第10話 めでたしめでたし

 校舎を出ると、空はまだ曇っていたが、雨は止んでいた。

 降り止んだばかりのためか、生徒の姿はまばらだ。


 人目が増える前に、ミナを見つけなくては。

 

 意気込みながら校庭にむかう。

 すると、人のまったくいないグラウンドと、慰霊碑の側にたたずむミナの姿が目に入った。

 目を凝らしてみると、ミナはグラウンドの中央を見つめて怯えた表情を浮かべていた。

 ……これは、間違いなく何かを見ているな。


「ミナ!」


 あらんかぎりの大声を出して、ミナの名前を呼ぶ。

 ミナは私の声に驚いたのか、ピョンと小さく飛び跳ねた。

 すごく可愛らしい反応だが、今は見惚れている場合ではない。

 駆け寄っていくと、ミナは訝しげな表情で首を傾げた。


「山本……さん? 急にどうしたの?」


 ……覚悟をしてきたのに、改めて他人行儀に呼ばれるとつらいものがあるな。

 しかし、今は落ち込んでいる場合ではない。


「何か怖がっていたみたいだが、どうしたんだ?」


 私が尋ねると、ミナは再び目を見開いて、小さく飛び跳ねた。


「あ、えーと、うん。大丈夫! なんでもないよ!」


 そして、少し目を泳がせてから、引きつり気味の笑顔を浮かべた。

 この様子だと、私がミナの見たものを信じない、と思っているのだろう。


「ミナ、私はミナが何を見たと言ったとしても、絶対に疑わないし、おかしいなんて思わない」


 目を見つめながら伝えると、ミナは再び目を泳がせた。


「それに、ミナの力になりたいんだ。だから、何が見えているのか教えてくれ」


 目を逸らさずに続けると、ミナはようやく私の目に視線を定めてくれた。


「えーと、バカにしたり……しない?」


「ああ。そんなこと、決してするものか」


 私が答えると、ミナは軽く目を見開いた。


「……うん! ありがとう山本さん!」


 そして、屈託のない笑顔を浮かべた。

 ……たしかに、呼び名は他人行儀のままだ。

 それでも、またこの笑顔を見ることができてよかった。

 昨日は、もう二度とこの笑顔を見ることはないのだと思って……



「えーとね、昨日の夕方からなんか頭がモヤモヤしてたから、今日は学校お休みしようかと思ってたんだ。でも、今日は委員会のお仕事があったから、行かないとダメかなって思ったの。ほら、ここのお掃除が嫌だからサボったって思われたらやだし。でも、やっぱり一日中モヤモヤしててね、リコぺんにも、大丈夫かって聞かれたから、大丈夫だよって答えて、委員会のお仕事してたの。それで、さっき雨がやんだから、ちょっと、嫌だなって思いながらお掃除してたら、後ろからザワザワ聞こえたから、振り向いたのね。そしたら、こんな感じになってて、みんな私のこと呼んでて、びっくりしてバケツびっくり返しちゃって……」


 ……うん。

 そうだな、今は感傷に浸っている場合ではなかったな。

 今しなくてはいけないのは、ミナに何が起こったかを正確に理解することだ。


「ミナ、ちょっといいか?」


 私が言葉を止めると、ミナはキョトンとした表情で首を傾げた。



「うん、どうしたの?」


「話の内容が、まったく頭に入らない。五・七・五・七・七でまとめろ」



 ……思わず、いつもの調子で話を進めてしまった。

 しかし、ミナは私のことを忘れているのだし、いつものように歌を詠んでくれるだろうか?


「五・七・五・七・七ってことは、短歌だね! うん! やってみる!」


 私の不安をよそに、ミナは申し出を快諾してくれた。

 ……ミナが素直な子で、本当に良かった。

 これで、私もミナが見ているものを見ることができる。

 しかし、それからが問題だ。

 ミナが歌を詠めば、私も同じモノを見ることになる。

 そして、そのモノを処理することになる。

 ということは、再びミナにあの姿を見られることになるわけだ。

 また、怖がられてしまったら……




「うずたかい 死人の山が 曇天の 下で呼び声 上げて蠢く」




 ……うん。

 まずは、ミナを怖がらせているものを、処理してしまわなくては。

 ひとまず、私の不安などは、どこかへ置いておこう。


「って感じのものが、グラウンドの中央にいるんだけど……信じてくれる?」


「……ああ。しかし、今回はまた随分と凄まじいな」


「そうなんだよねー。しかも、こっちに来い、って呼んでくる系は、一度見ちゃうと何回も出てくるから、大変なんだー」


 ミナはそこで悲しそうな表情を浮かべると、深いため息を吐いた。


「まだ生きていたかったのに悔しい、って気持ちはなんとなく分かるけど、私だってまだ生きてたいし……ていうのは、冷たい考えなのかな?」


「いや、そんなことはない。私だって、ミナに生きていて欲しい。だから……」


 一度言葉を止めて、深呼吸をする。


「ここは、私がなんとかするから、任せてもらえないか?」


 私が提案すると、ミナは戸惑った表情を浮かべた。

 そして、少し間を置いてから、コクリと頷いた。


「それは、すごく助かるんだけど……山本さんは大丈夫なの?」


「……ああ。しかし、凄まじい光景になるだろうから、怖がらせてしまうかもしれない」


 ……ひょっとしたら、ミナは今日のことも忘れてしまうかもしれない。

 それでも、私はミナの力になりたい。




「そんなことないよ! 助けてくれた人のこと、怖いなんて思うわけないでしょ!」


「……そうか」




 不安は残るが、今は屈託のない笑顔をしたミナの言葉を信じよう。

 さあ、ミナを怖がらせる不届きなモノを始末しようじゃないか。



 うずたかい

 死人の山が

 曇天の

 下で呼び声

 上げて蠢く



 目を閉じて、ミナが詠んだ歌を唱える。



「痛い……」

「苦しい……」

「辛い……」

「熱い……」

「まだ生きたい……」

「お前らもこちらへ……」

「一緒に……」

「皆同じ目に遭えば……」



 すると、グラウンドの方からザワザワとした声が響いた。

 ゆっくりと目を開け、グラウンドの中央に目を向ける。

 そこには、ミナの詠んだとおり、沢山の人が折り重なった山ができていた。

 そして、疱瘡や爛れのできた顔に苦悶の表情を浮かべ、恨み言を口々に吐いている。

 予期せず病に命を奪われた無念が、ひしひしと伝わってくる。

 なかなか、むごい光景だ。

 しかし……


「悪いが、そちらにどんな事情があったとしても、ミナに危害を加えようとしたのだから、容赦はできない」


 声をかけると同時に、死体の山の下に赤黒い沼が広がっていく。

 そして、死体の山は徐々に沼の中へ沈んでいく。

 

「痛い……」

「苦しい……」

「辛い……」

「熱い……」

「恨めしい……」

「……」

「……」


 それから、死体の山は沼の中に完全に沈み、恨み言も聞こえなくなった。

 

 ひとまず、処理は完了した。

 しかし、これだけの数を一度に処理すると、流石に疲れるな……


「わっ!? だ、大丈夫!?」


 思わずよろめいたところを、ミナが支えてくれた。


「……ああ。ちょっと、疲れただけだから大丈夫」


 私が答えると、ミナは安心したように微笑んだ。




「よかった。に何かあったら、どうしようかと思ったよー」




「……へ?」




 突然名前を呼ばれ、思わず気の抜けた声を出してしまった。

 ひょっとしたら、聞き間違いなのだろうか?


「スバル、どうしたの?」


 しかし、ミナは再びハッキリと私の名前を呼んだ。


「え、いや、ミナ……今までのことは……?」


 混乱しながら問いかけると、ミナも困惑した表情を浮かべた。


「今までの……こと? えーと、何かあったっけ……あ!?」


 ミナはハッとした様子で声を上げた。

 それから、不服そうに唇を尖らせて頬を膨らませた。


「スバルってばヒドいよ! 昨日両思いだって分かった瞬間、急に一人で帰っちゃうんだから! しかも、今日だって全然みつからないし……」


 どうやら、私の呪いは解けてしまったようだな……

 保健室でのやり取りまでは覚えているようだが、ミナの中では、私の方が先に帰ったことになっているらしい。


「今までどこに行ってたのさ!?」


「すまない……ミナが私のことを怖がっていると思ったから……」


「そんなことないよ! たしかに、ちょっとビックリしたけど……」


 ミナはそこで言葉をとめると、肩に置いた手に力を込めた。




「私が怖かったのは、プールで見たことを話したらスバルがどっか行っちゃいそうだったからだもん!」



 ミナは目に涙を湛えながら、叫ぶようにそう言った。

 ……リコぺんさんの話は、本当だったようだ。


「それなのにさ……急に、どっかに行っちゃうんだから……ヒドいよ……」


「……すまなかった」


「……もう、急にいなくなったり……しない?」


「……ああ」


「本当?」


「本当だ」


 私の答えを聞き、ミナは涙を拭った。

 それから、屈託のない笑みを浮かべて、私の顔を覗き込んだ。


「絶対だからね!」


「ああ……絶対だ!」


 ……私が恐ろしいバケモノだと言うことは変わらない。

 しかし、ミナはそれでも一緒にいたいと言ってくれた。

 

 ならば、私はミナの側にいよう。

 これからも、ずっと。


「……あれ、スバル、泣いてる?」


「……気のせいだ」


「えー!? でも、目、赤いよ! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫だ! それより、掃除が終わったなら、雨が止んでいるうちに早く帰るぞ!」


「うん! そうだね!」


 それから、私たちは校庭を後にし、帰り支度をして、二人して家路についた。

 今までのように、とりとめのない話をしながら。




 それから、またミナと一緒に登校し、お昼を食べ、放課後読書をし、一緒に下校するという日常が戻って来た。

 はれて両思いの恋人同士になったわりには、健全すぎる付き合い方なのかもしれない。

 それでも、私もミナも、今のこの日常を気に入っている。

 だから、当面このままだとしても、何ら不満はない。

 

 それに、休日に二人きりでデートをする機会もふえたしな!

 

 ……それはともかく、今日も二人して放課後の教室に残り、一緒に読書をしている。


「スバル、『異世界に転生した私ですが親友の為に今日もチート能力で暗殺稼業です』の二巻、読み終わった?」


 不意に、机を挟んで向かいに座ったミナが、首を傾げながら声をかけてきた。


「ああ。今、ちょうど読み終わったよ。しかし、ミナの言った通り、怒濤の展開だったな」


「でしょ!? ビックリしたよね!」


「ああ。まさか、主人公の暗躍がお姫様にバレて、二人して城を後にして冒険の旅に出ることになるとは思わなかった。しかも、お姫様からの提案で」


「そうそう! それで、三巻からは、二人で色んなところを冒険するお話になるんだよ!」


「もう、暗殺が関係なくなっていないか?」


「うん! 三巻からは、暗殺あんまり関係なくなるよ!」


「それは……タイトル詐欺とか、言われないのだろうか……いや、私は多分三巻以降の話の方が好きだと思うが……」


「二人が楽しそうならそれでいいんだよ! 異世界モノは主人公達が楽しくしてないと!」


「そうか、そういうものなのか……」


 私の言葉にミナは、そうだよ、とどこか得意げに答えた。

 二人が楽しそうならそれでいい、か。

 たしかに、それは間違っていないな。

 私だって、こうやってミナと楽しく過ごすことが何よりも……



「そうだよ! でも、さっきお手洗いの近くで、三巻に出てくるオバケみたいなのに遭遇しちゃったから、ちょっとへこんでるんだよね……」


「……またなのか」



 ……うん。

 のろけている場合ではなかった。

 

「そう! そうなの!」


 校庭での一件の後も、ミナは相変わらずことあるごとに、怪奇現象に遭遇している。


「さっき、お手洗いにいってくるね、っていって教室出たでしょ? その時にね、リコぺんにすれ違って、あ、そうそう、リコぺんからね、二人で行ったら良さそうなカフェを教えてもらったから、今度行ってみよう! それでね……」


 そして、相変わらず、話を脱線させながら、遭遇したことを説明してくれる。

 

「それで、リコぺんと明日の授業なんだっけって言うはなしをしてから、またねー、っていって別れて、お手洗いに向かったのね。そしたら、なんかね今日晴れてるのに、廊下の奥から何か流れてきてて、なんだろーって思ったのね。でも、ほら、うちの学校たまに雨漏りするでしょ……」


 あの一件以降、ミナにかけた呪いが利かなくなってしまった。


「だから、雨漏りかなーでも今日晴れてるのに変だなーって思ったら、バサバサって音がして、水が慣れてきた方を見たら、何か黒いのがいっぱいついた誰かが倒れててね……」


 どうしようかと悩んでいたが、ミナから、それなら処理するところに立ち会いたい、と提案があった。

 怖いモノが消えていくところを見ると、安心できるらしい。

 最初は戸惑ったが、ミナが少しでも安心できるならそれも良いのかと思い、提案を受け入れた。

 しかし……

 

「ぎゃーって思って、スバルを呼びに行こうと思ったんだけど、先にお手洗い行った方が良いかなって思ったら、いつの間にか消えちゃっててね。あ、えっとね、やっぱり雨漏りじゃなかったよ! それでね……」


 ……やはり、ミナの説明も相変わらずで、何があったかはサッパリ伝わってこない。



「ミナ、ちょっといいか?」


 私が言葉を止めると、ミナはキョトンとした表情で首を傾げた。



「うん、どうしたの?」


「話の内容が、まったく頭に入らない。五・七・五・七・七でまとめろ」

 


 いつも通りのやり取りの後に、ミナは屈託のない笑みを浮かべた。


「うん! 分かった! ちょっと、待っててね!」


 そして、朗らかに返事をした。

 ……きっと、また今日も凄まじい光景を見ることになるのだろう。

 それでも、ミナと一緒ならば……



「油虫 群がる人が 体液を 流し倒れる 廊下の隅に」



 ……うん。

 ただ、もう少しお手柔らかにしてもらえると、助かる……かな……


「スバル!? だ、大丈夫!? 今回は、見なかったことにして、帰ろうか」


「い、いや、ちょっと虫系ってことで、焦っただけだ。しかし、ミナを怖がらせるモノは放っておけない……」


 力なく答えると、ミナはオロオロとしだした。

 しかし、なぜかすぐに凜々しい表情を浮かべた。

 一体、なにを思い着いたのだろうか……


「じゃあ、スバルが頑張ってくれたおれいに、ほっぺにチューね!」


「よし、ミナを怖がらせるろくでもないモノをすぐに消し去ってやろうではないか」


「きゃー! スバルカッコいいー!」


 ……うん。

 凄まじい光景なんて、全く大した問題ではない。


 大好きなミナと、こうして一緒にいられるのだから。

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短歌とホラーと女子高生と 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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