"開花再生"-3
「進路希望調査票か…」
週が明けた月曜日の放課後。教室で一人席にいるあたしの目の前に配られた一通のプリントがあった。
そいつの扱いがわからない。将来やりたいことは、やってみたいこと、興味のある業界はあるのだけれども、学力や大学でどうこうなるものではない。
あたしは、普段こそ制服で過ごしているものの、服飾に興味がある。個人的に専門学校なんかを調べてみてはいるものの、まだきちんと親に相談したことはない。なんとなくぼんやりと流れで大学に行き、そのままなんとなく就職してしまって、なんとなく行きていくのだと思っていたのだ。そういえば。そんな夢もあったなって具合に風化するのだろうと思っていたのだ。
ただ、けれど、もう二度とありえないと思っていた章との関係回復及び関係性の昇華が達成されたことで、「望む」ということを思い出してしまい、もう少し具体的に考えてみてもいいのかと思ってしまっている。
「……提出締め切り、金曜日か」
人生が選択の連続であるというなら、第1希望だけでいいものの、こういうのには第3希望までの記入欄が存在する。潰しを効かせた未来も考えろということなのだろうけど、高校生でもうそんなところまで夢を見るのではなく現実的に生きなくてはならないのだろうか。生きるのは難しいし、長い。それを若干18年で決めろというのは乱暴にすぎるなぁ、なんてことも考えてしまう。
「…どうしよ」
期限までは5日ある。5日しかないとも言える。
別にこの書類一つで将来が決まるなんてことはないのだけれど、高校3年の4月というのは、そういうタイミングなのだろう。あたしは、それでも動き出しが遅いのはわかっている。
「よ。
「…
どこかへ行っていた章が教室に戻ってきて、机に頬杖をついて考えているような姿勢になってしまっているあたしの席の前の空いた椅子に座って声をかけてくる。
そう言えば、今日は一緒に帰る約束をしていたのだった。
「どうした?難しい顔して。いつも通り眉間にシワがよってるぞ?」
「いつも通りは余計だボケ」
「だってそうじゃん」
「うるさい」
まるで前に戻ってしまったかのような態度を取るあたし。
学校で、らしい何かなんてそんなことできるわけないじゃん。
と、思ったところで、あたしの中に章に対する疑問がたくさんあることに気づかされる。
「…まあ、金曜日提出だし、もう少し時間あるし」
「帰るか?」
「うん」
あたしは進路希望調査票を一つ折りにしてしまい手帳に挟んでカバンに仕舞う。そのほかの荷物の整理を終えて章と教室を出る。
廊下に出ると、吹奏楽部の練習の音色が聞こえてきた。パートごとに分かれて各所で練習している吹奏楽部。おそらく、中庭も使っているのだろう。この雰囲気が放課後っぽくはあるのだけど、正直隣に章がいることが違和感でしかない。
「…ねぇ?」
あたしはさっき浮かんだ疑問の一つをピックアップした。
帰り道に話すなら、お題のチョイスとしては悪くないと思ったのだ。
「なんだ?」
「進路希望調査票、あんたはなんて書くの?」
「ああ。俺はもう今日のうちに書いて出した」
「ええ!?もう?」
びっくりした。
そんなに何か明確なもの、将来に思う想いが章の中にあるのだろうか。
「…なんて書いたの?」
「え?決まってるだろ」
「章の夢なんて知らないよ」
「なんでよ。お前の旦那に決まってんじゃん」
「ぶち殺してやる」
さらりと言ってのける章の腹に一発、反射的な右ストレートを割と本気でねじ込む。
もう…恥ずかしいからやめて。
「嘘冗談まじで本気で殴るの勘弁痛ってくっそ実が出る」
「そういう冗談言うからだ。今度言うんなら覚悟しろ」
本当は嬉しいんだけどそんなこと言えるわけない。
「今のですらある程度の覚悟は必要だったんですけど、これ以上の覚悟が必要なの?刺されるの?」
「で?本当は?」
「写真家」
「……は?」
章の口からは人生で一度も聞いたことのない単語が飛び出してきた。
「写真」
「…何言ってんの?日本語って言語知ってる?広辞苑引きに図書室いく?」
悪口の脳みそが起動した。
「なんでそうなるんだよ。写真、やってんだって」
「…そうなの?本当に?あんたが?」
「…ああ、そっか。始めたの、中二からだから、瑞帆は知らないのか」
手に提げていた通学カバンを左肩にかけながら思い出すように言う。
「もう…5年もやってるの?」
「まあ、厳密に言えば違うけど、だいたいそれくらいかな」
その間にも歩みは進んで、二人で階段を降りる。三年の教室は二階だから、そこまで段数はない。
「なんで?」
「なんでって…好きだからじゃん?」
「好き……」
「あれ俺今告白されがっ…痛ってぇ」
「ふざけたこと言ったら打ち込むってさっき宣言したよね?」
「…し、しましたね…」
「んじゃ自業自得や」
「はい…」
「どんなの撮ってるの?」
「…主には風景とか、人とか、アイテムとか。ネットにあげたら、撮ってくれーって人もちょっといてさ、微妙にバイトになってる」
「え!?お金稼いでるの?」
「まあ、本当ちょっとだけどね」
「…へぇ…全然知らなかった」
「まあ、言ってないからな。
「……なんかイラつく」
「独占欲きっ……痛い痛い痛い!」
その章の言葉が正解のど真ん中を突いてきたから、あたしは反射的に、章の右手と手をつなぐようなそぶりをしつつその手の甲の皮膚を思いっきりつねった。
「罰のレベル下げてあげたんだから感謝しろや。で?ネットにあげてるんでしょ?見たいから教えて」
「あ、ああ、いいよ」
極彩色乃心華-gokusaishiki no shinka- 唯月希 @yuduki_starcage000
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