第3話「勝手にホーンテッドマンション作戦」

 ようやく正気を取り戻したキヨシ君を交え、私たちは第二回緊急作戦会議を開いた。今回は当のターゲットであるキヨシ君から意見を聞くことができる。次こそは栄光のキューピットとなるのだ!

「してキヨシ君、念のため聞いておくけれども、君はレナさんという女性とお付き合いしたいと考えているのかね?」

キヨシ君は顔を茹蛸のようにしながら、綿あめをお湯に突っ込んだ時のように消え入る声で「・・・ウン」とうなづいた。180㎝の体から発せられたエネルギー量とは到底考えられない。先が思いやられる。

そうは言いつつも、その後の私と赤井の質問によって、徐々にだがレナさんについての情報が分かってきた。

レナさんは現在私たちと同学年、黒髪ロングの清楚な感じの人で、友人と共にこの免許取得合宿に参加している。キヨシ君は、私たちが浜辺でドンキーコングの真似をして汗を流している間ドリンクを買いにロビーへ降りてきた際、彼女と偶然出会ったのだという。

その後、少し話を重ねていくうちに、同い年であったことも助け、二人の会話は大いに弾んだ、ということになっているらしい。

「レナさんは、僕がボーっとしていたときも、『元気ないの?』って気にかけてくれて、それからは元気が出る話をずっとしてくれてたんだ。僕は例の作戦を守り抜くために口を開けたままポカンとしていたんだけど、心の中では、あー元気が湧いてくるなあ、ってずっと思ってた」

「それは気の毒だったな」

「まあ安形さんにも間違いの一つや二つあるさ。ドンマイ!」

 二人の冷ややかな視線が熱光線のように私をつっつく。いや赤井!お前もノリノリだったじゃん!

「ま、まあさ、まだ修正は効くわけだしさ、次の作戦に取り掛かろうや。キヨシ君、今困っていることは??」

 キヨシ君は少し口を結んでムウっとやった後、恥ずかし気に言った。

「彼女はさ、多分僕と話してる時も普段と何ら変わりなく接してくれてると思うんだけど、僕は彼女と話してるとき、いつも心臓がバクンバクンなんだ。彼女の声より自分の心臓の音のほうがうるさいからじれったくて仕方がない」

 私は何を聞かされているのだろうか。こんな中学生みたいな初々しく甘酸っぱいエピソードを聞かされても、私には何の得もない。しかしこれは戦いである。「キヨシ君とレナさんを結ばせる」という任務を任された以上、命を懸けてでもその役割を全うしなければならない。そうしないと私の沽券にかかわる。私は回したくない脳みそをぐるぐると回転させ、対策を練った。

「キヨシ君の心臓がバクバクになるのは、多分AEDで心臓を止めない限り対策の仕様がない。ならば、レナさんの方の心臓も、同じようにバクバクにしてあげればよいのではないか」

 この提案に対し、キヨシ君はわけのわからないといった顔をしていたが、赤井の方は目を輝かせ、腹をすかせたホオジロザメのように喰いついてきた。

「それならいい作戦があるぞ、村上」

「いい作戦?」

「この旅館を利用して、肝試しをするのだ。」

「そんなまた無茶な」

「そんなことはない。俺は最初にこの旅館にやってきたときからずっと思ってたんだ。この古めかしい雰囲気、浜風による湿った空気、不気味な静けさ。この旅館は肝試しのポテンシャルを大いに含んでいるじゃあないか!、とね」

「それはつまり、君が肝試ししたいだけだろう」

「それもある。しかしそれで目的が達成できるのならば文句はあるまい。この肝試しによって皆の冷や汗は氾濫し、鳥肌は羽ばたき、そして心臓はディスコクラブと化す」

 さすがはアホ界のトップに君臨する男。考えることの規模が違う。やはり彼を安形さんに紹介してこなかった私の判断は正しかった。

「でも何も用意がないのに肝試しなんてどうやってやるのさ」

「心配ご無用さキヨシ君。俺と赤井の手にかかれば用意なんて韋駄天のごとく終わらせられる。君はいつものようにレナさんとの会話を楽しみたまえ。準備ができたらすぐに肝試しスタートだ」


 午後七時、私と赤井は浜辺でシロナガスクジラのモノマネをしながら本作戦の段取りを考えていた。

「まず肝試しといえば暗所で行わなければならない。そのために、一時的に旅館内の電気を全ストップさせる」

「そんなことどうやってやるんだよ」

「こんなこともあろうかと、旅館内の電気が一回の事務室で管理されていることを把握しておいた。後はそこへ忍び込んで、スイッチをパチパチとやってあげればいい」

「そんな簡単に言うけどさ、俺には成功するヴィジョンが全然見えない」

「大丈夫さ。管理室は午後十時から三十分間、無人になる。管理人が風呂に入るからだ。その間に事を済ましちまえばいい」

「抜かりない奴め」

「俺だって本気なんだ。あと、その役割はお前に担ってもらうからよろしく」

「はあ?何勝手に言ってんだよ」

「俺にはもっと大事な役割があるのだ。これを見たまえ」

 そう言うと、赤井は自分のリュックからズボリと何かと取り出し、私に見せた。

 それはへんてこな顔をした獅子舞のかぶりものであった。

「俺が合図したら君は電気をイッキに切る。旅館が真っ暗になったところで俺がキヨシ君とレナさんの近くに忍び寄り、懐中電灯とこの獅子舞を使ってガオーとやる。二人は抱き合いながら悲鳴を上げる。ドキドキの心臓はやがて二人に錯覚を起こす。かの有名なつり橋効果というやつである。これにて万事解決。二人は結ばれた」

「そんなにうまくいくものかねえ」

「うまくやってみせるさ。どんと任せたまえ。」

「まあ、今回はお前に乗ってやるか」

「さあさあ始めよう、作戦の名は、『勝手にホーンテッドマンション作戦』!!」

「ほんとに勝手な奴だ」


 午後十時。管理室の前で私が待ち伏せしていると、本当に管理人が部屋から出てきた。フンフン言ってご機嫌な様子だ。

 私はソソソっと管理室に潜り込み、LINEで赤井に「準備OK」というウサギのスタンプを送った。赤井はキヨシ君たちが旅館内にいることを確認し、私に「決行準備」というクマのスタンプを送ってきた。緊張が高まる。

 何分かの静寂の後、赤井による「よし」というウサギのスタンプによって、ついに作戦は決行された。私はパチパチと軽快にスイッチをOFFにしていく。とても爽快で心地よい。十秒もかからず、私はすべてのスイッチをOFFにすることに成功した。

 しかし、ここで予想だにしないことが起こった。風呂に入っていた管理人が、「何事何事!?」と叫びながらこちらへ向かってきたのだ。旅館内のすべての電気を切ってしまったせいで、あろうことか大浴場の電気まで切れてしまったのである。ここにきて私たちのアホさがピンチをもたらしてしまった。私の冷や汗は氾濫し、鳥肌は羽ばたき、心臓はディスコクラブへと化した。やばいやばいやばい!!

 私が窮地に立たされ、万事休すと観念していると、赤井のガオーという絶妙に棒読みな声と、キヨシ君の雄たけびに近い悲鳴が順番に聞こえた。私はそれを聞くや否や、すぐさま電気のスイッチをすべてONにし、現場へと駆け付けた。

 息を絶え絶えにしながら現場に到着すると、レナさんの腕にしがみついてしくしく泣いているキヨシ君とそれを見てケタケタ笑って涙を流すレナさん、それをうらやましそうに見つめる獅子舞の姿があった。

 私と獅子舞は顔を合わせ、しばらくだんまりしていたが、やがて口を合わせて確認した。

「結果オーライだね」

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