僕と彼女のヴァーチャルな400日戦争

齋藤深遥

420日前のX-DAY-1

帰りの車は静かだった。

助手席にいる私と父の間には沈黙が依然として車内のフィールドに張り詰めていて、お互い睨み合って、というわけでもないが出方を待つかのような、後の先を読みたいという状況に陥っている。

この年になって親と一対一と話すことに対して、なんらかの苦手意識やある種の緊張感があるのは、思春期特有の何か気恥ずかしさを感じているからだというのがわかったとしても、何かこの鬱屈としたと形容すべき空気をどうこうしようというほどの無鉄砲にも慣れているわけではないのだ。故に沈黙の維持。触らぬ父になんとやら、不意に変なこと言って運転を狂わせて大事故…なんてあり得るわけもないシナリオを脳内で展開させて今のこの状況を正当化させておく。

「今日はどうだった。」

沈黙を破った父に逆に声をかけられてそんなことを言われた時、ちょっとだけ変な声が出そうになった。

「あ、うん…面白かったよ。結構…。」

「珍しいな、私の仕事について知りたいとは。」

「珍しいって、お父さん散々口すっぱくなるほど言ってたじゃん。」

ムスッとした口調になるのも親に相対する時の一つの癖であって、それが嫌になって外を見た。暗いオレンジが周りを鈍く照らす。

「未来がどうとか、将来とか、やりたいことがどうとか。………わからないなりに探すくらいはいいかなって思っただけ。」

沈黙も思考停止も頭の片隅に残す違和感や拭い去れないもどかしさがあるままだ。「見つからない」のと「見つけない」のはきっと違うだろうと考えた私にとっては、何もしないことが今回の悪しきものだったのだろう。少しだけ以前より心を楽にできた気もしている。あくまで持ちようだけかもしれないけれど。

「面白い物でもあったか?」

「あったかも…。」

「具体的には?」

「えっと…」

言葉に詰まる。持ち帰ってきたパンフレットがこれじゃあまるで紙屑だ。いや、多分これは後で読もうと思ったから取ったのであってと、言えるはずもない言い訳をしてみる、心の中で。

「ま、そんなものか。正直、うちの娘の世代には専門技術のことなんざわからんで当然だ。業界向けだしな。」

高尚なことしたかのように父の仕事を見に行ったとのたまったが、一般参加もできるだけの業界の界隈向けのゲーム・エンタメ系統の展示会にちょっと参加しただけであって、産毛の生えた程度の一般高校生にはちんぷんかんぷんと言ってもまあ、差し支えない。

「うっ…正直小難しかったのは認めるよ。いやでもちょっと他の要因もあってさ。」

難しいことが頭に入ってないので感覚的にしか理解できずに終わったということもあるが、その中でとある人間に出会ったことが今回の中の大半を占めたことでそれ以外の思い出が薄れたというのもある。

「うん?」

「同年代の子がいた。」

「ほう。物好きだな。」

物好きとか言われると私もその一部ですよと言われてるようなものでなんか恥ずかしい。

「うん、まあ多分物好きだと思うよ…」

「話したのか?」

「うん、まあなんか色々と。その子もなんか変わった子でさ、寡黙な割に…なんというか…秘めた情熱みたいなものがあるというか。」

「ふむ。」

「一目見て、普通の同年代とは違うなって思った。」

なんかこう話すのも気恥ずかしくなってその後またふいっと外を見た。その様子を見たのか、はたまた運転に集中するのかしばらく父も黙った。

いつまでもいつまでも沈黙が続くような気がして、私は彼女に会った時のことを思い出す。


420日前、それが私と彼女の一つの因縁。


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