第4話「卒業お見送り大作戦」

 恋愛において一番楽しい時期はいつか。

 答えは「付き合う直前」である。

 お互い好きなのはわかってるんだけど、付き合っちゃうとなんか関係性が変わっちゃいそうだから今のままがいいなあ、と誰しもが考え、中にはその感情を墓場まで持ち帰ってしまったという例も確認されている。

 そして、かのキヨシ君カップル(仮)もその例外ではなかった。あの「勝手にホーンテッドマンション作戦」の後、キヨシ君とレナさんの距離は、急速に縮まった。「勝手にホーンテッドマンション作戦」は、作戦としては中々にボロボロの内容だったのだが、レナさんの懐の深さによって、何とか成功の体をなしたのだった。あの状況で涙が出るほどケタケタ笑ってくれるのは、全国津々浦々の中でも彼女だけだろう。この場を借りて「シェイシェイ」という言葉を送りたい。

 しかし一番重要なのはこれからである。はじめの状況からは想像もできないほど親密になった二人だが、結局まだ恋人同士には至っていないのだ。私も何とかキヨシ君を説得して、いち早く彼に告白をさせたいのだが、何しろキヨシ君はマジメ界にてその名を大いに馳せている人物である。念には念を入れ、さらにその上から念をふりかけ、最後にそれらをさらに念で包み込むくらいでないと、彼は納得しない。つまり、マジメであるがゆえに、彼はとてもじれったくてメンドクサイ人物なのである。

 ただ、そんなことばかり言ってはいられない。今回のミッションにはタイムリミットがあったのである。

 合宿免許も佳境を迎えたある日の夜、レナさんとのおしゃべりを終えて部屋に戻ってきたキヨシ君の目は、涙で潤んでいた。

「キヨシ君、いくら気弱な君でも女子に泣かされるのはいかがなものか」

「違うんだよう。だって、レナさん明日で合宿終わるって・・・」

 恐れていたことが起きてしまった。せっかく結ばれつつある目の前のカップルが、何の意味もない無益な駆け引きによって、今まさに自滅せんとしている。そんな状況を目の当たりにして、私と赤井が黙っているわけがなかった。二人で互いに目配せをして、例のごとくシクシクやっているキヨシ君を部屋に置き去りにし、浜辺へと向かった。


午後九時半。私たちは浜辺でシン・ゴジラのモノマネをしながら、第三回緊急作戦会議を開いた。

「俺はもう正直、強行突破しかないと思う」

「しかし村上クン。今のキヨシ君にちゃんとした告白をする度胸と勇気があると思うか?」

「思ってない」

「だろう?だったら強行突破のベクトルをずらそう。時間がないのであれば、無理やりにでも時間を延ばしてやればいい」

「と、言うと?」

「彼女が明日の卒検に落ちればいいのだ」

私は絶句した。赤井のアホさはこの身で重々体感していたはずだったが、ここまでしようとする男だったとは。

しかし、そんなことは私の良心が許さない。

「俺は絶対に手伝わないぞ」

「そう言うと思ったよ。君は案外ビビりだからね。でも、あいにく今回の作戦は僕一人で事足りるんだ。君を巻き込むつもりはない。そもそも、君とキヨシ君は明日レナさんが卒検を受けている間、自分の教習を受けていなければならない。車の外からちょっかいを出せるのは俺だけだ」

「そういう問題じゃないだろう。俺はお前の倫理観について疑念を抱いているのだ」

「心配はいらない。法に触れるつもりはないし、レナさんの追加の教習料金は俺が全額負担する。」

 赤井はあくまでも覚悟を決めた真剣な目で語りかけている。こういう時、私が彼に議論で勝てることはない。私はしぶしぶ堪忍した。

「分かったよ。でもいくら懐が四次元のように深いレナさんでも、きっとお前のことを恨むだろう。もしかしたらキヨシ君のことも嫌いになっちゃうかもね」

「どっちにしろ今のままじゃ二人は幸せになれないんだ。俺が嫌われ役で結構!やってやろう!『卒業見送り作戦』!!!」


 翌日、私は昨晩の赤井の発言を気にしながら、教習所の待合室で次の教習が始まるまで時間をつぶしていた。キヨシ君は結局レナさんにろくなお別れも言えていないらしく、私の横で相変わらずうなだれている。赤井は既に作戦の準備に向かっているようだ。

 しばらくするとチャイムが鳴り、私とキヨシ君はそれぞれ教習車に乗った。数日前から私たちも路上に繰り出して、初心者らしくハンドルをブイブイいわせて教官に叱られている。私がエンジンをつけて車を発進させると、私の前を走る教習車の中に、レナさんの後ろ姿を捉えた。卒検の真っ最中のようであった。

 山を登り交差点を抜け坂道発進に失敗し、私はレナさんを乗せた教習車と同じルートを通って行った。いつ赤井が現れ暴挙に出るのか、ヒヤヒヤしながらヒヤリハットを稼ぎ続けていると、ついにその瞬間が訪れた。

 目の前の横断歩道に、見覚えのあるシルエットが見えた。獅子舞である。

 獅子舞は頭をグルングルンさせながら雄たけびを上げ、横断歩道を往復している。私はあまりに拍子抜けしてしまったため、口があんぐりしているのが自分でも理解できた。隣に座る教官が「ギア下げて!ギア!」としきりに叫びかけてくる。

 前を走るレナさんがどういう感情だったのか、後ろ姿からは推し量ることができないが、きっと顔をしかめてドン引きしているに違いない。彼女はそのまま踊り狂う獅子舞をヒョイと避け、何事もなかったかのように横断歩道を通過した。私も同じようにして、哀れな赤井の横を徐行して通り過ぎた。その際、後ろから「歩行者優先!歩行者優先!」という叫び声が聞こえたが、私に同情の余地はなかった。今思えば彼の作戦はすべて獅子舞頼りの一辺倒であった。同じ作戦が二度も通用するほどこの世は甘くないのである。


かくして赤井のなけなしの作戦は惨敗を喫し、レナさんは無事卒業検定に合格した。彼女が帰りの駅に向かう時も、私たちは彼女を見送ることさえ許されなかった。三人そろって同じ車に乗る自主経路教習がかぶっていたからである。作戦を終えて教習所に帰還した赤井を交え、私たちはトボトボと教習車に乗り込んだ。

いつも三人そろって同じ教習者に乗るときは、車内で会話が途切れることは一切なかった。しかし今は最悪の空気である。この地獄のような空気をペットボトルに詰めて販売すれば、罰ゲームグッズとしてそこそこ人気が出そうなくらいである。

私の運転が終わり、最後に運転席に乗ったのはキヨシ君であった。彼は今にも顔をハンドルにぶつけてガンガンやり始めそうなほど暗い顔をしている。彼も後悔しているのだろう。あの時勇気を出していれば。もう少し自分に度胸があれば。しかしそんなことを考えていても、時間は元には戻せない。車はバックギアに入れれば後ろに進んでくれるが、人生はそうもいかない。失敗から学びながら、前に進み続けるしかないのである。キヨシ君も今回そのことを学んだのであろう。


そんなことを考えていると、隣に座っていた赤井が何かを見つけた。赤井はハッとした顔をして、自分のリュックの中に手を突っ込んだ。

「レナさんだ」

 赤井はすかさずリュックの中に封印していた獅子舞を頭にかぶり、窓を開けた。

「おーい!!レナさーん!!!」

 助手席に座っていた教官がぎょっとした顔をして「ちょっと、赤井君!?何やってるの???」と叫んだ。

 私も赤井が叫んだ方を見ると、今まさにレナさんが駅舎に入ろうとしているところであった。終始うなだれていたままだったので気が付かなかったが、私たちはいつのまにか駅前まで車を走らせていたのである。

 レナさんの方も、赤井の声に気が付いたらしい。こちらへ手を振っている。

「キヨシ君、これが最後のチャンスだ。後の判断は君が決めな」

キヨシ君は前を見つめたまま唇を噛みしめている。教官は何が何やら意味不明といった様子だ。無理もない。しかし私のボルテージは最高潮に達していた。

そしてついに、私はキヨシ君に向かって叫んだ。

「キヨシ君!!男をみせてやれえぇぇ!!!!!」

 その瞬間、キヨシ君はハンドルをグワンと切り、車を急転回させた。そして駅の方へ一直線に車を走らせ、車を降りてレナさんの元へと向かっていった。

見つめあうキヨシ君とレナさんを見届けながら、獅子舞のかぶりものを取った赤井がポツリと呟いた。

「これがほんとの『卒業お見送り大作戦』だ。結果オーライで何より」


 その後の展開についてはとやかく言うのも野暮であろう。一つだけ話すことがあるのならば、あの後私たちは教官にこっぴどくお説教を食らい、卒業日が三日間延びた。しかし三人の顔に後悔はなく、笑顔で追加の教習料と延泊代を支払った。結果オーライ上等である。

 キヨシ君とレナさんはお似合いのカップルである。この先に待ち受ける困難にも、それなりに対処していけるだろう。私たちの出る幕は終わった。


 免許合宿が終わった後も、私と赤井は相も変わらずであった。変わったことといえば、赤井が安形さんと手を組んで何か良からぬことを企んでいるらしいということだけだ。やはりあの二人を知り合わせたのはまずかっただろうか。

 しかし、そんなことはどうでもよいのである。私は今日もアホなことで頭がいっぱいであるのだから。

 進め私よ、大志を抱け。

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テトラポット三銃士 そんちょう @kansan0921

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