1日目 世界がそうさせている-3
ガチャリとドアが開くと、中はさっぱりとした印象でまとまっていた。
「お邪魔しまーす……?」
「別に父さんはいないわよ。」
片手間に靴を脱ぐも、きちんと揃える彼女を見つつ、僕たちもそのまま彼女に倣って家の内部へと入っていく。
「広っ……」
鎬木さんのそんな声が聞こえるのも無理はない。コンクリートの灰色を基調とした外観も相まって、ちょっとした工場のような風貌なのであり、それに引けを取らない中の広さだった。
「テキトーにくつろいで…って言いたいところだけど、今回はこっち。」
玄関先にある鍵を引っ掛けるフックのうちから一つを取ると、そのままスタスタと廊下の奥へと進む。何か重厚感のある扉が目の前に現れた。
「もしかしてこれ…」
脇にある鍵穴に鍵を挿して捻ると、その扉が開く。中の空間には少し見覚えがあった。
「エレベーター…。」
「さて乗ってくださいな、っと。」
全員が乗ると、そのままガタンと扉が閉じて、下へと降りていく。
4秒くらいののち、扉が開いた。
廊下の突き当たり、市瀬さんは白い扉を開けた。
「おおっ……」
眼前に広がる景色はまさに一部のマニアにとっては天国とも言える光景だった。
中央に据えられたデスクにはPCやその周辺機器が置かれながら、その周りに綺麗に数多のゲームハードやモニター、そして壁が丸ごと本棚になっていて、ずらりと往年の名作から新作のハードまでゲームソフトが丁寧にコレクションされている。
「うわ…」
気圧されるような物量というやつに、僕らも驚きしかない。
「これ全部、お父さんが?」
「そう、うちの父さん……イチノセエンターテイメントの役員にしてその子会社『バジュラズ・スタジオ』CEO兼開発総責任者…市瀬和也が集めたゲームコレクションよ。」
『バジュラズ・スタジオ』は長年鳴かず飛ばずだったイチノセエンターテイメントのゲーム部門を大幅な体制変革によって名前や役員などを一新して設立。それによってヒットメーカーとして飛躍し、業界大注目のパブリッシャーとして現在の地位を得ている。それを主導したのがこのお嬢様の父親に他ならない。
「根っからのゲーム好きなんだね…」
「もはやそういうレベルではないわ、変人よ、変人。」
だから母さんにも逃げられたのよ、と呆れつつも彼女は言う。
「で、ここを配信場所として使っても良い、コレクションのプレイも許可するとお許しをいただきました。」
「え!?」
あんなにアホ毛がぴょこんってアンテナみたいになることってあるんだなぁって思うくらいに鎬木さんのアホ毛が跳ねた。
「私、やりたい。」
それまでじっとコレクション達を眺めていた彼女が途端に僕らを見た。
「やる気になってくれるのは結構、でもこれには条件があるのよね。」
腕を組み、うんうんと頷き、彼女はそのままニヤリとする。
「え、ななななに?」
「それには〜彼の協力もいるってわけなんだけど。」
なんて言いつつそのまま僕を見るので、そのまま鎬木さんの真剣さを伴った顔がそのまま僕の方に向いた。
「ええっと、ああ、その条件って何かな?」
わずかにヘイトをずらして、その目的を問う。
「そうね、それはこの活動の根幹に関わることになります。」
一呼吸置いて、やや真面目な面持ちになって彼女は続けた。
「今回の設備については父の協力もあり、こうしてとりあえず配信などができる設備が用意できました。しかし、なんの見返りもなくこうしてできるわけではございません、いわば父は私たちへの投資家、株主みたいなものなのです。」
さらに彼女は続ける。
「配信収益についてはメーカーによるけど、規約上、営利目的の利用は個人のみの原則にあることが多い以上、大抵は鎬木さんのものになる。」
ネット配信の活発化を背景に、そういう風にゲームのパブリッシャーそれぞれでの規約が備わっていることが多い。
「ですが、運営としてもお金がいるわけです。それを100日ごとに、父に説明して活動を続けることにつなげるのが私たち2人の使命であり、条件なんです。」
「え…」
絶句するほどにその使命が重くのしかかってくる。
「要するに……株主総会ってこと?」
「どちらかというと銀行への融資とかの相談に近いかもね、ほら小説で見るあれ。」
とある作家の小説で見たスーツ姿の男たちが向かい合うシーンを想像する。
「まああれほどではないけど、現在地点と将来の展望、どれだけのお金が賄えて、そのためにどういう費用がいるのかをわかりやすく説明してくれればいい、とのことです。」
「それを…市瀬さんと僕で?」
「まあ、こういう形でやろうとするに当たって、うまく役割分担や協力などができるといいと思って。つまるところ、私が会計や審査書類の中身の文章の作成で…」
ほっそりとした指は僕の方に向く。
「アナザーのモデル、配信で必要なイラストや審査書類のデザインなどを志水くんにお任せして、配信の出演活動の部分は鎬木さん、と思うけど、どう?」
僕らそれぞれを指差しながら、その詳細について喋る。僕ら3人それぞれにできることをやって、チームとして活動しようということか。
「…まあ、それぞれに重責やリスクとなる部分は存在しますから、これを聞いたからと言って、無理に活動に使役させようとは絶対に思っていませんし、なんなら持ち帰っていただいても構いません。」
「やってもいい……てか、やりたい。」
ほぼ即答で鎬木さんが言う。
「でも本当に配信とか…ゲームとかしかできないかも。」
「なんなら、それが一番大変よ?」
それでも決意が揺らぐことのないことを目で確認したのか、その視線は僕に向いた。
「いいよ、やってみるよ。」
「ほんと?無理はしないでね?」
「大丈夫、その時は言うから。」
そう、と言うと彼女はそのまま部屋の床に座り込んで、僕に言う。
「じゃあ、大事なこと決めましょう。『彼女』の見た目、イラスト。」
言わずもがな最重要項目でしかない。
「ほら、何か資料でも見せて。鎬木さんもなりたい人とかあるだろうし、話し合いしましょ。」
「え、えっと…確かクロッキー帳が…」
ゴソゴソとそのまま自分のバッグを漁って1冊取り出した。同級生の2人がそのまま駆け寄ってくる。僕の絵を中心に話すなんて、あんまりなかったシチュエーションである。
「へー、ちゃんと詳しく見たのは初めてだけど、うまいのね。」
「いや、そんな…」
ペラペラとページめくりをしながら、それぞれの反応を伺う。鎬木さんは無言で僕のイラストを見ていた。
「あ、この子がいい。」
ぽつりと漏らしたその声にすかさず反応する。視線と指の先の一枚のイラストは僕がイラストを始めた初期に描いたものだった。約半年前の作品。発明家の女の子ということで描いており、いくつかラボの背景やロボットともにシリーズで描いていた。
「大体の方向性だけのつもりだったけど、もう決めちゃう?」
「うん、この子で、お願いします。」
何か言おうかとも考えるより先に、僕に向かってやや会釈する彼女。
「わ、わかった。これもう少しモデリングしやすいようにしてくる。」
「うん。」
「よし、とりあえず決めることは決めたっ。では、お互いの全力を出し切る形で頑張りましょう。」
手をピッッと前に出す。促されるように僕らもそれに重ねた。
「えいえい、」
そのまま上にあげる。
「おー」
「おー!!」
「おー…?」
バラバラでなんとも締まらないが、僕らの400日の記録はここから始まった。
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