5日目 正常なる多重人格
「お〜…。」
眼前のPCに映された少女の動く様を見て、感嘆の声が上がっている。
席に座った鎬木さんはそのまま画面の前で揺れ動きながら、自分の分身のことを見つめていた。
「すごい突貫工事ね。それでいてクオリティも良いとは。…‥寝てないんじゃない?」
「いや、そんなことはないよ。」
嘘である。日々かつかつな自己管理だったのが響き、普通に睡眠時間が削られている。
ここ数日はイラ研にも休みを入れて自前の機材を用いてのモデリングに四苦八苦しつつも、なんとか完成に漕ぎ着けた。一昔前では個人レベルではできなかったであろう、ここまでの動体検知や表情変化をつけられたのも、近年の技術のブレークスルーとやらが起こった賜物であろう。
「にしても…すごい。」
「鎬木さん、軽く喋ってみたら?」
「え、ああ………そうだね。」
ひとつ深く深呼吸。互いに何も喋らない間があったのち、それは響いた。
「みんな〜!!コンパピ〜!!
ちょっと自分の耳を疑った。今まで聞いてきた彼女の声とは大きく開きのある張りのある高音が響き、突き刺さっていく。
マイクの拾った音と動きに合わせ、画面内少女はにこやかに動いている。
「ちょっとストップ。」
市瀬さんがそう言うと僕らはそのままそっちを向く。
「ごめん、なんとなくこういう方向性かなって思ってたから練習してて…。」
「努力とやる気は一回認めましょう。」
面食らったのか、そのまま頭を手で押さえつつ、考え込む。
「……そういえばそこら辺何も決めてなかったね…。」
ここ数日は技術的な問題の方の優先があり、演出やキャラクター的な問題に何も着手していなかったということもあり、そのまま会議に移行する。
「まず、あれは何?」
「えっと…キャラづくり?」
「ああ…アニメとかでよくあるやつ。配信上だととてつもなく元気だけど、それ以外だとローテンションみたいな、オンオフがあるタイプの…。」
「あ、えっとそれって…私のこと…?」
完全にデリカシーなしの言動で地雷を踏み抜いていることに気付いたのは言い終わった後だった。
「あ、ああくまでキャラの話だから!!!!」
焦りをそのまま言葉に出てしまい、眼前の同級生の信頼がややがたついているところで市瀬さんが言う。
「まあ志水くんの言ってることは置いておいて…、とりあえずはそういう方向で行きたいの?」
「え、ええっと…配信ってこういうものなのかなって。」
「でもそれ結構辛くならない?」
配信者によるキャラクターというものは本人の外見だけでなく、内面も重要視される世の中にある。人の過去、経験、生活、人生哲学なんてものが二次元の厚みが増すという状態にさせるのだろうか。
「いや、でも…明るい方がウケいいんじゃないの?」
「まあ、そういう売りもあるよね。実際には。」
明るい方がいい、というのはアイドルっぽい売り方だろう。実際黎明期はそういう売り出し方や形態が多かった。という事実をなんとなく僕は知っている。
でもそういう二次元のとっつきやすさに三次元の持つ裏側での厚み、そこのアンバランスさを誰もに求める現状にはこちら側の欠点もある。それが無理なアナザー
「チャレンジの意味合いもあるしやめないでもいいけど、考えてもみなさい。もしかしたら結構長い期間これに付き合うことになるかもしれないのよ?」
市瀬さんが画面上の少女を指さす。
「う…」
しかめっ面にしかめっ面が重なっている。それぞれが起こりうる未来について考えを巡らせているのだろうか。
「保つ?」
「保たないかも…。」
あまりに端的なやり取りでこの議論が終結へと向かいそうになっていく。
「なら、あんまりそうはしてほしくないわね。」
何よりもこの活動に欲しいのは日数と費用だから、と市瀬さんは続ける。
「でも、大丈夫かなぁ。私…いつもみたいだと、あんま話すの得意じゃないかもだし…。」
その言葉に僕は意を決して口を開いた。
「参考までにさ、聞いてほしいんだけど。」
その言葉を聞くと、椅子に座っていた鎬木さんが振り返る。
「配信のスタイルも色々あるんだ。アイドルっぽく振る舞う形もあれば、いろんなことをグレーゾーンなく発言する人だっているし、もちろんゲームのうまさをひたすら追求し続ける形だってある。それすらもアナザーの人格の在り方に関わるんだよね。」
文字通りのロールプレイだとか比喩されることもあるが、その表現のあり方は彼らにとっての人生の記録に他ならない。つまり一人の人間の肩に擬似的に二人の人生を背負っていることになる。それを蔑ろにすると少し後々困ることにはなるわけで。
「まあ、そういうのが『正常な多重人格』というふうに皮肉にされる結果になったわけなんだけどさ。」
これもまた誰かの言ったことである。
「詳しいのね、志水くんは。」
「まあこういうことやってると尚更ね。」
イラストレーションについての調べ物をSNSですると、度々このようなエンタメについてのあり方や概念についての問いが定期的にタイムラインで流れたりするものなのである。
「ああ、あと大事なこと言い忘れてた。」
そのまま僕は続ける。
「どういう形態とかスタイルをとったとしても、受け入れてくれる人間も、そうでない人間も必ずいる。両方、必ず。」
だから自分にとって付き合いやすいやり方がいいと思うよ、と最後に言うと
鎬木さんはそのまま少し目を伏せつつ、何か思案する。
「うん、ちょっと色々考え直さないといけないね…。」
「それじゃあ今日一日、じっくり考えましょうか?」
真の始動まではもう少しだけ時間が要りそうで、画面の中の少女は鎬木さんの動きが残ったままに、下を向いていた。
僕と彼女のヴァーチャルな400日戦争 齋藤深遥 @HART_N
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕と彼女のヴァーチャルな400日戦争の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます