420日前のX-DAY-2


「あっ、すみません。」

きっかけはそんな些細な肩のぶつかりだった気がする。

「いえ、そんな…」

どちらかともなく互いに謝意を示したが、私はまさに彼女に目を奪われていて、謝罪すら朧げだった。

すらりと伸びた細い足はスキニーのもはや黒とも言える濃紺のジーンズに覆われより細さを際立たせ、全体として透き通る肌の綺麗さ、白さに髪も無彩色の白っぽい灰色で後ろで一本に結ばれてまとまっている。サイバーパンク調のモノクロファッションと目深にかぶった黒のキャップ、そして印象付けられる目元のアイライン…ファッション系のインフルエンサーとは彼女のことを言うのではないかと思うくらいにクールで痺れるようなファッション。スーツ姿のおじさんたちの中だからこそ異彩を放つとかそんなレベルじゃない彼女の姿にしばらくいろんなことを忘れそうになった。そしていかにも同年代、U-18のようである。

「あ、あの…」

「あっ、申し訳ありません、すごくおしゃれで見惚れてしまいました…」

「あっ、いえそんな…好きで身勝手にやってるだけの服装ですし…」

「でも、お似合いですよ。」

そうですかね、と少し肌が紅色に近くなった気がするのを確認する。お世辞抜きでオシャレだなとただただ口を開けるしかない。

「えと、その…何歳…ですか?」

「あ、17歳です。」

ギョッとした。同い年ではないか。

「私もです。」

「あ、そうなんですか!?まさかこんなところで会えるとは…。」

「私もです、よかったら少し話しながら周りません?同年代と会えるなんてちょっと嬉しかったので…」

「いいですよ。どこか行くところとかって?」

「ああ、いや別に……。」

「じゃあその辺うろうろしましょうか。」

そのまま彼女とのブース観光が始まった。

「あ、えっと私…」

「あっ、三浦…照亞です。」

自己紹介を忘れていたと思うと彼女も同様にそう思っていたようだ。奇妙な名前に私はやや首を傾げる。

「てるあ?」

「はい、照亞です。」

「あっ、変わった名前ですね…」

「よく言われます。」

「私は市瀬桐華です。」

照亞さんが何かを考えるかのような顔をする。少しの沈黙の後に彼女は私に聞いてくる。

「………市瀬というのはどういう字を?」

「市場の市に瀬戸の瀬です。」

「市瀬さん…なるほど。」

市瀬という苗字は現在のこの日本において少し特殊な意味を持つ。すでに大企業となり多くの業種で事業を展開する「市瀬ホールディングス」以下の「市瀬グループ」を形成する一族に他ならない。

そしてそれに漏れず同じ苗字の私も一族の末席に位置している。

「照亞さんって、こういうところにはよく来るんですか?」

話題を変えるべく、というほどでもないが手頃な話題で空気を変える。

「いえ、全くと言っていい程なくて…初めてです。」

「あー、私もですから大丈夫ですよ。ここおじさんしかいないし、多分私たちの年代は多分みんなそうです。」

「ではその……市瀬さんはどうしてこの場に?」

その言葉に少し目線を外して考える。

「……何て言うんでしょう、社会勉強…みたいな?」

「ああ、なるほど。」

「照亞さんは?」

「私も、似たようなものなので。」

「あ、そうですか。」

互いの距離感をはかりつつも私たちの奇妙なブース巡りは続く。

基本的に私にアレコレ行きたい場所もないから、照亞さんの行きたいところに行く形になった。

配信用機材、ゲーミングPC、パブリッシャーの最新ゲーム情報、体験版プレイ、そしてゲームの大会。

「……なんかやりたいことでもあるんですか?」

「え?」

一通り周る中で私はなんとなく彼女にそんなことを聞いた。

「なんとなく、あなたが動画配信でも始めるような気がして。」

「ああ、なるほど……。」

なんて言えばいいですかね、と繋ぎつつ、彼女は話し続ける。

「欲しいものがある時、夢を現実にしたい時ってどうします?」

「は?」

そんなことを言われ少し考え込む。

「えーと…どうにかするし、実現性とかで諦めたりもするかもしれない……ですね。」

「そうですか。」

「なんか当たり障りなくてごめんなさい。」

「いえ。」

微妙に彼女の真意を図りかねたまま、眼前に見える大会の光景を私は目の当たりにしていた。


「さあ、いよいよ次が最終戦となります!ここまでの得点を振り返ると…」

派手な実況に蠢くような声。少しずつこの場所だけの熱狂の異質さに私は少しずつ当てられているような、熱に酔うような感覚がする。


「私は、」

再び彼女の声がする。

「当事者でいたいんです。」

そう聞こえた。いや、そう言っていた。

「え?」

「観客であることが、周りの人間のままであることが嫌だったことに気づいちゃったんです。……だから、ここにきたんです。わがままですかね……?」

そう彼女は言い切った。

「悪くない感情だとは思います。ただ……厄介になるかも。」

そんなことを言ったような、言ってなくて思ってただけかもしれないが。

「もしそれが茨の道だとしても、そう思ったのならやり切る、そう決めることにしたので。」

それ以降、私たちは何も言わない。

熱狂の最中に私たちは静かな海を見るようにただ眼前の光景を見ていた。



話に再び火がついたのは見慣れた景色が広がってきたところだった。

「…やるのか?」

「え?」

照亞さんの言葉を反芻して物思いに耽る私に父は聞いた。

「決めるって言ってただろ、あれ。」

「ああ……。」

先延ばしにする言い訳のようだった気もするが、言ってしまったからには決めなければならない。

「いいんだよね?」

「別にお前が転けようが何しようが、こっちの生活になんら影響はない。とでも言えばいいか?」

「む…」

いや、さすがに私の活動一個で生活左右するなんて言われた暁には卒倒するけれど、それもなんか………何も気にかけてくれてないように思えてつまらない。

「まぁ、まだ高校生なら失敗することでも覚えていったらいい。やりたいようにやれ、だが最初から莫大な成功なんて収められると過信するな。」

その最初から莫大な成功とやらを収めた人間が眼前にいる父な訳なのだが。

「はぁ………うん、わかったわかった。」

夜の街を流れるように動く街灯の光が見える。願いを託せるわけでもないその光をじっと眺めて、決意を固めていた。

それは「当事者になる」という願いには及ばない、「このままではいられない」というひどく後ろ向きな願いだったとしても、420日前から流れつづける私の流星に他ならなかった。

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