1日目 世界がそうさせている-2
「スカウト!?」
「ええ。」
何がそんなおかしいことなのだと言わんばかりに真顔で言い放った彼女に僕らは目を丸くするのみ。
「具体的に何?」
テーブルにチキンとポテトの盛り合わせが来て、鎬木さんがドリンクのカップを左にずらしてからそう言う。
「鎬木さんは『ゲームプレイのスキル』、志水くんは『イラストレーターとしての素養』……そしてこの2つを同時に活かせるプロジェクト、それは限られているわよね?」
彼女はそう言いつつ、両手の人差し指をそれぞれ立てて、クロスさせる。なんとなく僕自身にも理解はできた。いや、色々気になることはあるんだけど。
「まあ、詳しくはこちらにまとめました。」
スッと2組の書類を僕らそれぞれに渡した。
「やっぱりこれって…」
ボソリと僕は呟き、向かいにいる鎬木さんが少し目つきを強張らせ、じっと書類を見ている。
「『アナザー』のプロジェクト、お二人にはそれぞれチームのメンバーとして重要なポジションを担っていただきたいのです。鎬木さんはプレイヤーとして、志水くんはデザイナーとして。」
「アナザー」とはネットでの生命、人格の総称をそう言う。
ネットでの個人単位のエンタメ活動、ネットでの発信、配信活動を行うことが一定の立ち位置を得ることとなってから数十年。
アカウントの存在はもはや現実にいる誰にとっても無視できるようなものではなくなった。アカウントの持つ外見、発信方法の多様性こそあるが、根本の共通点は多い。それをある専門家が「我々にとってのもう1つの世界であり、それぞれはもはや人格と同等である」と定義し、「もう1つの人格」という意味で「アナザー」と名付けた。
「ちょ、ちょっと質問いい?」
「ええ、何か?」
「どこで気づいたの、その、僕が
ポテトをフォークで食べつつ、キョトンとしたのちに彼女はやや頷きながら僕を見た。
「そうね、まず、どんなタイミングであってもスケッチブックは机に置きっぱなしにしない方がいいわよ。」
今度は僕のドリンクがやや逆流した。
「う、嘘、見たの!?」
いったいどこのタイミングだと記憶を遡る。
「しょうがないじゃない、それもイラストが見えてる状態で席立ってるんだもの、意識しなくても見えるものは見えるでしょ。…まあ、それで今回の一件にたどり着いたんだし万々歳ってことで、ね?」
軽いウインクが飛ぶ。様になるその仕草にややドキッとして、考えていた気恥ずかしさがややどこかへと行ってしまう。
「だから美術部にでも入ってるのかと思って、美術部覗いてみたら女子部員しかいないし、どういうことなんだ〜って考えていたら、偶然、あそこにあなたが入るのが見えて。」
「あそこ?」
事情を知らない鎬木さんが首を傾げる。
「『第二倉庫』…元は『物理準備室』だったところね。」
「あそこはまあ、琥太郎が見つけてきたところで。」
「ふーん?」
僕ら3人、通称「イラスト研究会」は顧問なし、部室なしの非公認団体だった。元々この学校には美術部があるのだけれど、平たく言うと男女比が圧倒的に女性優位に傾きがあったから、僕みたいな男子が入ることに抵抗があった。
「男女問わず歓迎」の文字を建前と処理しすぎて、秒速で諦めた僕に琥太郎が現れ、空いてるからと溜まり場にしていたあそこを活動場所にしてくれたわけだ。
ちなみに、同じように樋山さんを誘ってきたのも彼だ。理由は知らない。
「まあ、非公認だから解散しろとか言われたらどうしようもないんだけどね。」
「そう、大体はわかったわ。別にそっちの活動とか言わないわよ、私も困るし。」
うんうんと頷き、彼女は答えた。
「それでそっちの鎬木さんはどうして?」
「ゲーセンで、急に声かけられて…。」
今時そんなテンプレ通りのスカウトみたいなことあるのかと思ったが、眼前で行われていることがテンプレ通りのスカウトみたいなものなので現実だと再認識するだけだった。
「ゲームセンターでのプレイングを見て、ある程度、いやそれ以上にゲームスキルがあるって思ってるから今回のことに誘ったわけなんだけど。」
「顔も出ないし、ゲームとかやるだけなんだったら、実は悪い話じゃないのかなって思って。この資料に嘘がないんだったらの話だけど。」
ひらひらと彼女は自分の持っていたそれを揺らした。
「大丈夫よ、そこは。」
何事も信頼からだから、と言い、彼女は少しアイスティーを飲んだ。
「というわけなんだけど、あとは君の承諾を得たいかなって思って、あとはイラストの例とかあったら見せて欲しいなーなんて。」
もちろん、あなたの仕事に見合うだけの報酬は用意する、というのも資料に明記されている。流石に将来は市瀬グループの未来を担うだけの令嬢の余裕と器量があるということなのか。
「わかった。取り敢えず話は理解したけど…環境とか、これからの計画とかを一介のイラストレーターの自分にも話す、そもそもこの3人でまとめて話す場をセッティングをするだけの理由が気になるんだけど。鎬木さんだけでよくないの?」
まあ、楽ってだけならそれでもいいんだけど、改めてこういう場を用意するならするだけの何かを彼女なりに作って、しかも今後の計画にまで絵を描くだけの僕に話すことに意味があるとは思えなかった。
「あら、意外と要点を掴んでいますのね、では、移動しましょうか。」
「え?」
「実際に見てもらいます、私が何をしようとしているのか。」
ファミレスのお代は本当に彼女が払ってくれていた。
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