1日目 世界がそうさせている-1

「失礼するわ!!!」

ガタンガタンと大きな音を立てて、建て付けの若干悪い扉が開かれる。横にいた樋山さんがびくっとなり、目の前にいた琥太郎は椅子を何個も並べた簡易ベッドの上から体を起こし、ちらりとその方向を見た。

「なんだ?」

「志水くん、いるわよね?」

「んあ、エマならそこだがなんの用だ?」

読んでいた、あるいは頭に乗せていただけかもしれない漫画雑誌を机の上に置くと彼は僕を指差した。

「少々用事があって借りるわ、いいわよね?」

「別に許可とかいらんだろ、お呼びだぜ。」

「え、あ、うん。」

ポンと肩に手を置かれたあと、僕は声の主の方へと向かう。正直いったいなんでこの人が僕を名指しにしてきたのかの理由がわからない。

「それで、何か?」

「ここでする話でもないから、別の場所行きましょ?」

廊下で立ち話ということではなさそうだ。

「……ちょっと大事なことなのよ、腰を据えて話したいこと。」

「わ、わかった。えっと…市瀬さん……でいいんだよね?」

慣れない同級生の名を呼ぶ。市瀬さんはこの日本の最大規模の大企業、市瀬グループの創業者一族の血縁に位置する文字通りの令嬢に他ならない。普段の僕ならまず話しかける人間ではない。

「ええ、志水くん。荷物の準備できたら、駅前の『リアルサイズ』に来て。」

リアルサイズは低価格帯で有名なファミレスチェーン店の一つである。駅の近くのビルにたしかにあったはずだ。

「え、あ、うん。」

「じゃ、ちょっとそこに人を先に待たせてるから。」

そのまま彼女は先に少し小走りで行ってしまう。一旦さっきいた部室に戻り、荷物を取りにいく。

「なんだって?」

「なんか…駅前のファミレスに来てって呼ばれた。今日はこれで帰るよ。」

「おう、片付けはなんとかするぜ。」

「ごめんね、じゃ。」

軽く手をあげた僕に二人がそれぞれに応じたのを見て、そのまま僕は「部室」を出た。

目的地は高校から少し歩いた先にある。見慣れた通学路から駅前にたどり着くと、そのまま前の通りを歩き、褪せた色のビルを一瞥してから中へと入っていく。

暖色系の照明を感じつつ、エスカレータを登っていくと目的のファミレスはそこにあった。

少し奥を確認したのち、ややぎこちなく中へと踏み入る。そんなに時間は掛からずに市瀬さんは見つかった。僕の方へと手を振っている。

「来たわね、急に呼んでごめんなさい。」

「いや、いいけど……」

ちらりと横を見ると、彼女の隣に同じ制服を着た少女がいる。色白の肌に長い紺髪を高い位置で結んでツインテールにしている。どこかで見たような気がする。まあ、同じ学校なので当然ではあるのだが。

「えっと…」

「あ、こちら鎬木さん。私たちと同じ学年。」

ペコリとお辞儀をして、彼女は僕を見た。

鎬木乃々しのぎののです。えっと、2組です。」

「あ、ども。…志水栄真しみずえまです、5組です。」

ぎこちなく会釈を交わした僕らを見て市瀬さんは話し出す。

「というわけで、2人には私の呼びかけで集まってもらったわけですけれど。」

「あ、うん。」

「あ、テキトーに頼んでくれていいわよ、奢るから。」

「えっ、あっ、と、とりあえず聞こうかな。」

突如押し寄せる判断の波に一回目的を聞くことを優先させた。


「では、端的に申し上げますと、2人を『スカウト』しに参りました。」

向かいの鎬木さんのドリンクが音を立てて逆流する音がした。

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