朱美は歩を進める。


「はー……幸せ……」


 周囲の人達にジロジロ見られながらも、朱美は幸福な時を過ごしていた。

 両手の花は、まだバチバチと見えない争いを繰り広げているが。


「相変わらずなのね、あなた」


 ソプラノ歌手のように高く響く声。

 朱美も美桜も蒼衣も、この声には聞き覚えがあった。


「いい加減一人に決めたらどうなのかしら」

紫音しおん先輩……」


 細い目で、朱美を睨むように見ている。

 背が高くてスラッとしたモデル体型が羨ましい。

 この人が紫音――JKを満喫している、朱美と蒼衣の二個上の先輩で、銀髪紫目の美少女である。


「先輩……高校へ行かなくてよろしいんですの?」


 紫音は高校生になったはずなのに、中学の校門前で朱美たちを待ち伏せていた。

 蒼衣は遠回しに「卒業したんだからここに来るな」と言っていたのだが、そんなことは紫音の知ったことではない。


「どうしても朱美に会いたかったのよ。両手は先約があるみたいだから――ここね」

「……はぇ?」


 紫音はおもむろに朱美に近づくと、そのぷっくりとした唇で朱美の唇を弄ぶ。

 上唇を掴み、下唇を甘噛みし、ゆっくりと舌を入れていく。


 あまりにも突然の出来事に、朱美は目を見開くことしか出来ない。

 美桜も蒼衣も固まってしまい、ただ見ていることしか出来なかった。


「ちゅっ……ん……んむっ……」

「んっ……! んぁ……はぁん……」

「ん――ご馳走様」


 朱美はあまりの快感に膝から崩れ落ちる。

 美桜と蒼衣も、朱美につられて膝を折った。

 対照的に、紫音はすごく恍惚とした表情で元気そうにスキップしながらこの場を去っていった。


「な、なんなのあの人……っ!」

「あの方、とてつもないわざを持っていましたわね……」


 美桜は敵意を剥き出しにし、蒼衣は尊敬の眼差しで紫音を見ている。

 朱美はというと――


「しゅ、しゅごい……」


 ――余韻に浸っていた。


 ☆ ☆ ☆


「……へぇ、そんなことがあったのか」

「うん、めっちゃ幸せだった!」


 あの後、美桜と蒼衣は朱美を置いてさっさと自分たちの教室へと入っていっていた。

 美桜は不機嫌そうに、蒼衣は何かを考え込むように。

 それからしばらくして立ち上がった朱美は、口の端についた唾液を拭き取って教室へ急いだ。


「それにしても、私を置いてくなんて二人とも酷いよなぁ……」

「……うん、でも……仕方ないと思うな」

「そう?」


 今朱美と話をしているのは、クラスメイトである沙橙さと

 茶髪橙目の美少女だ。

 朱美と同じ、肩につくぐらいの長さの髪を持つ彼女の目は、どこか光が入っていない。


 朱美以外に親しい間柄の人がいないのもあってか、教室ではいつも本を読んで過ごしている。

 その時も、いつでも、ハイライトなし。

 朱美は密かに、その目に光を宿してみたいと考えている。


「……だってさ――みんな朱美ちゃんのことが好きみたいだしな。紫音先輩が朱美ちゃんにキスしたのも、美桜ちゃんや蒼衣ちゃんがキス後に変だったのも、それなら辻褄が合うだろう?」

「……そ、それは……」


 確かに、それなら辻褄が合う。

 だけど、いくらなんでも、それは違うだろう。


「でも、私を好きっていっても、美桜は姉としてだろうし、蒼衣は幼なじみとしてだろうし、紫音先輩は……からかっただけでしょ?」


 朱美はあの三人に恋愛感情を抱いていないし、あの三人も朱美に恋愛感情を抱いていないだろう。

 スキンシップ旺盛なのは昔から変わらないし。


 特に何も意識せずに放った言葉を、沙橙はどう思ったのか。

 心做しかいつもより表情を明るくして言う。


「……じゃあ朱美ちゃんは、ボクのことを好きになってくれる可能性があるってことだよな?」

「…………それって、どういう――」

「……でも、誰を選ぶかは慎重にした方がいいぞ? 何せ君は――百合ハーレムの主人公なんだから」


 沙橙は手首の傷を見せつけるかのようにして、朱美の頭を撫でた。


 ☆ ☆ ☆


「んー……どういう意味なんだろう……」


 放課後になり、空が橙色に色づきてきた頃。

 朱美は家に向かって歩きながら、沙橙に言われたことを気にしていた。

 なんてメタ――意味のわからないことを言ってくるのだろうか。


「もうわかんないよぉ!」


 考えすぎて脳が混乱してしまった。

 早々に諦め、思考放棄した朱美の目に複数の見知った人物が映る。


「え、どうしたの……みんな……」


 それは、今日濃厚接触した四人。

 美桜、蒼衣、紫音、沙橙。

 全員、少し気まづそうな顔つきをしている。

 朱美がどう出ようか考えていると、沙橙が思いがけないことを言い放つ。


「……ボク訊いたんだ。みんなが朱美ちゃんのことどう思ってるか」

「……は?」

「……そしたら、みんな“恋愛感情”持ってるってさ」

「はああああ!?」


 ――有り得ない。有り得るわけがない。

 こんな状況、何かの間違いに決まっている。


「そ、そんなわけないじゃん?? だって私、だよ??」


 ついに我慢しきれず、朱美は叫び出した。


「私、変態だし、可愛くもないし、何の取り柄もないし……みんなのこと、都合のいい女ぐらいにしか……思ってないし……」


 百合ハーレムという状況を楽しむための道具。

 それが疑似的なものだとしても、女の子に囲まれたいという朱美の願いはみんなのおかげで叶っている。

 みんなを、自分の願いのために振り回していたのだ。


「……そうだな。それでもいいさ。なんせ――」

「朱美おねーちゃん。私、おねーちゃんのことが好き。大好き! だから、もうおねーちゃんとしては見られないよ」

「朱美さん。わたくしは、あなたと生涯共に生きる覚悟は出来ておりますわ。だからどうか、わたくしを選んでくださる?」

「朱美。私はあなたが好きなの。私はどんな朱美も、受け入れるつもりよ?」


 妹、幼なじみ、先輩……三人からの一斉告白を受けて、朱美はたじろぐ。

 こんな自分を、みんなは受け入れてくれるのかと、目頭が熱くなる。

 だけど……


「――さぁ、君は誰を選ぶかな?」


 あの夢と、同じ言葉。

 沙橙が朱美に近づいて、耳元で囁く。


「……誰か一人じゃなきゃダメだからな」


 完全に逃げ場がなくなってしまった。

 朱美は冷や汗をダラダラ流し、じりじりと後退する。

 ゴクリと唾を飲み込み、くるっと後ろを向いて逃げ出す。


「私は“百合ハーレム”が好きなのぉぉぉぉぉぉ!!」


 そんな最低な叫び声を上げながら、朱美は現実から目を背けた。

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